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第六章
241:都市「ルナ・ヘブンス」の誕生
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「ルナ・ヘヴンス」の名はサブマリン島で使われている暦と同じものである。
セスのような一般的な市民なら、暦の名称が自分たちのルーツとなる宇宙ステーションの名をもとにしたものであることを知っている。
このステーションは約五〇年前に時の日本政府と民間企業数十社で巨額を投じて建設されたものだ。
建設の目的はいくつかあるが、その最大のものは地方に分散していた人々を一箇所に集めることで、都市インフラの整備コストの削減を図るという計画に必要な実験を行うことだった。
当時、既に先進各国はこうした宇宙ステーションを地球の衛星軌道上に配置していた。
日本はこの流れにやや出遅れた格好となっていたが、このステーションの研究によりこの分野で世界のトップクラスに踊り出ようとしていた。
国の威信をかけたステーションの名前は一般公募によって決定された。
「ルナ・ヘヴンス」……このステーションがもっとも月に近い衛星軌道上に建設されることから連想された名前だった。無難な名前に落ち着いたのは、一般公募でもっとも得票数の多い名前を選択したからかもしれない。
ただし、「ルナ・ヘヴンス」の軌道は地表から千キロにも満たない高度であり、月までの距離のコンマ何パーセントというレベルであった。名前に偽りありである。
それでも「ルナ・ヘヴンス」は居住用の宇宙ステーションの中でもトップレベルの技術が用いられていることに間違いはなかった。
他国のステーションは居住人口が数万程度のものが多かったが、「ルナ・ヘヴンス」は居住人口一〇〇万という超巨大ステーションだ。
他国のステーションで最大のものでも居住人口は一〇万を少し超える程度だったから、「ルナ・ヘヴンス」の巨大さが窺い知れよう。
だが、箱を作っても、中に居住する人間がいなければステーションの建設目的が達成されない。
政府は居住者の確保に躍起になった。
最初に居住を名乗り出たのは、ステーションの建設に民間企業として最大の出資を行ったアース・コミュニケーション・ネットワーク (ECN)社である。
創業者であり現社長でもあるユウダイ・イナが一代で築き上げたこの巨大企業は、機能の大半を「ルナ・ヘヴンス」内に移転することを申し出た。
ECN社は当時、情報システムに関するコールセンター事業と遠隔運用監視事業を中心に事業を展開していた。
ユウダイ・イナはこの二事業に従事する従業員の半数強を「ルナ・ヘヴンス」に移動させようと考えたのだ。
従業員に自らの決意を示すため、彼は、自らの住居と既にECN社の社員となっていた弟の住居を「ルナ・ヘヴンス」に移した。
「ルナ・ヘヴンス」に存在する事業所に限り、事業所の家賃と通信費は政府が負担する、という条件はECN社にとって魅力的であった。
人件費と機器設備費を除けば、この二項目はECN社の費用のかなりの割合を占めていたからである。
社の全機能ではなく半数強だけを移転したのは、ユウダイ・イナの経営感覚が健全であることを示しているかもしれない。
彼は社の機能を三箇所のセンターに集約した。
こうすることで各センターはその規模による集約効果を発揮できる。
また、三箇所に分散したことで一箇所のセンターが機能不全に陥った場合でも他の二箇所のセンターで業務を継続できる。
ECN社が「ルナ・ヘヴンス」の機能を大きくしたのは、コストを考慮した結果であって、さまざまな要素を考慮して最適な配分を目指したのだった。
更にECN社は政府からの要請で、従業員の一部を農産物の実験プラントに配置転換させた。
日本政府は「ルナ・ヘヴンス」内での食料の自給を目論んでいた。
それに対しECN社は事業リスクを分散するために、現在の情報システム関連以外の事業に乗り出すことを考えていた。
ECN社の従業員の配置転換は、両者の思惑が一致した結果の産物であった。
五〇年経過した現在でも、ECN社にはこのときの名残で農産物生産プラントや農場を保有しており、二万人弱の従業員がこれらに関連した業務に従事している。
「ルナ・ヘヴンス」への移住開始当時、ECN社社長のユウダイ・イナは三〇代後半あった。巨大企業の経営者としては比較的若い。
この世代の経営者には若さに任せ勢いを重視した経営が目立つ傾向があったが、彼はそれだけの人物ではなかったのだ。
ECN社の機能移転により「ルナ・ヘヴンス」は多数の移住者を得た。
政府は従業員とその家族を合わせてニニ万の入居に驚喜したが、それでも「ルナ・ヘヴンス」の目標入居者数の二割強を確保したに過ぎない。
前代未聞の試みだけに「ルナ・ヘヴンス」への移住に躊躇する者も多かったのだ。
対応に苦慮した政府は、一八歳から二九歳の独身者、そして七五歳以上の高齢者に関しては住居を五年間無料で提供する、という条件を提示した。
すると、主に職の無い若者が大挙して「ルナ・ヘヴンス」に乗り込んだ。
また、研究目的で内外の医療従事者や研究者も「ルナ・ヘヴンス」に乗り込んだ。
どうにか十分な移住者を確保できた西暦ニ〇五七年四月一日、「ルナ・ヘヴンス」は虚空に浮かぶ一つの「世界」としての第一歩を踏み出した。
「ルナ・ヘヴンス」では暦も独自の「ルナ・ヘヴンス暦 (LH)」を採用することを決めた。ニ〇五七年四月一日をLH元年四月一日としたのだ。
「ルナ・ヘヴンス」の試みは、当初順調に進んでいた。
人口百万の大都市は遺憾なくその機能を発揮していたのだ。
この都市の主力産業はECN社に代表される情報サービス業である。
ECN社を中心に「ルナ・ヘヴンス」はひとつの都市として発展を続けるかに見えた。
セスのような一般的な市民なら、暦の名称が自分たちのルーツとなる宇宙ステーションの名をもとにしたものであることを知っている。
このステーションは約五〇年前に時の日本政府と民間企業数十社で巨額を投じて建設されたものだ。
建設の目的はいくつかあるが、その最大のものは地方に分散していた人々を一箇所に集めることで、都市インフラの整備コストの削減を図るという計画に必要な実験を行うことだった。
当時、既に先進各国はこうした宇宙ステーションを地球の衛星軌道上に配置していた。
日本はこの流れにやや出遅れた格好となっていたが、このステーションの研究によりこの分野で世界のトップクラスに踊り出ようとしていた。
国の威信をかけたステーションの名前は一般公募によって決定された。
「ルナ・ヘヴンス」……このステーションがもっとも月に近い衛星軌道上に建設されることから連想された名前だった。無難な名前に落ち着いたのは、一般公募でもっとも得票数の多い名前を選択したからかもしれない。
ただし、「ルナ・ヘヴンス」の軌道は地表から千キロにも満たない高度であり、月までの距離のコンマ何パーセントというレベルであった。名前に偽りありである。
それでも「ルナ・ヘヴンス」は居住用の宇宙ステーションの中でもトップレベルの技術が用いられていることに間違いはなかった。
他国のステーションは居住人口が数万程度のものが多かったが、「ルナ・ヘヴンス」は居住人口一〇〇万という超巨大ステーションだ。
他国のステーションで最大のものでも居住人口は一〇万を少し超える程度だったから、「ルナ・ヘヴンス」の巨大さが窺い知れよう。
だが、箱を作っても、中に居住する人間がいなければステーションの建設目的が達成されない。
政府は居住者の確保に躍起になった。
最初に居住を名乗り出たのは、ステーションの建設に民間企業として最大の出資を行ったアース・コミュニケーション・ネットワーク (ECN)社である。
創業者であり現社長でもあるユウダイ・イナが一代で築き上げたこの巨大企業は、機能の大半を「ルナ・ヘヴンス」内に移転することを申し出た。
ECN社は当時、情報システムに関するコールセンター事業と遠隔運用監視事業を中心に事業を展開していた。
ユウダイ・イナはこの二事業に従事する従業員の半数強を「ルナ・ヘヴンス」に移動させようと考えたのだ。
従業員に自らの決意を示すため、彼は、自らの住居と既にECN社の社員となっていた弟の住居を「ルナ・ヘヴンス」に移した。
「ルナ・ヘヴンス」に存在する事業所に限り、事業所の家賃と通信費は政府が負担する、という条件はECN社にとって魅力的であった。
人件費と機器設備費を除けば、この二項目はECN社の費用のかなりの割合を占めていたからである。
社の全機能ではなく半数強だけを移転したのは、ユウダイ・イナの経営感覚が健全であることを示しているかもしれない。
彼は社の機能を三箇所のセンターに集約した。
こうすることで各センターはその規模による集約効果を発揮できる。
また、三箇所に分散したことで一箇所のセンターが機能不全に陥った場合でも他の二箇所のセンターで業務を継続できる。
ECN社が「ルナ・ヘヴンス」の機能を大きくしたのは、コストを考慮した結果であって、さまざまな要素を考慮して最適な配分を目指したのだった。
更にECN社は政府からの要請で、従業員の一部を農産物の実験プラントに配置転換させた。
日本政府は「ルナ・ヘヴンス」内での食料の自給を目論んでいた。
それに対しECN社は事業リスクを分散するために、現在の情報システム関連以外の事業に乗り出すことを考えていた。
ECN社の従業員の配置転換は、両者の思惑が一致した結果の産物であった。
五〇年経過した現在でも、ECN社にはこのときの名残で農産物生産プラントや農場を保有しており、二万人弱の従業員がこれらに関連した業務に従事している。
「ルナ・ヘヴンス」への移住開始当時、ECN社社長のユウダイ・イナは三〇代後半あった。巨大企業の経営者としては比較的若い。
この世代の経営者には若さに任せ勢いを重視した経営が目立つ傾向があったが、彼はそれだけの人物ではなかったのだ。
ECN社の機能移転により「ルナ・ヘヴンス」は多数の移住者を得た。
政府は従業員とその家族を合わせてニニ万の入居に驚喜したが、それでも「ルナ・ヘヴンス」の目標入居者数の二割強を確保したに過ぎない。
前代未聞の試みだけに「ルナ・ヘヴンス」への移住に躊躇する者も多かったのだ。
対応に苦慮した政府は、一八歳から二九歳の独身者、そして七五歳以上の高齢者に関しては住居を五年間無料で提供する、という条件を提示した。
すると、主に職の無い若者が大挙して「ルナ・ヘヴンス」に乗り込んだ。
また、研究目的で内外の医療従事者や研究者も「ルナ・ヘヴンス」に乗り込んだ。
どうにか十分な移住者を確保できた西暦ニ〇五七年四月一日、「ルナ・ヘヴンス」は虚空に浮かぶ一つの「世界」としての第一歩を踏み出した。
「ルナ・ヘヴンス」では暦も独自の「ルナ・ヘヴンス暦 (LH)」を採用することを決めた。ニ〇五七年四月一日をLH元年四月一日としたのだ。
「ルナ・ヘヴンス」の試みは、当初順調に進んでいた。
人口百万の大都市は遺憾なくその機能を発揮していたのだ。
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