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第六章

234:「リスク管理研究所」のやり方

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 ホルツはトニーの指示を忠実に実行し、「リスク管理研究所」を頼ってきた「フジミ・タウンからの避難民」を名乗る者達に金だけ渡して戻ってきた。

「ホルツ、奴等がこれからどうするか確認してきたか?」
 ホルツが「リスク管理研究所」に戻るや否や、トニーが彼に尋ねた。
「はい、別の職のあてを探しにポータル・シティへ向かうと言っていました」
 ホルツの言葉に、ポータルならまあいいだろう、とトニーは答えた。
 ジンに直行されると少々厄介だとトニーは考えていたのだ。
 ジンには「タブーなきエンジニア集団」が居座っている。
 「タブーなきエンジニア集団」のもとへ逃げ込まれた場合、不用意に「リスク管理研究所」と接触したことを話されると厄介だ。

 トニーからすれば信じがたいことであるが、「タブーなきエンジニア集団」を率いるウォーリーは助けを求められれば誰にでも手を貸すような人間だ。
 相手が何者だかも確認せず、メリットとデメリットを比較することもなく手を貸すなど、狂っているかよほどの世間知らずのやることだとトニーには思われる。

「人は皆、自分の利益のために動く油断ならない存在なのだから」

 トニーはこの言葉を否定する者を一切信用していない。
 人は自分の利益のために動くからこそ、常に物事を行う上でのリスクを見極めてから行動すべきなのだ。
 そういった意味でトニーの行動は首尾一貫している。

 ポータル・シティに逃げ込まれるのであれば、「タブーなきエンジニア集団」と接触する可能性は低い。
 OP社以外にもポータル・シティには中堅規模の企業がいくつも存在している。そうした企業に職を求めにいくのだろう。

 トニーはハモネスで明日、OP社治安改革センター追放活動をするグループの動向を部下に調べさせた。
 このグループに対して、「リスク管理研究所」は直接に指示を出しているわけではない。
 あくまでも、「タブーなきエンジニア集団」の名前を表に出し、「リスク管理研究所」は裏から知恵と金を出しただけだ。
 グループには、「リスク管理研究所」の名前を出さない理由について次のように説明した。
 活動の黒幕を隠蔽することでOP社を混乱に陥れることができる、と。

「リスク管理研究所」の調査では、ECN社の本拠地であるハモネスではOP社の治安改革活動に否定的な者が相当数存在していることが予想されている。
 ここで、正体不明の反乱者が出た場合、OP社は誰を黒幕として疑うだろうか。
 真っ先に疑われるのは、OP社に事実上吸収されたECN社であろう。
 疑いの矛先がECN社に向けば、「リスク管理研究所」としてはそれで構わない。

 トニーもECN社の元従業員であるが、OP社との提携に賛成した立場である。
 ECN社を調査されたところで、「リスク管理研究所」に不利な情報は出てこないのだ。
 トニーがECN社を去る直接の原因はECN社社長のオイゲンが独断でOP社と交渉を持ったことである。
 このことを突かれると「リスク管理研究所」に不利益になると考え、トニーはECN社を去る直前、自分が不利になる証拠書類やデータをすべて廃棄してきた。
 今、ECN社を捜索しても「リスク管理研究所」に対して有利な情報は得られても不利な情報はない。

 その後トニーは「タブーなきエンジニア集団」を支援するため、ウォーリーにハモネスとチクハ・タウンでの蜂起を提案した。
 この両都市はどちらもトニーが所属していた組織の本拠地である。
 そして、この両組織にトニーは自分に不利な情報を残していない。
 ハモネスのECN社は前述の通りである。
 チクハ・タウンの職業学校でも、トニーは辞する直前に自分に不利な書類やデータをすべて廃棄している。

 トニーの狙いはOP社を疑心暗鬼に陥らせその行動を制限すること、そして疑いの矛先を自らに向けないようにすることにあった。
 OP社が大人しくしなければ、世間は混乱するだけだ、とトニーは思う。
 トニーが目指しているのは「結果が正当に金で評価される世の中」であった。
 ハドリのように突然武力を持ち出すなど、知恵の無い者が刃物を持って暴れているのと同じでトニーからすれば所詮負け犬のすることなのである。

 ただし、ハドリの場合、持っている刃物が強力すぎる。
 これを放置しておくことは危険極まりないため、今回トニーは「タブーなきエンジニア集団」と裏で結んだのである。

 「リスク管理研究所」が「タブーなきエンジニア集団」と関わっていることをOP社に突き止められない限り、トニーに害が及ぶ可能性は低い。
 このこと以外でトニーがOP社に敵対していることを示す証拠が何もないからだ。

 ちなみにハモネスで蜂起を予定しているのは、主にECN社の元従業員である。
 トニーはOP社に不満を持つECN社の元従業員たちの存在を「タブーなきエンジニア集団」に伝えたのだった。
 そして、裏から金を出した。
 ここでトニーは少し細工をした。

 かつてオイゲンがウォーリーに対して実施したのと同じように、電子マネーのチップそのものを譲渡したのである。
 この方法だとデータ上で資金をやり取りする方法と比較して資金の流れが掴みにくくなる。
 通貨情報を登録したコンピュータ群に、チップの保有者に関する情報は登録されていないからだ。

 「リスク管理研究所」が提供した資金を元手に、ハモネスの方では着々と蜂起の準備が進んでいるようだ。

 (これなら任せておいても問題あるまい。「リスク管理研究所」との関係さえ口外されなければ問題ない)
 トニーはそう考えていた。
 既に時刻は一八時になろうとしていた。
 「リスク管理研究所」の終業は早い。
 特に忙しい時期でない限り、定時である一八時を過ぎて残っている所員はほとんどいない。
 これはトニーの方針だった。一切無駄な仕事はしない、させない主義なのである。
 トニーが帰り支度を始めた。
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