上 下
239 / 436
第六章

232:歩みを止めぬ独裁者

しおりを挟む
「貴社の従業員が『タブーなきエンジニア集団』とやらに与さないよう、手を打っておけ。裏切りが出た場合は……わかっているな?」
 ハドリは通信を通じて、ECN社社長のオイゲン・イナにそう命じた。

「……承知しました。そのように対処します」
 オイゲンの返事にハドリは満足そうにうなずいた。
 ハドリは、もっとも疑うべきこの男を何故か信用していた。
 いや、信用していたというのは必ずしも正しくない。
 この男に自分を裏切る度胸も能力もないと高をくくっていたのである。
 言い方を変えれば、度胸と能力の無さに絶対の信頼を置いていたともいえる。

 オイゲン・イナの人となりは、一年近く監視下で仕事をさせたことでハドリも十分把握しているつもりだ。
 その結論が、ECN社をオイゲンに担当させておけば、自分を裏切ることはないということだった。
 オイゲンが社にいない間、ECN社を統括していたのはテツヤ・ヘンミという男だったが、こちらの方が油断ならなかった。
 妙に要領がよく、ハドリの監視下に置いたときにハドリが命じたことを自らの判断でアレンジして実施することがよくあった。
 オイゲンはどちらかというとハドリの言ったことをそのまま実施する方であったから、その違いはハドリからすれば明確であった。
 これがハドリからすれば油断ならないことであった。
 自分の命じたことをロボットのようにそのまま実施するのは問題ない。
 下手な悪知恵を働かせる能力がない分、ハドリとしてはコントロールしやすいからだ。
 そういった面でオイゲンは、ハドリからすれば非常に扱いやすい人物だ。

 一方、ヘンミは違う。
 自分の判断で、仕事のやり方を変える。
 こうした知恵が働く者は油断ならない。知らぬ間に毒を盛られる恐れもあるのだ。
 また、オイゲンはハドリに対して少し萎縮している様子が見受けられるのだが、ヘンミにはどうも気取りが見える。それも気に入らない。

 (あの男には裏がある……)
 ハドリはそう考え、ヘンミを自らの監視下に置き、オイゲンをECN社に戻したのだ。
 ヘンミは未だ自社に戻されていない。
 OP社の電力事業部門の一担当者として、OP社本社に置いたままなのだ。
 これであれば、ヘンミの一挙手一投足を把握できる。

 ハドリの連絡を受けたオイゲンが社内に向けて「タブーなきエンジニア集団」との接触を禁止する通達を出した、とECN社に潜入させたOP社の従業員から連絡があった。
 ハドリからすれば、オイゲンは傀儡として申し分のない人材であった。
 ハドリの命じたことを迅速かつそのまま実行するだけの存在。
 余計なことを考えず、命じたままに動くロボットであった。

 しかし、ハドリが彼の腹の中を知ったとしたらどう思っただろうか?
 そうした意味では、オイゲンは極めて危険な存在であった。
 何故なら彼が推していたのはあくまでハドリが今、この世でもっとも憎悪している存在であり、その存在が率いている集団であったからだ。
 更に彼は、もっとも信頼している腹心をハドリが憎悪している集団に送り込もうと画策していたのだ。
 もし、ハドリが人の心を見通す目を持っていれば、即刻オイゲンは抹殺されたであろう。

 しかし、ハドリとて全知全能ではなかった。
 疑うべき人間を疑わず、逆に軽んじて警戒を緩めてしまっていることが、それを物語っている。

 ハドリはECN社からの報告を受けた後、次の業務へと頭を切り替えた。
 治安改革業務従事者の稼働率が七割程度であることを看過できなかったからだ。
 残りの三割が動ける状態なら、問題は大きくない。
 しかし、この殆どは療養中の者であり、即座に行動を起こせる訳ではなかった。
 
 三割が動けないという状態はあってはならないことだ。
 フジミ・タウンでの戦闘やジンでの小競り合いがあったとはいえ、これほどまでの多数が業務に従事できないというのは異常であるとしか言いようがない。
 数字に疑いを抱いたハドリは療養中の者に関する資料を集めさせ、その内容を精査した。
 療養を装って、治安改革業務から逃げ出す者がいるやも知れぬ。
 最初に疑わしい療養者を洗い出し、部下に命じてその内容を徹底的に調査させた。

 調査の結果、二〇〇名ほど病状や怪我の状況などを偽って療養していた者が判明し、ハドリから厳罰を受ける結果となった。
 次に病状や怪我の程度が比較的軽い者を抽出し、ここに会社の資金を投入した。
 金で治癒を早められる者については、金で解決すればよい。そのために、OP社は十分な資金を蓄えているのだ。
 現在は非常時である。早急に戦力を整えなければ、敵に先を越される危険があるのだ。

 ハドリは基本的に吝嗇な男ではある。
 だが、これは常に資金や資源を出し渋るということを意味しない。
 勝利するためであるならば、必要な投資を惜しむ愚を犯す真似は避けねばならない。

 ハドリの復讐の準備は、着々と進んでいる。
 この男に休息の時間はなかった。
 目的を達するまでは、常に自ら動き、そして周りを動かし続けた。
 勤勉という言葉とは多少印象が異なるが、怠惰とは縁がないことは限りなく事実に近かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...