ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第五章

228:セス、昏倒す

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 一方、「はじまりの丘」近くにあるフェイ・イヴ・ユニヴァースの館でも異変が起きていた。

 「タブーなきエンジニア集団」がジンからOP社治安改革センターを追放した五日後、LH五一年一月二〇日のことだ。
 ユニヴァースの日記を読んでいたセスが突如、昏倒したのである。
 モリタが慌ててその場を離れようとしたが、ロビーは落ち着いてセスを横にするように指示した。
 そして自身はメディットと連絡を取る。

 通信に出たセスの担当医の指示に従い、持ってきた器具でセスの状態をチェックする。
 三〇分後、生命に直接影響するほど深刻な状態ではないだろうという判断が医師により下された。
 ロビーが胸をなでおろした。いますぐ生命の危機が訪れる、ということはないようだからだった。
 しかし、医師によれば一ヶ月ほど動かさずに安静にしておく必要がある、とのことだった。
 その間もチェックを怠らずに、落ち着いたところで一度メディットに戻すように医師から指示があった。

 セスはうわごとのように「僕が歴史に対して無知だから……」と繰り返している。
 騒ぎを聞きつけたユニヴァースが、書庫となっていた部屋をセスの療養場所として使うようロビーに命じた。

 セスを書庫に寝かせた後、ユニヴァースがロビーに詰め寄った。
「彼はいったいどうしたのだというのですか? 事実を話してください」
 静かながら凛としたユニヴァースの口調にロビーは覚悟を決めた。

 ロビーはモリタにオイゲンと連絡を取るように指示し、モリタを部屋から追い出した。
 モリタはこのような場に同席させるには向かない人物だとロビーは考えているのだ。

 モリタの姿が見えなくなったのを確認してから、ロビーはユニヴァースに対し彼の知る限りのことを話したのだった。

 セスがフジミの大虐殺で育ての父を失ったこと。
 生みの両親は船でフジミ・タウンの近くの海岸にセスとともに漂着し、セスを残して行方知れずになったこと。
 セスには兄らしい人物があり、その人物を探していること。
 兄に関する手がかりとして、記録ディスクと写真があるが、記録ディスクの解析がほとんどできていないこと。
 そして、セスが原因不明の障害を持っており、いつ生命が失われてもおかしくないこと。
 そうしたことを一気にまくし立てたのだ。

 ユニヴァースはロビーの話が横道に逸れそうになる度に事実だけを話すよう注意しながらも、彼の話をすべて聞いた。

 話を聞き終えてユニヴァースは、
「……記録ディスクと写真を貸しなさい」
 とロビーに命じたのだった。その口調には有無を言わせない何かがあった。

 ロビーはセスの荷物からこれらを取り出し、ユニヴァースに託した。
 ユニヴァースは写真と記録ディスクを手に部屋に篭った。
 それとほぼ同時にモリタが部屋に戻ってきた。

「ロビー! イナ社長がカネサキさんとオオイダさんを寄越す、と言っているのだけどどうしたらいいのか……はっきり言って寝る場所無いよね?」
 モリタの話を聞いたロビーは頭を抱えたい気分になった。
 カネサキやオオイダを寄越されたところで、調査が進むような状況ではないからだ。

「人手を寄越されてもこれ以上どこに人が入るんだよ?! 断っておけ!」
 ロビーが文句を言うと、モリタが無言で携帯端末をロビーに手渡した。
 ロビーは仕方ねえなと舌打ちしてから、携帯端末に向かって怒鳴った。
「社長さん、状況を考えてくれ! 今人を寄越されたところでどうにもならん!」
 ロビーの剣幕にオイゲンは反論することなく引き下がった。

 ロビーは通信を切って、床を拳で叩いた。
「くそ! こんな時に!」
 ユニヴァースによる情報端末の暗号解析が始まってから一ヶ月以上が経つというのに、未だ何の進展も見せていない。
 その間、ロビーはユニヴァースに何度も詰め寄ったが、その都度冷たくまだだと言い放たれたのだった。

 ユニヴァースの口調は静かだが、他の何者も寄せつけないだけの強さがある。
 喧嘩自慢のロビーですら、ユニヴァースの言葉に呆気にとられることの方が多いのだ。
 しかし、現在はユニヴァースの知識だけが頼みの綱だ。
 調査が進んでいるのかどうかよくわからないのが腹立たしいが、それでもユニヴァースに頼るしかない。
 ロビーはセスを兄に引き合わせることができれば、セスの身体にも奇跡が起こると信じたかった。否、信じている。
 彼自身が信じられなければ、どうして奇跡など起こせようか?
 ロビー自身は無神論者であったが、精神の力が科学を超えるということを本気で信じている。
 (医師の診断が何だ! セスを兄貴に引き合わせてみろ。そのショックで身体の機能などどうとでも回復すらぁ!)

 ロビーはベッドに横たわるセスに呼びかけた。
「今は我慢してくれ! 解析が終われば、そのときすべては解決する! それまで耐えてくれ!」

 セスは目を閉じ、苦しそうな顔のままベッドに横たわっている。

 (ユニヴァースのおっさん、どうか急いでくれ! セスに奇跡を起こしてくれよ!)
 ロビーが祈るように天を仰いだ。
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