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第五章
218:医師ヴィリー・アイネスの戦い
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巨大医療施設メディットではミヤハラからの連絡の少し前から、一般向けに記者会見が行われようとしていた。
会見の席には副院長であるアイネスの姿があった。その手には携帯端末が握られている。
アイネスは少し緊張している面持ちで、身体の全体がこわばっているのがわかる。
そして、時計を何度も見直し、会見開始の時間が来るのを確認している。
会見は定刻どおり開始され、アイネスが携帯端末の中からあらかじめ用意した原稿を読み上げる。
「私どもメディットは、オーシャン・パワース (OP)社による治安改革活動を拒否することをここに宣言します。私たちが望むのは一企業による独裁ではなく、市民自らの手による平和です。
私どもは、今日、ここに『タブーなきエンジニア集団』によるOP社の治安改革活動への反対運動を支持することを表明します」
アイネスの言葉に記者から質問が投げかけられる。
「OP社の治安改革活動は、犯罪を激減させるという成果をあげています。それでも反対されるのはなぜでしょうか?」
「確かに犯罪の検挙率は向上し、犯罪も激減しています。ただし、我々の調査では、LH四八年の『エクザローム防衛隊』事件以降、関係の無い一般市民二千百九名、OP社、ECN社従業員が少なくとも四千三百十一名犠牲となっていることが判明しています。彼らが犠牲になる理由があったのでしょうか? このことに関する説明はOP社より一切なされていません。これでは市民に対して十分な誠意を尽くしているとは考えられません……」
アイネスの回答はやや早口であったものの整然としたものだった。
「……さらに、犯罪を減らすためとはいえこれだけの生命が犠牲になる必要はあったのでしょうか?
私どもメディットは医師の集団でもあります。人の生命を軽んじるような行動には賛同できません」
そしてアイネスは立ったまま次の質問を求めた。
すると若い記者が発言を求めた。
「そちらの方、どうぞ」
「今後、OP社の関係者の診療は一切拒否するということでしょうか?」
「いえ、それはあり得ません。医師として責任を持って診療します。OP社を支持することと診療とは別です」
質問に答えた後、更にアイネスは質問を求めたが、質問が出ることはなかった。
アイネスは会見を終了し、自らの控え室へと戻った。
事前に用意した想定問答集で想定していなかった質問はひとつも無かったのが、アイネスにとって幸いした。
LH五一年が明けてからの二週間、彼はずっと勤務時間の合間などを利用してこの記者会見の読み上げ原稿と想定問答集などの資料を作り上げてきたのだ。
作り上げた資料は文字にして十数万文字に達するもので、検索がしやすいように項目ごとにキーワードで分類されていた。
記者会見はもともと三〇分の予定であったが、これだけの資料を用意しないと安心して会見の日を迎えられなかったのだ。
仕事でも「準備過剰」と言われることもあるアイネスらしいといえば、彼らしい。
しかし、彼自身は通常の準備をしただけという認識しかない。
もともと準備したこと以外のことに、とっさに反応できるタイプでないことは彼自身が一番よく知っている。
エクザローム一の外科医という評判はあるが、それは経験の蓄積がものを言っているだけであることを本人も自覚している。
だから、周到な準備が必要だったのだ。
会見が二〇分に満たない時間で終了したのは彼にとって幸運だった。
想定していない質問がひとつも無く、彼自身完璧に近い対応ができたと思っている。
(こちらはどうにか無事に終わったようです。ミヤハラさんの方は……)
控え室に戻ったアイネスは携帯端末を机の上に置き、椅子にその長身を沈めた。
そして大きく息をつく。かなりのプレッシャーを感じていたのだ。
しばらくそのままの姿勢で心身を落ち着けていたが、不意に端末が鳴った。
慌てて姿勢を正し、通信を開く。
「あー、もしもし。アイネス先生ですか? ミヤハラです」
声の主はミヤハラであった。
「ミヤハラさんですか、アイネスです。こちらは無事、会見が終わりました! 特に目立った反対意見や質問もなく、当院の宣言が受け入れられたものと確信しております!」
アイネスの声は少し興奮気味だ。
「……そうですか。了解しました。こちらも順調です」
ミヤハラの答えはアイネスと対照的に素っ気無い。
「当院としましては、これからもOP社による治安改革活動に反対する活動を続けていきます。今後ともよろしくお願いします!」
アイネスはミヤハラに対して敬語を使っている。アイネスのほうが二〇ばかり年長なのだが、これは癖のようなもので治せないようだ。
「……わかりました。今後ともよろしくお願いします」
ミヤハラが短く答えて通信を切った。
ミヤハラに報告をしたことで、アイネスは何かを成し遂げたという充実感に浸っていた。
まだ興奮も冷めないようだ。
アイネスは不意に自分が空腹であることに気が付いた。
会見の準備に終われ、今日は一度も食事をとっていない。
アイネスは勢いよく部屋を飛び出すと、規則正しい歩調で食堂へと向かった。
この日、今年になってから初めて、麺類のコーナーに並ぶアイネスの姿を見ることができなかったという。プレッシャーから解放されたからだった。
会見の席には副院長であるアイネスの姿があった。その手には携帯端末が握られている。
アイネスは少し緊張している面持ちで、身体の全体がこわばっているのがわかる。
そして、時計を何度も見直し、会見開始の時間が来るのを確認している。
会見は定刻どおり開始され、アイネスが携帯端末の中からあらかじめ用意した原稿を読み上げる。
「私どもメディットは、オーシャン・パワース (OP)社による治安改革活動を拒否することをここに宣言します。私たちが望むのは一企業による独裁ではなく、市民自らの手による平和です。
私どもは、今日、ここに『タブーなきエンジニア集団』によるOP社の治安改革活動への反対運動を支持することを表明します」
アイネスの言葉に記者から質問が投げかけられる。
「OP社の治安改革活動は、犯罪を激減させるという成果をあげています。それでも反対されるのはなぜでしょうか?」
「確かに犯罪の検挙率は向上し、犯罪も激減しています。ただし、我々の調査では、LH四八年の『エクザローム防衛隊』事件以降、関係の無い一般市民二千百九名、OP社、ECN社従業員が少なくとも四千三百十一名犠牲となっていることが判明しています。彼らが犠牲になる理由があったのでしょうか? このことに関する説明はOP社より一切なされていません。これでは市民に対して十分な誠意を尽くしているとは考えられません……」
アイネスの回答はやや早口であったものの整然としたものだった。
「……さらに、犯罪を減らすためとはいえこれだけの生命が犠牲になる必要はあったのでしょうか?
私どもメディットは医師の集団でもあります。人の生命を軽んじるような行動には賛同できません」
そしてアイネスは立ったまま次の質問を求めた。
すると若い記者が発言を求めた。
「そちらの方、どうぞ」
「今後、OP社の関係者の診療は一切拒否するということでしょうか?」
「いえ、それはあり得ません。医師として責任を持って診療します。OP社を支持することと診療とは別です」
質問に答えた後、更にアイネスは質問を求めたが、質問が出ることはなかった。
アイネスは会見を終了し、自らの控え室へと戻った。
事前に用意した想定問答集で想定していなかった質問はひとつも無かったのが、アイネスにとって幸いした。
LH五一年が明けてからの二週間、彼はずっと勤務時間の合間などを利用してこの記者会見の読み上げ原稿と想定問答集などの資料を作り上げてきたのだ。
作り上げた資料は文字にして十数万文字に達するもので、検索がしやすいように項目ごとにキーワードで分類されていた。
記者会見はもともと三〇分の予定であったが、これだけの資料を用意しないと安心して会見の日を迎えられなかったのだ。
仕事でも「準備過剰」と言われることもあるアイネスらしいといえば、彼らしい。
しかし、彼自身は通常の準備をしただけという認識しかない。
もともと準備したこと以外のことに、とっさに反応できるタイプでないことは彼自身が一番よく知っている。
エクザローム一の外科医という評判はあるが、それは経験の蓄積がものを言っているだけであることを本人も自覚している。
だから、周到な準備が必要だったのだ。
会見が二〇分に満たない時間で終了したのは彼にとって幸運だった。
想定していない質問がひとつも無く、彼自身完璧に近い対応ができたと思っている。
(こちらはどうにか無事に終わったようです。ミヤハラさんの方は……)
控え室に戻ったアイネスは携帯端末を机の上に置き、椅子にその長身を沈めた。
そして大きく息をつく。かなりのプレッシャーを感じていたのだ。
しばらくそのままの姿勢で心身を落ち着けていたが、不意に端末が鳴った。
慌てて姿勢を正し、通信を開く。
「あー、もしもし。アイネス先生ですか? ミヤハラです」
声の主はミヤハラであった。
「ミヤハラさんですか、アイネスです。こちらは無事、会見が終わりました! 特に目立った反対意見や質問もなく、当院の宣言が受け入れられたものと確信しております!」
アイネスの声は少し興奮気味だ。
「……そうですか。了解しました。こちらも順調です」
ミヤハラの答えはアイネスと対照的に素っ気無い。
「当院としましては、これからもOP社による治安改革活動に反対する活動を続けていきます。今後ともよろしくお願いします!」
アイネスはミヤハラに対して敬語を使っている。アイネスのほうが二〇ばかり年長なのだが、これは癖のようなもので治せないようだ。
「……わかりました。今後ともよろしくお願いします」
ミヤハラが短く答えて通信を切った。
ミヤハラに報告をしたことで、アイネスは何かを成し遂げたという充実感に浸っていた。
まだ興奮も冷めないようだ。
アイネスは不意に自分が空腹であることに気が付いた。
会見の準備に終われ、今日は一度も食事をとっていない。
アイネスは勢いよく部屋を飛び出すと、規則正しい歩調で食堂へと向かった。
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