ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第五章

214:誓いが果たされた日

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 フジミ・タウンの役場の建物は町のほぼ中央にある広場に面している。
 ハドリは無言で歩を進めていく。その歩みは規則正しいものであった。

 ハドリが住んでいたときと役場の場所は変わっておらず、ハドリは迷うことなく目的の建物の前に到達できた。
 建物はあちこちが破壊され荒れ放題であったが、辛うじて原形をとどめていた。
 今回の攻撃による破壊もあったが、傷の断面などから大部分は攻撃の前からのものであることが見てとれた。
 食べかすや割れたコップなどが散乱していたことから、賊どもは手入れをすることなく建物を利用していたことが予想される。

 ハドリは移動中、周囲の様子にあまり関心を向けていなかったが、町の中の他の建造物も似たり寄ったりの状態であった。
 住居と思われる建物の大半は荒れており、手入れがほとんど行き届いていなかった。
 ハドリは後で知ったが衛生状態もよいとは言えず、少なくない住民が病に悩まされていたのだった。
 トップを失った賊は住民たちを力で押さえつけるだけの野盗の集まりに過ぎなかった。
 近くの街道を行き来する者達から物資を奪うときだけは集団として機能していたが、それ以外で集団として機能することはほぼなかったようであった。

「……」
 ハドリは周囲を一瞥した後、一直線に下に向かう階段に歩を進め、地下へと下りていった。

 地下には床が破壊され、土が剥き出しになっている部分があった。
 そこにキョウジ・トイの墓標があった。
 世紀の大悪人に相応しいというべきなのだろうか、墓標は近くにあった石の板に名前と生没年月日を記しただけの粗末なものであった。
 恐らく近くのはがれた壁を加工したものであろうが、あちこち崩れて、原形をとどめていない。
 墓標の近くには小型の耐衝撃ボックスが置かれていた。埃をかぶっていたが、ボックス本体、中身のいずれも問題なさそうに見える。
 大きさは大人の手に辛うじて収まるくらいだ。
 ボックスを手にとって開けようとしたが、鍵がかかっているようで開かない。
 形状から記録チップが保管されているようであった。

「爆破班を役場の地下へ寄越せ! 衛生班もだ!」
 ハドリはボックスをポケットに入れた後、通信機で部下を呼んだ。
 数分で部下が飛んでくると、ハドリは役場の建物の爆破を命じた。
「いいか、建物の痕跡が無くなるまで吹き飛ばせ。周囲の建物には傷をつけるな」
「あ、跡形もなく、ということでしょうか……?」
 ハドリの意図が読み取れず、部下は困惑した。

「やれと言っているのがわからんのか!」
「は、はいっ! 承知しましたっ!」
 ハドリの怒号に部下は慌てて爆発物のセットを開始した。

「衛生班は生き残った住民を治療せよ! 賊どもは無視しろ!」
「承知しました!」
 ハドリ衛生班に命令した後、建物の外へ出て爆発物のセットが完了するのを待つ。
 数分後にセットが完了したという連絡が入った。

「見るがいい! これが『フジミの大虐殺』を企てた卑劣漢の最期だ!」
 そう宣言した後、ハドリは爆破を命じた。
 十秒後、爆音と共に建物が吹き飛んだ。
 立ちこめる煙と粉塵の中へとハドリは進んでいく。

 部下が声をかける間もなく、ハドリは煙の中へ飛び込んだ。そして、右手に土を握りしめて出てくる。
「後処理を進めておけ」
 部下にそう命じハドリは別の方向へと進んでいった。彼の生家のある方へ。
 決して速い歩みではない。
 地面を踏みしめるように一歩一歩歩いていく。
 そして、目的の場所に達した。

 生家のあった場所は空き地となっていた。
 (これが卑怯者の最期だ。よく見ていてくれ)
 ハドリは右手に握っていたものを空き地に向かってぶちまけた。
 灰や土が地面へと落ちていく。

 (遅かったが……最低限のことはしたか……)
 灰や土が地面に落ちたのを確認するとハドリは踵を返し、いずこかへと去っていった。
 彼が後ろを振り返ることは無かった。

 一三年前に立てた誓いは、こうして成就した。
 OP社を設立したのも、司法警察権を獲得し治安改革部隊を結成したのもすべてこの日のためであった。
 一八万近い従業員を抱えるサブマリン島最大の企業は、その最大の目的を達成したのだ。
 しかし、OP社、エイチ・ハドリの歩みがここで止まることはないだろう。
 今までのOP社は、彼の復讐のための企業であった。
 これからは、彼の理想を実現するための企業になる。
 ただ、それだけのことだ。

 後にハドリ自身の命により、彼の自宅のあった場所には「フジミの大虐殺」で犠牲となった市民の慰霊塔が建てられた。
「犠牲になった者達の気が晴れるよう、慰霊塔はOP社の名に恥じないものにせよ」
 ハドリは慰霊塔の建築を命じる際、部下にそう伝えたのだった。
 部下はその言葉を忠実に守り、落ち着いたデザインながらも三階建ての建物より少しだけ高い慰霊塔を建てた。これはフジミ・タウンに現存する建造物の中で最も高い。
 慰霊塔完成の報せを受けたハドリは、フジミ・タウン内に慰霊塔より高い建造物を建設することを禁止したのだった。

 塔には全ての犠牲者の姓名が記された。
 最初に記されたのは彼の母、サトミ・ハドリの名であったという。
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