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第五章
210:オイゲンからの依頼
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「メルツ先生、ありがとうございました。こちらが気付くべきことでしたのに……」
ECN社本社四階にある社長室で、眼鏡以外にこれといった特徴のない青年が頭を下げた。ECN社社長のオイゲン・イナである。
社長室には他にレイカ・メルツの姿がある。オイゲンが頭を下げた相手が彼女だ。他にも一人の女性の姿があったが、彼女は会話に参加していない。
レイカであるが、トレードマークの赤いスカーフはいつも通りであった。だが、表情はどこか精彩を欠くように見える。
彼女の場合、精彩を欠いてすら「美人」というカテゴリーのほぼ中心に位置するのであるが。それがレイカ・メルツなのだ。
「いえ、もう『先生』じゃないのですけど……」
レイカが言葉を選びながらオイゲンの言葉を訂正した。「先生」と呼ばれるのは彼女にとってくすぐったくて仕方ないのだ。
「あ、そうでしたね」
レイカに間違いを指摘されて、オイゲンが頭に手をやった。
彼女は既に職業学校の教官ではない。現在は療養中で無職の身である。
幸いマーケター時代と職業学校の教官時代の稼ぎが良かったため、当分の間は仕事をしなくても食べていけることも、彼女が療養に専念する理由かもしれない。
「それはそうと、療養中にこんなことをお願いしてしまってよいか迷ったのですが……」
オイゲンが申し訳なさそうに切り出した。
「何なりとおっしゃってください」
レイカの言葉にオイゲンが一枚の写真を取り出した。写真にはメモが添付されている。
レイカが手に取って見るとワインのラベルを撮影したものであることがわかった。メモはラベルに記載されている事項を書き写したものらしい。
「……希少であることはわかっています。これと同じ物を手に入れていただきたいのです」
オイゲンの頼みにレイカの目が大きく見開かれた。
「これと同じ物……ですか?」
「……難しいでしょうか?」
レイカは首を横に振った。
「難しいですけど、やらせていただきます。入手にかかるお金は請求させてもらいたいのですが……」
レイカもこの品物がどれだけ希少かは知っている。恐らくエクザローム全土を探しても二〇本もない代物だ。
「もちろん、手数料はお支払いします。エクザローム一のマーケターと見込んでお願いします。あと、請求ですが会社にではなく、私個人に回してください。個人的なお願いですので」
オイゲンの頼みにレイカは少し照れたような表情を見せた後、買い付けは専門ではなかったのですけどやってみます、と答えた。
それに対し、オイゲンは「公私混同みたいなお願いで申し訳ないのですが」と的外れな謝罪をしてきた。彼にとって本業以外の依頼するのは気が引けるようだった。
そのようなオイゲンの姿を見て、レイカの顔から笑みがこぼれた。可笑しくて仕方なかったのだ。
(社長さんがこういう趣味を持っているとは意外ね……
女の人へのプレゼントかな? ああ見えて、結構手が早いのかもね)
沈んでいたレイカの気持ちが、徐々に高揚してくる。
正直なところオイゲンの素行がどうであろうと構わない。オイゲンのプライベートに興味はないのだ。
ただし、レイカを見込んで希少なワインを入手してほしいという依頼をしてくれたことには感謝の気持ちがある。
自分を見込んでくれた、というのは素直に嬉しかった。それに依頼の困難さは彼女にとってちょうどいい。
不可能なことをやれと指示されるのは嫌だが、ある程度の困難なことを頼まれるのは彼女が一番「燃える」シチュエーションなのだ。
それに彼女自身は意識していなかったが、オイゲンは依頼人として彼女に「合っている」タイプだ。事細かに指示を出すことはしないし、素直な性質だからだ。
ここ最近、レイカは長期療養による暇を持て余していた。
療養中という名目で職業学校を退職した以上、おおっぴらに遊び歩くことはできない。
仕方なく家で大人しくしていたのだが、いつまでも我慢できるものでもない。
何時の間にか鬱憤が溜まって、家では母親に当たることが多くなった。
昨日などは、母親と大喧嘩をした。
「そんなに退屈だったら、ECNさんの社長さんのところへお礼でも言いに行ったらどうなの! 病院への紹介とか診断書とかいろいろやってもらったんでしょう!」
母親にそう叱られて素直に従う気にはなれなかったが、結局レイカは母親の指示に従った、ということなのである。
結果的にこれが良かったかもしれない。
レイカはECN社へ向かう途中、モリタから電話を受けて、暇を持て余していることを聞かされた。彼女はオイゲンにそのことを伝えた。
オイゲンは早速暇つぶしになる仕事を見つけて、モリタたちに依頼した。レイカに対する最初のオイゲンの礼はこのことに対するものだったのである。
そして、オイゲンからレイカへの仕事の依頼もあった。
品物を探すのは彼女にとって楽しいことであったし、この仕事は彼女の得意分野である。
オイゲンと金銭面などの条件を話し合った後、すっと立ち上がった。
「それでは、失礼します」
(……さて、ここは腕の見せどころね)
レイカはジャケットを脱ぐとそれを肩にかけて颯爽と社長室から去っていった。
ECN社本社四階にある社長室で、眼鏡以外にこれといった特徴のない青年が頭を下げた。ECN社社長のオイゲン・イナである。
社長室には他にレイカ・メルツの姿がある。オイゲンが頭を下げた相手が彼女だ。他にも一人の女性の姿があったが、彼女は会話に参加していない。
レイカであるが、トレードマークの赤いスカーフはいつも通りであった。だが、表情はどこか精彩を欠くように見える。
彼女の場合、精彩を欠いてすら「美人」というカテゴリーのほぼ中心に位置するのであるが。それがレイカ・メルツなのだ。
「いえ、もう『先生』じゃないのですけど……」
レイカが言葉を選びながらオイゲンの言葉を訂正した。「先生」と呼ばれるのは彼女にとってくすぐったくて仕方ないのだ。
「あ、そうでしたね」
レイカに間違いを指摘されて、オイゲンが頭に手をやった。
彼女は既に職業学校の教官ではない。現在は療養中で無職の身である。
幸いマーケター時代と職業学校の教官時代の稼ぎが良かったため、当分の間は仕事をしなくても食べていけることも、彼女が療養に専念する理由かもしれない。
「それはそうと、療養中にこんなことをお願いしてしまってよいか迷ったのですが……」
オイゲンが申し訳なさそうに切り出した。
「何なりとおっしゃってください」
レイカの言葉にオイゲンが一枚の写真を取り出した。写真にはメモが添付されている。
レイカが手に取って見るとワインのラベルを撮影したものであることがわかった。メモはラベルに記載されている事項を書き写したものらしい。
「……希少であることはわかっています。これと同じ物を手に入れていただきたいのです」
オイゲンの頼みにレイカの目が大きく見開かれた。
「これと同じ物……ですか?」
「……難しいでしょうか?」
レイカは首を横に振った。
「難しいですけど、やらせていただきます。入手にかかるお金は請求させてもらいたいのですが……」
レイカもこの品物がどれだけ希少かは知っている。恐らくエクザローム全土を探しても二〇本もない代物だ。
「もちろん、手数料はお支払いします。エクザローム一のマーケターと見込んでお願いします。あと、請求ですが会社にではなく、私個人に回してください。個人的なお願いですので」
オイゲンの頼みにレイカは少し照れたような表情を見せた後、買い付けは専門ではなかったのですけどやってみます、と答えた。
それに対し、オイゲンは「公私混同みたいなお願いで申し訳ないのですが」と的外れな謝罪をしてきた。彼にとって本業以外の依頼するのは気が引けるようだった。
そのようなオイゲンの姿を見て、レイカの顔から笑みがこぼれた。可笑しくて仕方なかったのだ。
(社長さんがこういう趣味を持っているとは意外ね……
女の人へのプレゼントかな? ああ見えて、結構手が早いのかもね)
沈んでいたレイカの気持ちが、徐々に高揚してくる。
正直なところオイゲンの素行がどうであろうと構わない。オイゲンのプライベートに興味はないのだ。
ただし、レイカを見込んで希少なワインを入手してほしいという依頼をしてくれたことには感謝の気持ちがある。
自分を見込んでくれた、というのは素直に嬉しかった。それに依頼の困難さは彼女にとってちょうどいい。
不可能なことをやれと指示されるのは嫌だが、ある程度の困難なことを頼まれるのは彼女が一番「燃える」シチュエーションなのだ。
それに彼女自身は意識していなかったが、オイゲンは依頼人として彼女に「合っている」タイプだ。事細かに指示を出すことはしないし、素直な性質だからだ。
ここ最近、レイカは長期療養による暇を持て余していた。
療養中という名目で職業学校を退職した以上、おおっぴらに遊び歩くことはできない。
仕方なく家で大人しくしていたのだが、いつまでも我慢できるものでもない。
何時の間にか鬱憤が溜まって、家では母親に当たることが多くなった。
昨日などは、母親と大喧嘩をした。
「そんなに退屈だったら、ECNさんの社長さんのところへお礼でも言いに行ったらどうなの! 病院への紹介とか診断書とかいろいろやってもらったんでしょう!」
母親にそう叱られて素直に従う気にはなれなかったが、結局レイカは母親の指示に従った、ということなのである。
結果的にこれが良かったかもしれない。
レイカはECN社へ向かう途中、モリタから電話を受けて、暇を持て余していることを聞かされた。彼女はオイゲンにそのことを伝えた。
オイゲンは早速暇つぶしになる仕事を見つけて、モリタたちに依頼した。レイカに対する最初のオイゲンの礼はこのことに対するものだったのである。
そして、オイゲンからレイカへの仕事の依頼もあった。
品物を探すのは彼女にとって楽しいことであったし、この仕事は彼女の得意分野である。
オイゲンと金銭面などの条件を話し合った後、すっと立ち上がった。
「それでは、失礼します」
(……さて、ここは腕の見せどころね)
レイカはジャケットを脱ぐとそれを肩にかけて颯爽と社長室から去っていった。
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