ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第五章

208:ユニヴァースの日記

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 ユニヴァースが端末を手にして部屋に籠ったので、再び三人が部屋に残された。
 セスは部屋の本棚を見て、一冊のファイルを取り出した。

「これは……」
 セスがファイルを広げてみるとユニヴァースの日記らしいことがわかった。
 表紙にLH二八年四月~六月、と記されているから、今からニニ年前のものである。

 セスがファイルのページをめくると、ロビーがそれを覗き込んできた。
「四月三日 (月)
 九時、出勤
 九時四五分、シラネ氏より調査隊名簿確認依頼
 一三時三〇分 調査隊名簿修正版提出 四名追加
 一八時五〇分 退勤」
「何だこりゃ?」
 ファイルに記された文字を追っていたロビーが素っ頓狂な声をあげた。

「……ユニヴァースさんの日記みたいだね。ニ〇年以上前のものみたい」
 セスは更にファイルを読み進めていく。
 ところどころに海洋調査隊の記述が見られる。
 どうもユニヴァースは海洋調査隊に関係のある人物のようだ、とセスは理解した。

「これは有力かもしれない」
 セスも職業学校、トニー・シヴァ、レイカ・メルツなどから海洋調査隊に関する情報は手に入れていたから、それなりの知識がある。
 自分の携帯端末を広げて、セスはファイルに登場する固有名詞を検索してみる。
 いくつか過去に見たことのある固有名詞があったが、セスが過去に見たこともない固有名詞のほうが多い。特に、人名はほとんど見たことがないものばかりである。

(一体これは、どこの情報なのだろうか……?)
 エイチ・ハドリが自治権を譲り受ける (奪い取った、という方が正しいが)まで、ポータル・シティには一〇人の有力者がいた。そのうち海洋調査隊を出していた有力者は半分の五人だったはずだ。
「四月一ニ日 (水)
 八時五五分、出勤
 九時三〇分、スザキ氏訓示」
 セスが見覚えのある人名はこれだけだった。
 ポータル・シティ海岸エリア、現在のポータル・シティの南西部にあたる場所を管理していた有力者の名前だ。

「ユニヴァースさんは海岸エリアの関係者……?」
 セスがつぶやいた。
 海洋調査隊を出していた有力者の中で、もっとも情報が集まらなかったのがこの海岸エリアであった。特にLH三〇年以前の情報が少ない。
 これはマサヨシ・ハドリが実の娘フローレンスを調査にかこつけて殺害した際、情報流出を恐れて関連書類を処分したことが原因なのだが、セスたちがそのことを知る由もない。

「どうだい、セス。面白い情報でもあった?」
 モリタが話しかけてきた。
 セスは今まで見たことのない情報かもしれない、と答えた。
 モリタが興味を持ったようで、ロビーを押しのけてファイルを覗き込みに来た。
 しかし、中身を見てすぐに興味を失ったようだ。
「素っ気無い文章だなぁ。面白味も何にもないよ」
 そうぼやいてモリタは携帯端末片手に外に出て行ってしまった。

「あ、別に通信なら気を遣わなくてもいいよ」
 セスがモリタを気遣ったが、モリタにセスの言葉は届かなかったようだった。
「誰と話すのだか……」
 ロビーがやってられませんなぁ、という表情でつぶやいた。
 セスはロビーを見やってからファイルに目を落とした。

 セスにとってファイルは宝の山だった。
 今まで兄に会えずにいるのはこの地の歴史に疎いからだ、と痛感させられていた。
 歴史に対する無知が、兄に関する情報を得られない原因を作っている。
 セスは歴史を知るためにファイルを読んだのだった。

 ユニヴァースの記したファイルの内容は至って簡潔で、日時と出来事だけが書かれている。
 本人の感想や意見は一切書かれていないし、文も極めて簡潔である。
 面白味には欠けるが、出来事を知るにはこれでよい。
 セスは淡々とファイルを読み進めている。
 ロビーは菓子をかじりながら昆布茶を飲んでいる。

「……しかし、モリタの言う通り面白味も何もない日記だな」
「しーっ! ユニヴァースさんに聞こえちゃうよ。でも、僕はこれでいいと思う。余計なことが書いてないから、必要な情報を探しやすいよ」
「なるほどな……」
 ロビーが感心した様子を見せた。
 そして、書棚から「LH二八年七月~九月」と書かれたファイルを取り出した。
 セスが今見ているファイルの次にあたるファイルだ。

「おい、セス。俺はこっちを見るわ。何て固有名詞を探せばいい?」
 ロビーの言葉にセスはいくつかの固有名詞を挙げた。
 そして、空になったロビーの湯飲みに昆布茶を注ぐ。
(ロビーは手伝うことに抵抗が少ないみたいだけど……モリタが嫌がるかな……
 退屈するくらいならいいけど、怒って帰ったりしたら大変だな……)
 セスはそう思い至り、ロビーに声をかける。
「モリタの様子を見に行った方がいいんじゃないかな。退屈しているかもしれないし」
 ロビーは、ほっとけ、と答えたのだが、セスは心配になって外を見に行く。

(ロビーはああ言うけど、モリタ、退屈しているか怒っているかも知れない。僕が当り散らしたこともあったし、そのことをどこかに電話しているのかも。だとしたら、謝っておかないと……)
 外に出て周囲を見回すと、モリタはまだ通信で話していた。
 セスが引き返そうとすると、モリタがそれに気づいた。
 モリタが軽く手を上げた。後で行く、というサインのようだ。
 セスはそれを見て、安堵の表情を浮かべて部屋へと戻った。
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