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第五章
204:セスの苛立ち
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ハドリがフジミ・タウンを包囲していた頃、セス、ロビー、モリタの三人は「はじまりの丘」を目指して歩を進めていた。
しかし、当初、三週間程度の道のりと見られていたが、思わぬ悪天候で何度も足止めを食らっている。現在も強風と雨のため街道脇にテントを張って視界が開けるのを待っている。
既に「はじまりの丘」への予定到着日から六日が過ぎている。
ロビーが苛ついている。
「まったく、こんなときに限って何で天気が悪いんだ!」
「……ロビー、これは僕のことなんだから、ロビーがわざわざ怒ることないよ」
セスがロビーをなだめた。
「……まあ、そうなんだがな。こう天気が悪いと当り散らしたくもなるぜ」
ロビーが舌打ちした。彼自身、セスに責任がないことくらい理解している。
「モリタも気分悪くなってない? 天気が悪いと気分が乗らなくって困るね」
セスが無言のモリタを気遣った。
「僕は大丈夫だけど。ロビーがいつ切れるかが心配なだけだよ」
モリタの言葉にロビーがむっとした表情を見せたが、すぐにセスが割って入った。
「二人とも落ち着いてよ」
見かねたセスが鞄から菓子の包みを取り出す。
今までは大事に至らないとセスも二人のやり取りを見守っていたが、そろそろどちらかが爆発しそうに思えたのだ。
「って、そんなもの持ってきていたのかよ?!」
ロビーが大きな菓子の袋を目にして思わず声をあげてしまった。
「カネサキさんが持たせてくれたんだよ。いざとなったら非常食料にもなるでしょ、って」
「えっ? カネサキさんが?」
セスの答えにモリタが反応した。
カネサキとは職業学校のもと教官レイカ・メルツの職業学校時代の同僚であり、現在はECN社の総務部門で勤務している。
セス、モリタ、ロビーの三人はセスが入院している際に、彼女と一緒に仕事をしたことがある。
「あの人、やたらセスとくっつきたがっていたよね。セスも気をつけないと」
モリタがセスに忠告した。口調がからかうようなそれであったので本心はセスを気遣ってのものではないと思われる。
「単にセスが動けないからじゃないのか? ああいう人もいるだろうよ」
ロビーは何時の間にか袋から煎餅を取り出してバリバリとかじっている。反対側の手には昆布茶だ。この男には昆布茶がよく似合う。
「セスはああいう感じの人はどうなのさ?」
モリタがセスの方に身を乗り出してきて袋からチョコレートを取り出した。
セスが彼女をどう思っているか興味津々といったところだろう。
「何か無理して頑張っているように見えるけどなぁ。無理に男の人と張り合っても仕方無いと思うんだけどね。ただ、悪い人じゃないとは思うよ」
セスの答えにモリタがニヤついた表情を見せた。モリタは自分を肴にされるのは大嫌いなのだが、他人の噂話は大好物という困った性質を有している。
「そんな事言って、実はセスも悪い気がしていないんじゃないの? セスは仕事関係でカネサキさんに話し掛けられると、妙に対応が素っ気無かったよね」
モリタが軽くセスを小突いた。
「ああいう仕事をするのなら、男の人と一緒にする方がいいからね」
モリタの突っ込みにセスは珍しく冷たく言い放つような返答をした。
それを聞いたモリタはニヤニヤしたまま「ふーん」と言って、手にしたコップからコーヒーをすすった。
当然、コーヒーはレイカ・メルツセレクションのものである。彼女がこの食品商社を退職してから何年も経つというのに、未だこのブランドの商品は販売が続けられている。
「それはそうとセス、新しい車椅子には慣れたのか?」
ロビーが心配して声をかけた。モリタをからかっても良かったのだが、セスの様子がいつも異なることに何となく気付いたからだ。
「……重いし、座り心地が悪いし、最悪だよ。先生が計測を間違ったんじゃないかな」
セスが不機嫌そうに答えた。車椅子には大いに不満があるらしい。
普段なら不満があっても苦笑いしながら軽い調子で愚痴を言うはずだが、今日のセスは明らかに苛ついている。
「でもよぉ、副院長まで出ていろいろやっていたじゃないか。計測が間違っていたら、副院長がうんと言わないと思うぜ」
ロビーが首を傾げてみせた。
「ロビーもロビーだよ。いくら急ぐからって、慌ててOK出しちゃってさ。『はじまりの丘』にたどり着けなかったらロビーも先生と同罪だからね」
「おっと、悪かった」
車椅子の話になると急にセスの機嫌が悪くなった。
しかし、車椅子が合わないことが本質的な問題でないとロビーは見抜いていた。
たまたま不満をぶつけやすい先が車椅子であったにすぎない。
車椅子で進めないほどの悪天候の日が何日かあったことも、セスが苛立っている原因であろう。
何とかしてやりたいが、ロビーにも打てる手はなかった。
自分の足で進む以外の移動手段はないし、ロビーにできることは車椅子が進みやすいよう障害物を取り除いたり、車椅子を押すことくらいだった。
(とは言っても、さっき見た道標の番号からするとそれほど距離が残っているわけじゃないのだが……まあ、焦りは禁物か)
ロビーは自分に焦るなと何度も言い聞かせながら、セスの愚痴を聞いてやるのだった。
しかし、当初、三週間程度の道のりと見られていたが、思わぬ悪天候で何度も足止めを食らっている。現在も強風と雨のため街道脇にテントを張って視界が開けるのを待っている。
既に「はじまりの丘」への予定到着日から六日が過ぎている。
ロビーが苛ついている。
「まったく、こんなときに限って何で天気が悪いんだ!」
「……ロビー、これは僕のことなんだから、ロビーがわざわざ怒ることないよ」
セスがロビーをなだめた。
「……まあ、そうなんだがな。こう天気が悪いと当り散らしたくもなるぜ」
ロビーが舌打ちした。彼自身、セスに責任がないことくらい理解している。
「モリタも気分悪くなってない? 天気が悪いと気分が乗らなくって困るね」
セスが無言のモリタを気遣った。
「僕は大丈夫だけど。ロビーがいつ切れるかが心配なだけだよ」
モリタの言葉にロビーがむっとした表情を見せたが、すぐにセスが割って入った。
「二人とも落ち着いてよ」
見かねたセスが鞄から菓子の包みを取り出す。
今までは大事に至らないとセスも二人のやり取りを見守っていたが、そろそろどちらかが爆発しそうに思えたのだ。
「って、そんなもの持ってきていたのかよ?!」
ロビーが大きな菓子の袋を目にして思わず声をあげてしまった。
「カネサキさんが持たせてくれたんだよ。いざとなったら非常食料にもなるでしょ、って」
「えっ? カネサキさんが?」
セスの答えにモリタが反応した。
カネサキとは職業学校のもと教官レイカ・メルツの職業学校時代の同僚であり、現在はECN社の総務部門で勤務している。
セス、モリタ、ロビーの三人はセスが入院している際に、彼女と一緒に仕事をしたことがある。
「あの人、やたらセスとくっつきたがっていたよね。セスも気をつけないと」
モリタがセスに忠告した。口調がからかうようなそれであったので本心はセスを気遣ってのものではないと思われる。
「単にセスが動けないからじゃないのか? ああいう人もいるだろうよ」
ロビーは何時の間にか袋から煎餅を取り出してバリバリとかじっている。反対側の手には昆布茶だ。この男には昆布茶がよく似合う。
「セスはああいう感じの人はどうなのさ?」
モリタがセスの方に身を乗り出してきて袋からチョコレートを取り出した。
セスが彼女をどう思っているか興味津々といったところだろう。
「何か無理して頑張っているように見えるけどなぁ。無理に男の人と張り合っても仕方無いと思うんだけどね。ただ、悪い人じゃないとは思うよ」
セスの答えにモリタがニヤついた表情を見せた。モリタは自分を肴にされるのは大嫌いなのだが、他人の噂話は大好物という困った性質を有している。
「そんな事言って、実はセスも悪い気がしていないんじゃないの? セスは仕事関係でカネサキさんに話し掛けられると、妙に対応が素っ気無かったよね」
モリタが軽くセスを小突いた。
「ああいう仕事をするのなら、男の人と一緒にする方がいいからね」
モリタの突っ込みにセスは珍しく冷たく言い放つような返答をした。
それを聞いたモリタはニヤニヤしたまま「ふーん」と言って、手にしたコップからコーヒーをすすった。
当然、コーヒーはレイカ・メルツセレクションのものである。彼女がこの食品商社を退職してから何年も経つというのに、未だこのブランドの商品は販売が続けられている。
「それはそうとセス、新しい車椅子には慣れたのか?」
ロビーが心配して声をかけた。モリタをからかっても良かったのだが、セスの様子がいつも異なることに何となく気付いたからだ。
「……重いし、座り心地が悪いし、最悪だよ。先生が計測を間違ったんじゃないかな」
セスが不機嫌そうに答えた。車椅子には大いに不満があるらしい。
普段なら不満があっても苦笑いしながら軽い調子で愚痴を言うはずだが、今日のセスは明らかに苛ついている。
「でもよぉ、副院長まで出ていろいろやっていたじゃないか。計測が間違っていたら、副院長がうんと言わないと思うぜ」
ロビーが首を傾げてみせた。
「ロビーもロビーだよ。いくら急ぐからって、慌ててOK出しちゃってさ。『はじまりの丘』にたどり着けなかったらロビーも先生と同罪だからね」
「おっと、悪かった」
車椅子の話になると急にセスの機嫌が悪くなった。
しかし、車椅子が合わないことが本質的な問題でないとロビーは見抜いていた。
たまたま不満をぶつけやすい先が車椅子であったにすぎない。
車椅子で進めないほどの悪天候の日が何日かあったことも、セスが苛立っている原因であろう。
何とかしてやりたいが、ロビーにも打てる手はなかった。
自分の足で進む以外の移動手段はないし、ロビーにできることは車椅子が進みやすいよう障害物を取り除いたり、車椅子を押すことくらいだった。
(とは言っても、さっき見た道標の番号からするとそれほど距離が残っているわけじゃないのだが……まあ、焦りは禁物か)
ロビーは自分に焦るなと何度も言い聞かせながら、セスの愚痴を聞いてやるのだった。
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