ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第五章

190:新たなアキレス腱の出現

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 LH三八年二月、ポータル・シティ海岸エリアの自治組織を一人のサングラスで目元を隠した若い男が訪れた。年のころは二八、九か。
 男は自治組織のトップであるエリア長代行マサヨシ・ハドリに面会を求めた。

「面会を求めているのは何者だ?」
 自治組織に所属する部下から報告を受けたマサヨシが尋ねた。
「申し訳ありません。それが、会えばわかるということで名を名乗らないのです。その方がハドリ様のためにもなると主張しておりまして……」
「何だそれは? 今忙しい。名乗りもしない怪しい奴だ。時間がないから会えないと追い返せ」
「承知しました」
 はじめ多忙を理由にマサヨシは面会を拒否した。
 すると男は「マサヨシ・ハドリ様にこれを」と対応した部下に一枚の記録ディスクを手渡した。
 明日再び訪問すると告げて男は去った。
 対応した部下は、迷った挙句マサヨシに記録ディスクを手渡した。

「こ、これは……だが、一体何者が?」
 その日の夜遅く、何気なしに記録ディスクの中味を確認したマサヨシは、驚愕の顔でその場に固まった。
 既に消し去ったはずの情報が記録されていたのだ。

 翌日、昨日と同じ時刻に男が再びやって来た。昨日同様目元をサングラスで隠している。
 マサヨシは面会を認め、自室へと男を案内した。

「……どういうことだ?」
 マサヨシが男に低い声で尋ねた。虚勢を張っているのか、声には震えがある。

「いえ、この事実が公開されたらどうなるか考えていただきたいだけですよ」
 男は軽い口調でそう答えた。
 男が手渡した記録ディスクには、マサヨシにとって衝撃的な情報が記録されていたのだ。
 隠し子のフローレンス・トワに関する情報である。

 彼女がマサヨシ・ハドリの隠し子であること。
 そして、その母が彼の姪であること。
 海洋調査隊での調査中の事故を装い、モトム、フローレンス・トワ夫妻を殺害したこと。
 などである。

 それだけではない、マサヨシが今まで知らなかった衝撃的な情報もディスクには記録されていた。

 フローレンス・トワの母親であるサトミ・カワチが、サトミ・ハドリとしてフジミ・タウンで存命だというのである。更に悪いことにその夫はハドリ家の失踪した次男、タケルだというのだ。

「……貴様の望みは何だ?」
 マサヨシの声は震えている。まさか八年も経過してから事件について指摘されるとは思えなかったのだ。

「大したことではありません。海洋調査隊にいるこの者達を調査隊から外して欲しいのですよ」
 そう答えて男は紙の名簿を手渡した。
 マサヨシが名簿に目をやった。

「……罪を犯して調査隊に送り込まれた者が大勢混じっている。これは無理だ!」
 名簿に記載されている名前の多くは、犯罪、それも殺人や強盗といった重罪を犯して海洋調査隊送りになった者であった。さすがにマサヨシもこれは看過できない。

「……無理というなら仕方ありません。事実を公表するまでです」
「誰が信じるかな?」
 マサヨシは表面上平静を装った。
 男は無言で携帯端末を操作し、音声を再生させた。

 マサヨシの顔が青ざめる。
 音声データには海洋調査隊でトワ夫妻の乗る船に細工をするよう命じたマサヨシの声が入っている。声や話し方の特徴からマサヨシであることを否定することはできそうもない。

「……どうやってこれを手に入れた?」
 マサヨシの問いに、男はサングラスを外してから答え始めた。
「……八年前、この指示を受けたエンジニアが私だったのですよ。ちなみに、私を殺害しても無駄ですよ。我々のトップがすべての情報を握っていますので。私が殺害されたら、うちのトップは交渉決裂とみなすでしょうね」
 男は平然と言ってのけるとマサヨシに背を向け、その場を去ろうとする。
 男に指摘されて、マサヨシの顔からはさっと血の気が引いた。
 風貌がかなり変わっていたものの、目の前の男は八年前に買収したはずのエンジニアだった。
 任務を遂行して大金を得た男はすぐに海洋調査隊を辞し、悠々自適の生活を送っているはずだった。それが今になってマサヨシの前に脅迫者として立ちはだかっている。
 やはり消しておくべきだったか、とマサヨシは歯噛みしたがすでに遅い。

「……待ってくれ」
 絞り出すかのようなマサヨシの声に若い男が振り向いた。

「……わかった、解放しよう。ただ、目的を聞きたい」
 マサヨシの答えに男は解放後に目的を伝えると約束した。

 マサヨシはすぐに名簿に記載された者達を海洋調査隊から解放する手続きを取った。
 解放の目的について、男はこう語った。

 フジミ・タウンが食料を出し惜しみし、値段を不当に吊り上げている。
 制裁のため、フジミ・タウンを襲撃しこれを占拠する。
 占拠した後はポータル・シティへ正当な価格での食料の提供を約束する、と。

「だが……フジミには、私の姪がいると言ったではないか……」
 マサヨシの声に力はない。
「姪御さんの命は考慮します。貴方はただ、これから起こることを黙って見守ればよいのです」
「……その約束、忘れぬように頼むぞ」
「わかりました」
 男はうなずくと、解放された海洋調査隊員を出迎えに行った。
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