ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第五章

184:不時着した宇宙ステーションからの脱出

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 惑星エクザロームに浮かぶサブマリン島……
 つい一週間前までは惑星にも、惑星上の島にも名前は無かった。

 一週間前、島にルナ・ヘヴンスと呼ばれる宇宙ステーションが不時着した。
 不時着した宇宙ステーションから脱出したユキナリ・クルスは近くにある丘を「はじまりの丘」と名付け、この丘をエクザロームにおける人類の起点とした。

 ユキナリと同じように不時着した宇宙ステーションから脱出し、居住可能な地域を求めて彷徨う者は、七〇万名以上にも達した。
 彼らはいくつかの集団に分かれて安住の地を求めて移動した。
 ルナ・ヘヴンスが不時着した付近は雪が積もっており、寒さが厳しい。
 また、周囲には植物の姿もほとんど見られないため、人々が生きていく糧を得るのは困難だと思われた。
 人々は暖かい豊かな土地を求めて移動せざるを得なくなったのだ。

 ユキナリ・クルスが所属するのは一万数千人の集団であった。
 この集団は運悪く昨日、他の集団とはぐれてしまった。

 このあたりの地面は湿地帯で足場が悪い。
 また、ユキナリの所属する集団は三〇代後半の者が多い。
 ルナ・ヘヴンスでユキナリが居住していた区画は、アース・コミュニケーション・ネットワーク(ECN)社の寮の隣だった。

 ECN社とはルナ・ヘヴンス内に存在する (今では「存在した」とした方が正しいかもしれない)最大の企業で、コンピュータネットワークシステムに関する業務全般を請け負っている会社だ。
 ルナ・ヘヴンスの建設が発表された際、まっさきに本社機構の移転を発表し、最初に乗り込んできた。
 寮に住んでいたのは多くが当時十代後半から二〇代前半の若者だった。この寮にある居住区画がコンパクトにできていたため、会社の判断で独身の若者向けとしたからだ。
 そして、ルナ・ヘヴンスが不時着したとき、この寮の住人達が大挙してユキナリを頼ってきたのだ。

「そっちは足元が悪いだろう! もう少し右だ!」
「右に行くと高い崖だぞ! 危ないだろう!」
「見失ったグループと合流した方がいいんじゃないか?」
「だったらさっき来たルートを戻るべきだ!」
 ユキナリの周囲で人々がああでもない、こうでもないと声をあげている。

 彼らはルナ・ヘヴンスから脱出してきた中では比較的若い部類だ。
 血気盛んに歩き回るが、計画性に欠けるためか、その歩みは順調さを欠いた。
 はぐれた集団は自分の前にいるのか後ろにいるのか……
 それどころか、どちらが前かどちらが後ろか、それすらもわからないのだ。
 辺りにはうっすらとしたもやがかかり、彼らの視界の大部分を奪っていた。

「どうするんですか?! 完全にはぐれちゃいましたよ!」
 後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「やはり誰かを偵察に行かせて、残りはステーション付近で待つべきだったんだ!」
「火災の危険があるのに、か?」
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
「文句ばっか言っている奴が何を言う?!」
 周囲の雰囲気が急速に険悪になる。
 血気盛んな者が多い集団である。一度火が点けば、あっという間に大火災になりかねない。

「落ち着かないか!」
 ユキナリが一喝した。
 今日、何度目のことだろうか。
 現在の集団の中では、ユキナリは比較的年長者である。
 とはいえ、彼自身も四三歳で、周囲の者よりも五歳くらい年長なだけだ。彼自身はECN社の関係者ではなく、ステーション内の報道機関に勤務する政治家志望の記者であった。
 そのおかげか、他の者への指導力を一応は発揮している。

「すみません、ユキナリさん。あいつらと話をしても議論にならないのですよ」
「他人の話を聞いていないのはそっちじゃないか!」
 周囲の者たちが再び言い争いそうになったので、ユキナリが間に割って入った。

「待ってくれ、無駄に体力を浪費するな。状況を整理して次の行動を決めよう」
「そうしたいのですが、さっきから話が平行線で……」
「次に何をするのがいいのか、話が全然まとまらないんですよ」
 ユキナリは彼が属する集団の問題を見抜いていた。
 この集団はリーダー不在なのだ。

(ここは……私が彼らを率いた方がいいのか? だが……)
 ユキナリは自分でこの集団を導くべきかどうか考えた。
 リーダーがいることに越したことはないのだが、この集団を率いるのはあまり気乗りしない。

 彼は放浪者のリーダーではなく、国や地方を動かす政治家になりたかった。
 その第一歩として、この地に不時着した際、不時着地点近くの丘に決意の言葉を刻んだ石碑を建てた。
 後年、この地に人が定着できれば、石碑はその第一歩を記した貴重なものになるはずであった。
 なのに、現在の自分は迷子になった若者をなだめているだけだ。
 (まったく……どこがどう狂ったらこうなるのだか……)
 ユキナリは愚痴のひとつでも言いたい気分になったが、今はそういう状況ではない、と考え直した。
 生死を賭けている状況だ。愚痴のひとつが士気の低下を招く危険がある。
 士気が低下すれば、生き残る気力が失われる。
 住処となっていた宇宙ステーションを失った今、この地で生き残らなければ先は無いのだ。
 そのことは嫌というほど思い知っている。こうして移動している際も数は少ないが、事故や寒さ、飢えなどにより生命を落とす者が出ている。幸いにして、彼の集団は比較的若い者が多かったから、それほど深刻な状況にはなっていないのだが……
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