190 / 436
第五章
184:不時着した宇宙ステーションからの脱出
しおりを挟む
惑星エクザロームに浮かぶサブマリン島……
つい一週間前までは惑星にも、惑星上の島にも名前は無かった。
一週間前、島にルナ・ヘヴンスと呼ばれる宇宙ステーションが不時着した。
不時着した宇宙ステーションから脱出したユキナリ・クルスは近くにある丘を「はじまりの丘」と名付け、この丘をエクザロームにおける人類の起点とした。
ユキナリと同じように不時着した宇宙ステーションから脱出し、居住可能な地域を求めて彷徨う者は、七〇万名以上にも達した。
彼らはいくつかの集団に分かれて安住の地を求めて移動した。
ルナ・ヘヴンスが不時着した付近は雪が積もっており、寒さが厳しい。
また、周囲には植物の姿もほとんど見られないため、人々が生きていく糧を得るのは困難だと思われた。
人々は暖かい豊かな土地を求めて移動せざるを得なくなったのだ。
ユキナリ・クルスが所属するのは一万数千人の集団であった。
この集団は運悪く昨日、他の集団とはぐれてしまった。
このあたりの地面は湿地帯で足場が悪い。
また、ユキナリの所属する集団は三〇代後半の者が多い。
ルナ・ヘヴンスでユキナリが居住していた区画は、アース・コミュニケーション・ネットワーク(ECN)社の寮の隣だった。
ECN社とはルナ・ヘヴンス内に存在する (今では「存在した」とした方が正しいかもしれない)最大の企業で、コンピュータネットワークシステムに関する業務全般を請け負っている会社だ。
ルナ・ヘヴンスの建設が発表された際、まっさきに本社機構の移転を発表し、最初に乗り込んできた。
寮に住んでいたのは多くが当時十代後半から二〇代前半の若者だった。この寮にある居住区画がコンパクトにできていたため、会社の判断で独身の若者向けとしたからだ。
そして、ルナ・ヘヴンスが不時着したとき、この寮の住人達が大挙してユキナリを頼ってきたのだ。
「そっちは足元が悪いだろう! もう少し右だ!」
「右に行くと高い崖だぞ! 危ないだろう!」
「見失ったグループと合流した方がいいんじゃないか?」
「だったらさっき来たルートを戻るべきだ!」
ユキナリの周囲で人々がああでもない、こうでもないと声をあげている。
彼らはルナ・ヘヴンスから脱出してきた中では比較的若い部類だ。
血気盛んに歩き回るが、計画性に欠けるためか、その歩みは順調さを欠いた。
はぐれた集団は自分の前にいるのか後ろにいるのか……
それどころか、どちらが前かどちらが後ろか、それすらもわからないのだ。
辺りにはうっすらとしたもやがかかり、彼らの視界の大部分を奪っていた。
「どうするんですか?! 完全にはぐれちゃいましたよ!」
後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「やはり誰かを偵察に行かせて、残りはステーション付近で待つべきだったんだ!」
「火災の危険があるのに、か?」
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
「文句ばっか言っている奴が何を言う?!」
周囲の雰囲気が急速に険悪になる。
血気盛んな者が多い集団である。一度火が点けば、あっという間に大火災になりかねない。
「落ち着かないか!」
ユキナリが一喝した。
今日、何度目のことだろうか。
現在の集団の中では、ユキナリは比較的年長者である。
とはいえ、彼自身も四三歳で、周囲の者よりも五歳くらい年長なだけだ。彼自身はECN社の関係者ではなく、ステーション内の報道機関に勤務する政治家志望の記者であった。
そのおかげか、他の者への指導力を一応は発揮している。
「すみません、ユキナリさん。あいつらと話をしても議論にならないのですよ」
「他人の話を聞いていないのはそっちじゃないか!」
周囲の者たちが再び言い争いそうになったので、ユキナリが間に割って入った。
「待ってくれ、無駄に体力を浪費するな。状況を整理して次の行動を決めよう」
「そうしたいのですが、さっきから話が平行線で……」
「次に何をするのがいいのか、話が全然まとまらないんですよ」
ユキナリは彼が属する集団の問題を見抜いていた。
この集団はリーダー不在なのだ。
(ここは……私が彼らを率いた方がいいのか? だが……)
ユキナリは自分でこの集団を導くべきかどうか考えた。
リーダーがいることに越したことはないのだが、この集団を率いるのはあまり気乗りしない。
彼は放浪者のリーダーではなく、国や地方を動かす政治家になりたかった。
その第一歩として、この地に不時着した際、不時着地点近くの丘に決意の言葉を刻んだ石碑を建てた。
後年、この地に人が定着できれば、石碑はその第一歩を記した貴重なものになるはずであった。
なのに、現在の自分は迷子になった若者をなだめているだけだ。
(まったく……どこがどう狂ったらこうなるのだか……)
ユキナリは愚痴のひとつでも言いたい気分になったが、今はそういう状況ではない、と考え直した。
生死を賭けている状況だ。愚痴のひとつが士気の低下を招く危険がある。
士気が低下すれば、生き残る気力が失われる。
住処となっていた宇宙ステーションを失った今、この地で生き残らなければ先は無いのだ。
そのことは嫌というほど思い知っている。こうして移動している際も数は少ないが、事故や寒さ、飢えなどにより生命を落とす者が出ている。幸いにして、彼の集団は比較的若い者が多かったから、それほど深刻な状況にはなっていないのだが……
つい一週間前までは惑星にも、惑星上の島にも名前は無かった。
一週間前、島にルナ・ヘヴンスと呼ばれる宇宙ステーションが不時着した。
不時着した宇宙ステーションから脱出したユキナリ・クルスは近くにある丘を「はじまりの丘」と名付け、この丘をエクザロームにおける人類の起点とした。
ユキナリと同じように不時着した宇宙ステーションから脱出し、居住可能な地域を求めて彷徨う者は、七〇万名以上にも達した。
彼らはいくつかの集団に分かれて安住の地を求めて移動した。
ルナ・ヘヴンスが不時着した付近は雪が積もっており、寒さが厳しい。
また、周囲には植物の姿もほとんど見られないため、人々が生きていく糧を得るのは困難だと思われた。
人々は暖かい豊かな土地を求めて移動せざるを得なくなったのだ。
ユキナリ・クルスが所属するのは一万数千人の集団であった。
この集団は運悪く昨日、他の集団とはぐれてしまった。
このあたりの地面は湿地帯で足場が悪い。
また、ユキナリの所属する集団は三〇代後半の者が多い。
ルナ・ヘヴンスでユキナリが居住していた区画は、アース・コミュニケーション・ネットワーク(ECN)社の寮の隣だった。
ECN社とはルナ・ヘヴンス内に存在する (今では「存在した」とした方が正しいかもしれない)最大の企業で、コンピュータネットワークシステムに関する業務全般を請け負っている会社だ。
ルナ・ヘヴンスの建設が発表された際、まっさきに本社機構の移転を発表し、最初に乗り込んできた。
寮に住んでいたのは多くが当時十代後半から二〇代前半の若者だった。この寮にある居住区画がコンパクトにできていたため、会社の判断で独身の若者向けとしたからだ。
そして、ルナ・ヘヴンスが不時着したとき、この寮の住人達が大挙してユキナリを頼ってきたのだ。
「そっちは足元が悪いだろう! もう少し右だ!」
「右に行くと高い崖だぞ! 危ないだろう!」
「見失ったグループと合流した方がいいんじゃないか?」
「だったらさっき来たルートを戻るべきだ!」
ユキナリの周囲で人々がああでもない、こうでもないと声をあげている。
彼らはルナ・ヘヴンスから脱出してきた中では比較的若い部類だ。
血気盛んに歩き回るが、計画性に欠けるためか、その歩みは順調さを欠いた。
はぐれた集団は自分の前にいるのか後ろにいるのか……
それどころか、どちらが前かどちらが後ろか、それすらもわからないのだ。
辺りにはうっすらとしたもやがかかり、彼らの視界の大部分を奪っていた。
「どうするんですか?! 完全にはぐれちゃいましたよ!」
後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「やはり誰かを偵察に行かせて、残りはステーション付近で待つべきだったんだ!」
「火災の危険があるのに、か?」
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
「文句ばっか言っている奴が何を言う?!」
周囲の雰囲気が急速に険悪になる。
血気盛んな者が多い集団である。一度火が点けば、あっという間に大火災になりかねない。
「落ち着かないか!」
ユキナリが一喝した。
今日、何度目のことだろうか。
現在の集団の中では、ユキナリは比較的年長者である。
とはいえ、彼自身も四三歳で、周囲の者よりも五歳くらい年長なだけだ。彼自身はECN社の関係者ではなく、ステーション内の報道機関に勤務する政治家志望の記者であった。
そのおかげか、他の者への指導力を一応は発揮している。
「すみません、ユキナリさん。あいつらと話をしても議論にならないのですよ」
「他人の話を聞いていないのはそっちじゃないか!」
周囲の者たちが再び言い争いそうになったので、ユキナリが間に割って入った。
「待ってくれ、無駄に体力を浪費するな。状況を整理して次の行動を決めよう」
「そうしたいのですが、さっきから話が平行線で……」
「次に何をするのがいいのか、話が全然まとまらないんですよ」
ユキナリは彼が属する集団の問題を見抜いていた。
この集団はリーダー不在なのだ。
(ここは……私が彼らを率いた方がいいのか? だが……)
ユキナリは自分でこの集団を導くべきかどうか考えた。
リーダーがいることに越したことはないのだが、この集団を率いるのはあまり気乗りしない。
彼は放浪者のリーダーではなく、国や地方を動かす政治家になりたかった。
その第一歩として、この地に不時着した際、不時着地点近くの丘に決意の言葉を刻んだ石碑を建てた。
後年、この地に人が定着できれば、石碑はその第一歩を記した貴重なものになるはずであった。
なのに、現在の自分は迷子になった若者をなだめているだけだ。
(まったく……どこがどう狂ったらこうなるのだか……)
ユキナリは愚痴のひとつでも言いたい気分になったが、今はそういう状況ではない、と考え直した。
生死を賭けている状況だ。愚痴のひとつが士気の低下を招く危険がある。
士気が低下すれば、生き残る気力が失われる。
住処となっていた宇宙ステーションを失った今、この地で生き残らなければ先は無いのだ。
そのことは嫌というほど思い知っている。こうして移動している際も数は少ないが、事故や寒さ、飢えなどにより生命を落とす者が出ている。幸いにして、彼の集団は比較的若い者が多かったから、それほど深刻な状況にはなっていないのだが……
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる