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第四章

183:新しい父親

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「船はダメだろうが……そうだ!」
 ユキナリは我に返ると、赤子は大丈夫かと聞いた。
 母親らしき女性は船とともに流され、姿を見失ってしまったが、赤子は自警団の団員が抱きかかえている。

 恐らく母親の方は助からないだろう。
 船や死体が打ち上げられる可能性すらほとんどないと思われる。
 海洋調査中に行方不明になった者の死体や遺留品が岸に打ち上げられたという事例は皆無に等しい。

「少しお待ちください。診てみます」
 医学の心得がある団員が赤子の様子を確認する。

「……男の子ですね。少し衰弱していますが、大丈夫です。一ヶ月ほど療養所に置いておけば回復できると思います」
 その言葉にユキナリは一瞬だけ安堵した様子を見せた。
 少なくとも一つの生命を救うことができたからだ。
 海洋調査隊の船に乗っていたとはいえ、生まれたばかりの赤子であるから犯罪者である可能性は皆無のはずだ。フジミ・タウンの市民に危害を加えるようなこともないだろう。

「この子は私のところで引き取ろう。私がこの子の父親になるのだ」
 ユキナリはそう宣言して、宣言どおり赤子を引き取った。
 赤子はセス、と名付けられた。
 これはユキナリが抱えていた信条の頭文字を取ったものだ。

 フジミ・タウンに住んでいる者の多くはこの地に定住する前、安住の地を求めてサブマリン島を彷徨っていた。ユキナリもその一人で次の信条を掲げて、多くの人々を導いていた。

 すなわち、
 Settlement:流浪生活を止めて、一定の場所に「定住」する。
 Economy:「経済」活動の復活
 Safety:「安全」な生活
 Satisfaction:住民の「満足」が得られる生活環境の構築
 の四項目である。

 この頭文字をとってSess、すなわちセスと名付けたのだった。
 政治家としての初心を忘れそうになったとき、引き取ったわが子を見て初心に帰ろう、と考えたのである。
 信条を子供の名前にするというのは賛否が分かれるところだが、良くも悪くもこれがユキナリ・クルスの人となりをよく表している出来事だと言えよう。


 ユキナリは生涯独身だった。
 このためセスは育ての母を持たなかった。
 しかし、セスはそのことに疑問を持ったことはない。
 セスはユキナリの無骨な愛情を受けながらすくすくと成長した。

 一方、ユキナリはセスの親類を探そうと手を尽くしたが、何一つ手がかりは見つからなかった。大都市から情報を得ることに危険が伴う状況だったのが大きな理由である。

 この頃のサブマリン島の大都市といえばポータル・シティ、ECN社本社が移転して都市となったハモネス、有力な鉄の鉱脈が見つかったインデストの三つであったが、これらの三都市はすべてポータル・シティの有力者の息がかかっていた。
 この頃にはすでにポータル・シティとフジミ・タウンとの関係は険悪となっていた。
 辛うじて商取引は続けられていたが、人的交流など無いに等しかった。

 エイチ・ハドリがポータル・シティの学校に移った例などは、例外中の例外だったのである。
 裕福だとされたフジミ・タウンはポータル・シティに巣食う野盗どもの格好のターゲットとなっており、ユキナリなどはその対応に追われていたのだ。

 状況は良くなかったが、母は無くとも、生みの両親は無くとも、セスはまず幸福といってよい環境で育てられた。
 しかし、この幸福は長くは続かなかった。

 セスが八歳の誕生日を迎えた翌月、彼の育ての父は突然、暴徒によってその生命を絶たれたのである。それだけではない、フジミ・タウンの多くの住民の生命が失われた。
 運よく生命の危機を逃れた者達もその多くが住居や自由を失ったのだった。

 「フジミの大虐殺」である。
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