ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第四章

181:秘書を労う

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 メイはオイゲンに「打音メッセ」で言葉を返した直後、オイゲンとのコミュニケーションに次のようなルールを設けた。

 日常会話は普通に声で
 危険だと思われる会話は「打音メッセ」で

(聞かれて困る話は「打音メッセ」でお願いします。普通の指示は口頭でしていただかないとかえって怪しまれるかもしれません)

(そうだね。了解した)
 鈍いオイゲンもどうにかメイの意図を察したようだ。

 オイゲンが今度は声で意思を伝える。
「フジミ・タウンへ向かうメンバーには災害時用の医薬品を持たせよう。カワナさん、どこの倉庫から回すのが一番効率的だろうか?」

 するとメイは端末を操作し、すぐに答えを返す。
「ポータル北の検証センターにある倉庫が通り道になります。ここがよろしいかと思います」
 答えを聞いたオイゲンはポータル・シティ北にある検証センターに連絡を取り、医薬品の拠出を指示した。

 そして窓から外を見て、フジミ・タウンへ向かう者たちに語りかける。

 (今回の侵攻は恐らくハドリ社長に分があると思います……
 ただ、自分のところの社員を死地に赴かせることが正しいかは、判断できません
 無事に帰還することを祈ります……)

 オイゲンが自席に戻った。再びキーボードを叩く。

 (ところで、ウォーリーたちの動向はわかりますか?)
 (街中で活動している方もいるようですが、トワさんたちは南に向かったという情報が入っています)

 メイは通信などの記録を調べ、「タブーなきエンジニア集団」の一部のメンバーが少し前から島の南部に向かっていることを把握していた。
 メイやオイゲンの与り知らぬことであったが、ウォーリーは五月に潜伏していたフルヤを密かに脱出し、都市が集中する島の西部に移動していた。
 その後は「タブーなきエンジニア集団」の看板を掲げて精力的にポータル・シティやハモネス、チクハ・タウンなどで活動をしていることは多くの市民が知るところである。

 (南に向かったか……OP社の監視が厳しくなったのだろうか?)
 オイゲンは彼らが南に向かった理由を想像し始めた。理由が明らかになれば、彼らを援助する方法が思いつくかも知れない。要するに、オイゲンは「タブーなきエンジニア集団」を気にかけているのである。

 ポータル・シティより南にある都市はフジミ・タウンかインデストくらいである。
 そのうちフジミ・タウンは賊が巣食う場所だ。ウォーリーたちの活動拠点とはなり得ないだろう。
 ウォーリーも「フジミの大虐殺」のことは知っているはずだ。
 その首謀者たちと手を組む、という考えはウォーリーに無いはずだ。
 正義感の強いウォーリーがこのような賊の類を受け入れる理由がない。

 しかし、オイゲンにはインデストも望み薄だと思われた。
 インデストはOP社の第二本拠地のような都市だ。ECN社もかろうじて出張所を持っているだけだが、OP社は本社の次に大きい事業所を有している。
 敢えて言えば、ポータル・シティなどの中心都市から遠く離れた地であるため、ハドリが直接手を下しにくいと考えてのことなのかもしれない。

 オイゲンはこの都市には父に連れられて十数年前に一度行ったことがあるだけだが、ハモネスより街が大きかったことは覚えている。
 そのころは鉄鉱石が発掘されることが判明した直後で、ようやく都市としての形ができたばかりだった。

 (そういえば、あの建物はどうなったかな……?)

 オイゲンは父とインデストを訪れた際、宿泊した建物を思い出した。町外れの海に程近い大きな建物で、景色が良かったのを覚えている。

 (余裕ができたら、一度行ってみてもいいかもしれない)
 結局、オイゲンはウォーリーたちの心配をするのをあきらめた。彼らを援助するための良い方策が浮かばなくなったからである。

 「カワナさん」
 オイゲンは、あることを思い出して秘書に声をかけた。
 だが、反応が無い。

 オイゲンがメイの席を見ると、彼女は机の上に伏せて、いつの間にか寝息を立てていた。
 セスたちがユニヴァースのもとに出発したため、パーティションをどけた。
 だから、オイゲンの席からメイの姿は丸見えである。

 (さすがにこの半年近く、慣れない多人数の中で仕事をさせてしまいましたからね……
 相当プレッシャーだったのですね。変なプレッシャーをかけてすみません)

 オイゲンは心の中でメイに詫びてから、自分の上着をメイの肩にかけてやる。

 (三〇分くらいしたら起こしますか)

 メイの寝顔はまるで警戒心のない子供のようであった。
 安心しきった様子ですうすうと寝息を立てている

 (普段の緊張した状態からは考えられないなぁ)

 三〇分後、オイゲンはメイに声をかけて起こす。
 メイが目を開いて振り向くと、後ろにオイゲンが立っている。

「え? あ……すみません、すみません」
 メイは必死になってオイゲンに謝った。

「疲れているときはいいですよ。そろそろ部屋を閉めたいと思いますが、カワナさんはどうされます?」
 メイは慌てて帰り支度を始めた。しかし、それもオイゲンから見ればゆっくりである。
 メイが部屋を出る前にオイゲンに一礼したとき、オイゲンはあることを思い出した。

「カワナさん、一日遅れですみません。昨日は辛い思いをさせてすみませんでした。カワナさんが他の人とお話しするのを久しぶりに聞いた気がします。よくがんばりましたね」
 セスたちを送り出した日はオイゲンが多忙で、業務中メイと顔を合わせる時間が無かった。だから、彼女の労をねぎらってやることができなかったのだ。

「社長、そんな……」
 メイはそう言うと、踵を返して部屋を出て行った。

 その瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
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