ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第四章

178:セスとハドリの交点

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 セス達が「はじまりの丘」に向けて出発したLH五〇年一一月一四日午後、OP社社長エイチ・ハドリの姿はポータル・シティにあるOP社本社の総務部門のオフィスにあった。
 ハドリは部下から情報を得るために音もなく、総務部門へと移動してきたのだ。
 彼は部下から情報を得るとき、社長室に相手を呼びつけることはほとんどしない。
 社長室は彼が一人で作戦を考える場所であったからだ。
 ごく稀に社長室へ通される者もいるが、これは例外中の例外だった。
 その代わり音もなく相手の下に近づき、虚を突いて報告を求める。
 部下の側も神出鬼没なトップの存在により、気が抜けない日々を過ごしている。

 部下からの報告の中に、「はじまりの丘」へ向かう三人組がいた、というものがあった。
 「はじまりの丘」へ行く者の数は多くないため、念のため内容を確認すべきとハドリは考えた。

「見せてみろ」
 ハドリは検問時の記録を持ってこさせた。

 (セス・クルス……? 殺されたフジミの元市長の息子だったな。ECN社のアルバイトをしているのか……)
 フジミ・タウンはハドリの出身地であった。ただし、同郷のセスと面識はない。

 ハドリは幼いころから神童と呼ばれ、地元では伝説になっていた。
 ハドリが九歳のとき、通っていた初等学校に斧を持った一人の麻薬中毒者が紛れ込むという事件が起きた。
 この麻薬中毒者を担任の女性教師と女子生徒を守りながら、クラスの男子生徒で撃退したのが彼であった。
 ハドリが薬物中毒者を取り締まるようになったのも、この経験を通じてのことだった。
 生徒と教師が無事に解放された後、大人たちはハドリの統率力に驚嘆させられた。
 クラスの男子生徒全員が普段の遊びを通じて、ハドリの指示のもと的確に動く訓練がなされていたのである。

 麻薬中毒者は容赦ないハドリ達の攻撃により、半死半生の状態で拘束された。
 ハドリは禍根を残さぬようこの者の生命を断てと主張した。
 しかし、大人達がとりなしてわずかな期間この者は生命を長らえることができた。
 結局、この者は拘束されてからほどなくして、閉じ込められた部屋の中で狂死した。

 事件をきっかけにハドリは九歳にして、大人達から大軍を率いる大将の器量と苛烈さがあると評されることになった。

 事件から少し後、より高度な学校へ進むため、ハドリはポータル・シティの学校に転校した。セスが生まれる二年前のことであった。
 学校の休みのときなど、ハドリはフジミ・タウンに帰省することもあった。
 しかし、セスの住居とハドリのそれとが離れていたために、フジミ・タウンで二人が顔を合わせることはなかったのだ。

「……特に問題ないだろう。たが、警戒を怠るな。次は何だ?」
 部下が次の報告をしようとした瞬間、ハドリの携帯端末が鳴った。
 ハドリは通信をつないだ。
 瞬く間にハドリの表情が怒りのそれに変わる。
 端末を投げつけようとする衝動をかろうじて抑え込み、ハドリは通信での報告を聞いた。

「やられた連中をすぐに連れて来い! それから被害状況を報告しろ!」
 ハドリが端末に向かって怒鳴った。

 通信での報告はOP社第二の拠点、インデストからポータル・シティへの貨物輸送中に発生した事件のことであった。
 インデストはポータル・シティの南東約三〇〇キロメートルにあるサブマリン島第二の都市である。
 鉄鉱石などの鉱山があり、資源に乏しいエクザロームの生命線ともいえる地である。

 OP社はインデストにて鉄鉱石の採掘とその加工を手がけている。
 加工品は陸路でポータル・シティなどに輸送されるのだが、その輸送部隊をフジミ・タウンに巣食う賊に襲撃され、少なからぬ死者と損害を出したというのである。
 ポータル・シティとインデストの間には、湿地帯に砂利を敷いただけの街道しかない。
 自動車や輸送機の類はサブマリン島には存在しないから、巨大なリヤカーやそりを何台も使って加工品を運ぶのだ。
 このため移動は鈍重で、加工品の輸送には一~二ヶ月程度かかる。

 OP社もこの手の輸送部隊をそれほど豊富に持っているわけではない。
 ひとつの部隊が襲撃されると、鉄製品の供給が数週間程度滞るほどのダメージを受ける。

 ハドリはインデストまでの街道やフジミ・タウンの近所に治安改革センターを設置し、フジミ・タウンの動向を探っていた。
 輸送部隊の警護にも治安改革センターを活用していたが、こちらは現在のところ、思うような効果をあげていない。戦力が違いすぎるのだ。

 (フジミの賊か! 奴ら、絶対に許さん!
 俺の母親だけではなく、大事な輸送部隊まで手にかけるか!)

 ハドリの腸は煮えくり返っていた。
 彼は無言であったが、その様子からただならぬ状況であることは、周辺の部下にも容易に理解できた。

「別の輸送部隊を手配しましょうか?」
 部下が気を利かせたつもりで進言した。

「……無用だ、余計なことを言うな。お前はセキュリティ・センターとパトロール・チームに連絡を取って、治安改革の職員を集めさせろ。各治安改革センターに残す人員は最低限でいい」
 ハドリはそう言い残して、その場を去った。
 社長室に戻り、一人今後の対応策を考えるのだ。
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