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第四章
176:悲痛な移動許可
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「ふざけるな! それでも医者か!」という怒鳴り声とともに、ロビーがアイネスに殴りかかろうとしたが、間にオイゲンが入った。
事実上医師が治療を放棄したのだから、ロビーが怒るのも無理はない。
オイゲンは敢えて静かな口調で話し始める。ロビーに落ち着いてもらうためだ。
「……アイネス先生、タカミ君。私の父から、『医師は患者の自然に治ろうとする力に手を貸すことしかできない。医師は病気を治すのではなく、病気を治す患者の身体の作用を手助けする存在だ』というような意味の言葉を聞いたことがあります。私の父は医者ではありませんが……
タカミ君がここでアイネス先生を殴ったところで何も解決しないと思います。我々はクルス君のために最善を尽くすべきではないですか?」
オイゲンの言葉でもロビーの怒りは治まりきらなかったが、冷水を頭から浴びせられた程度のショックは受けている。
「ところでアイネス先生、クルス君の症状は、彼の生命にどの程度の危険を及ぼすのでしょうか?」
オイゲンの質問にアイネスは正確にはわからない、と答えた。
それでもロビーとオイゲンが念を押すと、あくまで検査を統計的に分析した限りでは、一年生存率で三割程度、三年では一パーセントにも満たないだろうと説明した。
「……その間に画期的な治療法が開発されるよう、我々は研究に努めます。また、少しでも最悪の事態が訪れる日を遅らせる努力もします。ただ、現段階では先ほど申し上げた以上の説明はできないのです。ご理解ください……」
ロビーは納得できない、という様子だったが
「セスの奴をユニヴァースとかいう奴のところへ行かせてやってくれ! 俺も同行する! 何としても奴を兄貴とやらに引き合わせたいんだ! 頼む!」
と土下座までしてみせた。
オイゲンも何とかお願いしますとアイネスに頼みこんだ。
アイネスはしばらく考えていたが、条件付きで許可を出すと答えた。
ユニヴァースの住む「はじまりの丘」までは街道が通じているが、砂利道や土を固めた程度のもので、足元が良いとはいえない。
通常の車椅子で進むには困難な道なので、特殊な車椅子をセス専用に作る。その車椅子が完成したら、行ってもよいということであった。
「ところで、セスには病状の話をしているのか?」
ロビーの質問にアイネスは、患者の性格を考慮しまだ事実を伝えてはいない、と答えた。それを聞いたロビーは当分の間、事実を伝えるのを見合わせるようにアイネスに依頼した。
「医師として患者に事実を伝えるべき時期が来たら、当院から事実を伝えます。それまでは、皆さんも患者には事実を話さないように」
アイネスの言葉にロビーとオイゲンは沈痛な表情でうなずいた。
二人はやるせない気持ちに地面に足がついていないような感覚を覚えながら応接室を後にした。
セスの病室まで移動する間、二人が言葉を発することはなかった。
ロビーとオイゲンが応接室を出てから十数分後、セスは担当医からユニヴァースのもとへ行く許可をもらって、病室に戻ってきた。
病室にはロビー、モリタ、レイカ、オイゲンの四人が待っていた。
「ロビー、モリタ、やったよ! 先生から条件付きで許可をもらってきた」
少し興奮したような口調でセスがまくしたてた。
特殊な車椅子が完成してから、という条件はすでにロビーとオイゲンがアイネスから聞かされていたものである。
モリタは不思議そうな表情をしている。それを見たロビーがモリタの背中を軽く叩く。
「当然、モリタも行くんだ」
モリタは少し嫌そうな表情をしてみせた。
「モリタさん、行ったほうがいいと思う」
レイカがモリタをなだめるように言った。
モリタはレイカの言葉にわかりましたと答える。憧れの人からの忠告には素直に従うようだ。
「さあ、これで決まりだ。準備ができたら俺、セス、モリタの三人で行くぞ!」
ロビーが拳を握りしめた。
その様子を見たオイゲンの心が痛む。セスの生命の残りが長くないことを知っているのはロビーとオイゲンだけなのだ。
オイゲンにはロビーが無理をして明るく振舞っているのが痛いほど理解できる。
「ところで、『はじまりの丘』へはどう行くか知っているの?」
モリタが疑わしげな目を向ける。
ロビーは何とかなるだろうと答える。
モリタはロビーのアバウトさに呆れた表情を見せた。
「モリタ、僕は『はじまりの丘』に行ったことがあるんだ。だから大丈夫だよ」
セスの言葉に部屋の皆が驚きの表情を見せた。
セスくらいの若者で『はじまりの丘』へ行く者は、少数派といってよい。
特にセスは車椅子を日常的に使っている身である。
ポータル、ハモネスなどの都市から『はじまりの丘』は遠いし、道は決して良いものとはいえない。そのような道をセスのような者が行き来したというのは意外である。
「僕が行ったのは一ニ年も前の話だけどね。道はあまり変わってないと聞いているよ」
その言葉でロビーとモリタは納得した。彼らは、車椅子を使っていない時期のセスを知っているからだ。
「はじまりの丘」へ向けた出発には車椅子の完成を待たなければならなかった。
悪路に強い特殊な車椅子、ということで製作には一ヶ月ほどかかるようだ。
セスが新しい車椅子に慣れる期間を考えると、出発は一一月になる。
「私は行くことができないけど、いい知らせを待っているわね」
レイカがセスに申し訳なさそうな顔を見せた。彼女は当分の間就職活動をせずに、腕の治療に専念するとのことである。一度充電期間を設けたいらしい。
セスはレイカの言葉に礼を述べると、戻ってきたらまたみんなで食事にでも行きましょう、とレイカに告げたのだった。
事実上医師が治療を放棄したのだから、ロビーが怒るのも無理はない。
オイゲンは敢えて静かな口調で話し始める。ロビーに落ち着いてもらうためだ。
「……アイネス先生、タカミ君。私の父から、『医師は患者の自然に治ろうとする力に手を貸すことしかできない。医師は病気を治すのではなく、病気を治す患者の身体の作用を手助けする存在だ』というような意味の言葉を聞いたことがあります。私の父は医者ではありませんが……
タカミ君がここでアイネス先生を殴ったところで何も解決しないと思います。我々はクルス君のために最善を尽くすべきではないですか?」
オイゲンの言葉でもロビーの怒りは治まりきらなかったが、冷水を頭から浴びせられた程度のショックは受けている。
「ところでアイネス先生、クルス君の症状は、彼の生命にどの程度の危険を及ぼすのでしょうか?」
オイゲンの質問にアイネスは正確にはわからない、と答えた。
それでもロビーとオイゲンが念を押すと、あくまで検査を統計的に分析した限りでは、一年生存率で三割程度、三年では一パーセントにも満たないだろうと説明した。
「……その間に画期的な治療法が開発されるよう、我々は研究に努めます。また、少しでも最悪の事態が訪れる日を遅らせる努力もします。ただ、現段階では先ほど申し上げた以上の説明はできないのです。ご理解ください……」
ロビーは納得できない、という様子だったが
「セスの奴をユニヴァースとかいう奴のところへ行かせてやってくれ! 俺も同行する! 何としても奴を兄貴とやらに引き合わせたいんだ! 頼む!」
と土下座までしてみせた。
オイゲンも何とかお願いしますとアイネスに頼みこんだ。
アイネスはしばらく考えていたが、条件付きで許可を出すと答えた。
ユニヴァースの住む「はじまりの丘」までは街道が通じているが、砂利道や土を固めた程度のもので、足元が良いとはいえない。
通常の車椅子で進むには困難な道なので、特殊な車椅子をセス専用に作る。その車椅子が完成したら、行ってもよいということであった。
「ところで、セスには病状の話をしているのか?」
ロビーの質問にアイネスは、患者の性格を考慮しまだ事実を伝えてはいない、と答えた。それを聞いたロビーは当分の間、事実を伝えるのを見合わせるようにアイネスに依頼した。
「医師として患者に事実を伝えるべき時期が来たら、当院から事実を伝えます。それまでは、皆さんも患者には事実を話さないように」
アイネスの言葉にロビーとオイゲンは沈痛な表情でうなずいた。
二人はやるせない気持ちに地面に足がついていないような感覚を覚えながら応接室を後にした。
セスの病室まで移動する間、二人が言葉を発することはなかった。
ロビーとオイゲンが応接室を出てから十数分後、セスは担当医からユニヴァースのもとへ行く許可をもらって、病室に戻ってきた。
病室にはロビー、モリタ、レイカ、オイゲンの四人が待っていた。
「ロビー、モリタ、やったよ! 先生から条件付きで許可をもらってきた」
少し興奮したような口調でセスがまくしたてた。
特殊な車椅子が完成してから、という条件はすでにロビーとオイゲンがアイネスから聞かされていたものである。
モリタは不思議そうな表情をしている。それを見たロビーがモリタの背中を軽く叩く。
「当然、モリタも行くんだ」
モリタは少し嫌そうな表情をしてみせた。
「モリタさん、行ったほうがいいと思う」
レイカがモリタをなだめるように言った。
モリタはレイカの言葉にわかりましたと答える。憧れの人からの忠告には素直に従うようだ。
「さあ、これで決まりだ。準備ができたら俺、セス、モリタの三人で行くぞ!」
ロビーが拳を握りしめた。
その様子を見たオイゲンの心が痛む。セスの生命の残りが長くないことを知っているのはロビーとオイゲンだけなのだ。
オイゲンにはロビーが無理をして明るく振舞っているのが痛いほど理解できる。
「ところで、『はじまりの丘』へはどう行くか知っているの?」
モリタが疑わしげな目を向ける。
ロビーは何とかなるだろうと答える。
モリタはロビーのアバウトさに呆れた表情を見せた。
「モリタ、僕は『はじまりの丘』に行ったことがあるんだ。だから大丈夫だよ」
セスの言葉に部屋の皆が驚きの表情を見せた。
セスくらいの若者で『はじまりの丘』へ行く者は、少数派といってよい。
特にセスは車椅子を日常的に使っている身である。
ポータル、ハモネスなどの都市から『はじまりの丘』は遠いし、道は決して良いものとはいえない。そのような道をセスのような者が行き来したというのは意外である。
「僕が行ったのは一ニ年も前の話だけどね。道はあまり変わってないと聞いているよ」
その言葉でロビーとモリタは納得した。彼らは、車椅子を使っていない時期のセスを知っているからだ。
「はじまりの丘」へ向けた出発には車椅子の完成を待たなければならなかった。
悪路に強い特殊な車椅子、ということで製作には一ヶ月ほどかかるようだ。
セスが新しい車椅子に慣れる期間を考えると、出発は一一月になる。
「私は行くことができないけど、いい知らせを待っているわね」
レイカがセスに申し訳なさそうな顔を見せた。彼女は当分の間就職活動をせずに、腕の治療に専念するとのことである。一度充電期間を設けたいらしい。
セスはレイカの言葉に礼を述べると、戻ってきたらまたみんなで食事にでも行きましょう、とレイカに告げたのだった。
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