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第四章
173:甲斐性なしの社長
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セスがメイの正体について考えているとき、この場で考えを巡らせていたのは彼一人ではなかった。
一方、オイゲンも考えを巡らせているのだ。しかし、言葉には出さない。
オイゲンとしてはメイに他の人とも最低限の会話ができるようになって欲しいと考えている。
ここで問題になるのがメイの瞳の色である。
オイゲンはメイから直接聞いて知っていたのだが、メイは黒地にエメラルドグリーンを被せた瞳の色のおかげで、小さい頃から避けられていた。
このことがトラウマになっていて、他人に瞳を見られるのが怖いらしい。
オイゲンはメイの瞳の色など気にならないのだが、他の者でメイの瞳の色を気味悪がる者はいるかもしれないな、と感じている。
彼女の瞳の色は、かつて流行った伝染病に罹患している者に見られる色だからだ。
よく見れば彼女のそれは、病気のものとは違って、透きとおった色をしていることがわかる。
ただ、初対面の者が相手の瞳の色をまじまじと見つめることをするとも思えないので、伝染病を疑われる可能性はあるだろう。
色付きのコンタクトレンズを入れることを提案したこともあるのだが、コンタクトを目に入れるのが怖いと言われて拒否されてしまった。
自分の瞳を蝕まれるような恐怖があるらしい。
「……社長さんさぁ、どっちかというと社長やるよりカウンセラーとかのほうが向いているんじゃないか?」
ロビーの質問には遠慮がなかった。
オイゲンは我に返って質問に答える。
「……そうですね、社長には向いてないと思います。ハドリ社長が当面ECN社を見ていろというので社長をしていますけど、やめろと言われたら明日にでもやめようかと思っているのですけどね……」
オイゲンの意外な答えに、ロビーが呆気に取られた。
「……で、そうしたら社長はどうするのですか?」
セスの質問にオイゲンは冗談っぽく笑いながら答える。
「山を越えて、島の東側でも探検しましょうか。東側には楽園があるかもしれないですよ」
オイゲンの返答にセスもロビーも呆気に取られた。
オイゲンの答えは突拍子もなく、裏に何かあるのではないかとセスには感じられたのだ。
この人は何か壮大な計画を企てているのではないか? とすら考えられたのである。
「……OP社について、現在のやり方はどう思われますか?」
セスの質問に驚いたのはロビーのほうだ。いくら何でも大胆すぎる。
しかし、オイゲンは少し考えてから律儀に答える。
「僕の考えとは必ずしも一致しない部分はありますが、ハドリ社長の見識は評価できるものだと思っています」
優等生的な答えだな、多分裏に何かを隠している、とセスは感じた。
その感情が、次の質問となってセスの口から発生られる。
「社長の考え方とハドリ社長の考えが一致していない部分があるのなら、それはどのような点ですか?」
「僕はハドリ社長のように、優れた見識も指導力もありません。だから、自分の力を見せて部下を引っ張る、という考えにはなれないのです。能力の問題もあります」
「おい!」
さすがにロビーが見かねてセスを止めようとした。
しかし、それは意外にもオイゲンによって止められた。
ロビーは「社長さん、いいのか?」とオイゲンに詰め寄った。あくまでも社長は社長であり、セスの態度は上司に対して失礼なものであると感じていたのだ。
「ならば、社長を務めることに無理があるのでは? 社長としての能力が足りないのならなおさらです」
セスの厳しい言葉にロビーが驚いた。オイゲンは頭を掻きながら苦笑している。
「そうなのですよ。ハドリ社長の許可があれば、僕はいつでも社長を辞めたいのです。指示に逆らうだけの甲斐性もないので、社長をしています。そういう意味では、従業員の皆さんが犠牲になっているのです。社長失格なのです!」
オイゲンの言葉が強くなったので、今度はセスが驚いた。
(この人、本当に社長をやりたくないのか……)
セスが無言だったので、オイゲンが言葉を続けた。
自分にはハドリやウォーリーのようにいろいろな考えを取捨選択して、最善と思える考えを信じて突き進むことができない。
どの考えが正しくて、どの考えが誤っているかも判断できない。いろいろな考えがあれば、すべて一定の理があるように思えてしまう。
一つの考えを信じこめなかった結果、自分のところを去った優秀な部下が幾人もいる。
そういう自分が、ある一つの考えを最善として突き進む者のように何かを成すのは難しい。
複数の考えを正しいとするならば、その分、一つの考えに投じられる思いの強さは減っていくのだ。
思いの強さだけが成し得ることを決めるのであるならば、自分にできることはほとんどないだろう。
ただし、複数の考えを正しいと思えるのなら、それらを調整して共存するための仲介をする方法もあるかもしれない。
しかし、今のような閉塞感に覆われた時代には、閉塞感を打ち破るための絶対的な方向性があるほうが良いように思われる。
力を向ける方向が分散してしまえば、それだけ投じられる力が減少してしまうのだ。
また、人の信じている思いの大きさが大きければ、他の思いを理解してもらうのに必要な思いの大きさもそれだけ大きくなる。
自分は甲斐性無しだから、もともと持っている思いの大きさそのものが大きいとはいえない。
大したことができない自分が大企業のトップに立つこと自体罪深いものがある。
更に、このことに気付いている自分がしたり顔で自分のことを論評するなど、偽善者のやることである。
要するにECN社は単なる偽善者が社長をやっているのだ。それも小物の偽善者が。
ここまで言い切って、オイゲンは紅茶を口にした。その表情は普段とあまり変わりない。
「……恐らく僕の表情は、いつもと同じだと思います。どうも僕は感情の起伏というものに欠けるようで、人間っぽくないとよく言われるのですよ」
オイゲンがそう言って苦笑した。
一方、オイゲンも考えを巡らせているのだ。しかし、言葉には出さない。
オイゲンとしてはメイに他の人とも最低限の会話ができるようになって欲しいと考えている。
ここで問題になるのがメイの瞳の色である。
オイゲンはメイから直接聞いて知っていたのだが、メイは黒地にエメラルドグリーンを被せた瞳の色のおかげで、小さい頃から避けられていた。
このことがトラウマになっていて、他人に瞳を見られるのが怖いらしい。
オイゲンはメイの瞳の色など気にならないのだが、他の者でメイの瞳の色を気味悪がる者はいるかもしれないな、と感じている。
彼女の瞳の色は、かつて流行った伝染病に罹患している者に見られる色だからだ。
よく見れば彼女のそれは、病気のものとは違って、透きとおった色をしていることがわかる。
ただ、初対面の者が相手の瞳の色をまじまじと見つめることをするとも思えないので、伝染病を疑われる可能性はあるだろう。
色付きのコンタクトレンズを入れることを提案したこともあるのだが、コンタクトを目に入れるのが怖いと言われて拒否されてしまった。
自分の瞳を蝕まれるような恐怖があるらしい。
「……社長さんさぁ、どっちかというと社長やるよりカウンセラーとかのほうが向いているんじゃないか?」
ロビーの質問には遠慮がなかった。
オイゲンは我に返って質問に答える。
「……そうですね、社長には向いてないと思います。ハドリ社長が当面ECN社を見ていろというので社長をしていますけど、やめろと言われたら明日にでもやめようかと思っているのですけどね……」
オイゲンの意外な答えに、ロビーが呆気に取られた。
「……で、そうしたら社長はどうするのですか?」
セスの質問にオイゲンは冗談っぽく笑いながら答える。
「山を越えて、島の東側でも探検しましょうか。東側には楽園があるかもしれないですよ」
オイゲンの返答にセスもロビーも呆気に取られた。
オイゲンの答えは突拍子もなく、裏に何かあるのではないかとセスには感じられたのだ。
この人は何か壮大な計画を企てているのではないか? とすら考えられたのである。
「……OP社について、現在のやり方はどう思われますか?」
セスの質問に驚いたのはロビーのほうだ。いくら何でも大胆すぎる。
しかし、オイゲンは少し考えてから律儀に答える。
「僕の考えとは必ずしも一致しない部分はありますが、ハドリ社長の見識は評価できるものだと思っています」
優等生的な答えだな、多分裏に何かを隠している、とセスは感じた。
その感情が、次の質問となってセスの口から発生られる。
「社長の考え方とハドリ社長の考えが一致していない部分があるのなら、それはどのような点ですか?」
「僕はハドリ社長のように、優れた見識も指導力もありません。だから、自分の力を見せて部下を引っ張る、という考えにはなれないのです。能力の問題もあります」
「おい!」
さすがにロビーが見かねてセスを止めようとした。
しかし、それは意外にもオイゲンによって止められた。
ロビーは「社長さん、いいのか?」とオイゲンに詰め寄った。あくまでも社長は社長であり、セスの態度は上司に対して失礼なものであると感じていたのだ。
「ならば、社長を務めることに無理があるのでは? 社長としての能力が足りないのならなおさらです」
セスの厳しい言葉にロビーが驚いた。オイゲンは頭を掻きながら苦笑している。
「そうなのですよ。ハドリ社長の許可があれば、僕はいつでも社長を辞めたいのです。指示に逆らうだけの甲斐性もないので、社長をしています。そういう意味では、従業員の皆さんが犠牲になっているのです。社長失格なのです!」
オイゲンの言葉が強くなったので、今度はセスが驚いた。
(この人、本当に社長をやりたくないのか……)
セスが無言だったので、オイゲンが言葉を続けた。
自分にはハドリやウォーリーのようにいろいろな考えを取捨選択して、最善と思える考えを信じて突き進むことができない。
どの考えが正しくて、どの考えが誤っているかも判断できない。いろいろな考えがあれば、すべて一定の理があるように思えてしまう。
一つの考えを信じこめなかった結果、自分のところを去った優秀な部下が幾人もいる。
そういう自分が、ある一つの考えを最善として突き進む者のように何かを成すのは難しい。
複数の考えを正しいとするならば、その分、一つの考えに投じられる思いの強さは減っていくのだ。
思いの強さだけが成し得ることを決めるのであるならば、自分にできることはほとんどないだろう。
ただし、複数の考えを正しいと思えるのなら、それらを調整して共存するための仲介をする方法もあるかもしれない。
しかし、今のような閉塞感に覆われた時代には、閉塞感を打ち破るための絶対的な方向性があるほうが良いように思われる。
力を向ける方向が分散してしまえば、それだけ投じられる力が減少してしまうのだ。
また、人の信じている思いの大きさが大きければ、他の思いを理解してもらうのに必要な思いの大きさもそれだけ大きくなる。
自分は甲斐性無しだから、もともと持っている思いの大きさそのものが大きいとはいえない。
大したことができない自分が大企業のトップに立つこと自体罪深いものがある。
更に、このことに気付いている自分がしたり顔で自分のことを論評するなど、偽善者のやることである。
要するにECN社は単なる偽善者が社長をやっているのだ。それも小物の偽善者が。
ここまで言い切って、オイゲンは紅茶を口にした。その表情は普段とあまり変わりない。
「……恐らく僕の表情は、いつもと同じだと思います。どうも僕は感情の起伏というものに欠けるようで、人間っぽくないとよく言われるのですよ」
オイゲンがそう言って苦笑した。
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