ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第四章

172:社長秘書の正体は?

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 セスがメイの正体について想像を巡らせている。

 最初に思いついたのは次のようなことであった。
 実は秘書ではなくて愛人なのだが、セス達に存在を気付かれてしまったので、面白おかしい話をして隠そうとしている。
 この想像には少し無理があるようだ。
 社長室に不自然に置かれたパーティションでセス達から秘書の存在を隠せると思うのなら、よっぽど低能な社長ということになる。
 さすがにオイゲンがそこまで低能な者だとは思えない。おまけに職場以外で二人が一緒にいるのをセスは見たことがない。

 次に考えたのは実はメイがOP社のスパイであり、社長を篭絡しようとしているということだった。
 現にECN社はOP社の傘下に入っているから、可能性はあるか?
 しかし、これにも無理がある。
 メイの行動はオイゲンを篭絡しようとするのには不自然すぎる。
 あんな不自然な行動を取ったら、外見がいくら良くても男性側が引いてしまうだろう。

 オイゲンが特別な意図をもって工作員としてメイを育成している。
 実はセス達も工作員として育成されている。
 訓練を終えたらOP社などへ潜入して破壊工作を実施させられるのだ。
 これは可能性が高そうだ、とセスは思った。

 よく考えてみれば「タブーなきエンジニア集団」も元ECN社の社員の集まりである。
 彼らはOP社の活動に対して異を唱える市民活動を展開している。
 先日も彼らの名を語った偽物達が、OP社と衝突しているではないか。
 更に職業学校にもECN社の元社員が教官として赴任している。
 つい先日その学科は廃止されてしまったが、これは工作活動がバレそうになったので彼らを撤退させたのではないか。

 自分やロビー、モリタも同じようにECN社の工作員としてどこかに送り込まれるかもしれない。
 下手をすれば、先日起きた事件のようにOP社によって処刑されるかも……

 海洋調査行きとかも嫌だな……
 船酔いはものすごく辛いという話を聞いたことがある。
 おまけに海の流れは厳しくて、船はジェットコースターなんて問題にならないほど激しく揺り動かされるのだっけ……

 セスの想像は頭の中を巡るだけではなく、ついに言葉となって、口に出てきた。
「社長、愛人の一人や二人は企業のトップとしての甲斐性です! 秘密にしなくても僕達は社長を応援しますよ!」
 セスの言葉にオイゲンは怪訝な表情をしながらも、律儀に答える。

「……そのときは応援をお願いします。ただ、僕は甲斐性なしって言われるのですよ。愛人の一人や二人でもいればいいのですが……」
 セスの質問は更に続く。それに対してオイゲンもいちいち律儀に答えていく。
「あの秘書さんの身元はしっかり調査した方がいいです。世の中何があるかわかりません。特に最近入ったのならなおさらです。囲いをして社長室から出さないという判断は悪くないと思いますが」
「……? 彼女は入社五年目だよ?」
「OP社の回し者かも」
「新卒でうちの会社に来ているのだけど?」
「あの、何か目的があって僕らに情報を与えてくださっているのなら、その目的を話していただけませんか? 僕らは覚悟はできてます」
「はい?」
 セス以上にオイゲンは困惑していた。彼は一体何を考えているのだろう?

 見かねたロビーが割って入る。
「……社長さん、セスは普段落ち着いていていい奴なのですが、時々こうやって深読みというか妄想が顔を出すのですよ。すみませんね」
 しかし、オイゲンは首をかしげて何かを考えている様子だ。
「社長さん、どうかしたか?」
「……わかりました。僕の思うところを話してみましょう。ここなら大丈夫でしょう」
 オイゲンは何かを決意したかのように拳を握り締めた。

「……笑い話として聞いてください」
 そう前置きしてから、オイゲンは語り始めた。

 まず、秘書であるメイ・カワナとセスやロビーを接触させようと考えていることを伝えた。
 メイは極度の対人恐怖症でオイゲン以外とは会話すらできない。
 店で何かを買うときに注文を伝える程度のことはできるようなのだが、そのときですら、相手の顔を見て話すことはできない様子だ。また、一人で外食はできない。

 情報収集などの面でかなり優れた能力を持っているのにも関わらず、他人とコミュニケーションを取れないのでは、仕事上では宝の持ち腐れである。
 社員はメイがあまりに挙動不審なので気味悪がって接触しようとしない。
 そこで、あまりメイに先入観が無いセス達にメイと接触してもらって、対人恐怖症を治療したいと考えている。

「君達はカワナさんの挙動を面白いと言ってくれたから、まだ受け入れられるんじゃないかと思ってね。気味悪がられたらあきらめようと思ったのだけど」
 オイゲンはそう話を締めくくった。

「……別にそのくらいなら俺は構わないぜ。別にとって喰われるとかじゃあるまいし」
 ロビーの言葉にオイゲンは思わず「ウォーリーみたいなことを言うなぁ」とつぶやいてしまった。セスがそれに気付き、「ウォーリーって誰?」と尋ねる。

「ああ、うちの元従業員です。今は『タブーなきエンジニア集団』のトップをやっていますよ」
 オイゲンが淡々と答えた。
 セスはオイゲンの言葉に落ち着きを取り戻していた。
 (何だ、秘書の対人恐怖症の治療か。僕達をあてにするよりも、専門家のいる病院に行けばいいのに……)
 セスはそう思ったが口には出さなかった。

 (それにしても、社長さんが考えることって、このレベルなのかな? 会社のこととかもうちょっと考えた方がいいような気もするけど……)
 セスはパフェをほおばりながらそう考えていた。先ほどまでの己の妄想は完全に棚に上げてしまっている。
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