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第四章
169:セス、ロビー、モリタのECN社での業務
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トニーが職業学校を退職した直後、レイカ・メルツも職業学校に対して辞表を提出した。彼女もOP社の傘下に入った職業学校で教官を務める気にならなかったのである。
彼女は辞職に対して角が立たないよう、医師の診断書を準備していた。
偶然ECN社社長のオイゲン・イナと知り合ったことで、彼を通じてメディットに手を回し、業務を継続することは困難という診断書を準備することができた。
学校側はトニー・シヴァに続く人気教官の辞職に難色を示したが、結局はメディットの医師の診断書を重んじるしかなかった。
レイカの辞職の最大の理由はOP社のトップがハドリであること、であった。
彼女は食品商社のマーケター時代に、OP社向けの商品説明会の席で一度だけハドリと顔を合わせたことがあった。
小柄ながら一分の隙もない鋭い眼光に恐怖を覚えたことは、今でも昨日のことのように思い出せる。
このときは敢えてハドリを指名して質問させることで、聴衆であるOP社の従業員の度肝を抜いたのだが、今後も同じような対応ができるとは思えない。
また、レイカが見る限り、ハドリが彼女を見る眼は尋常ではなかった。その視線に嫌悪感を覚えたのである。
職業学校を辞職後、レイカは定期的にメディットに通院することとなった。
緊急に治療を要する状態ではないのだが、左腕の神経系に異常があり、これを治療することになったのだ。診断書に記載した症状もこれであった。
彼女は左利きであったから、授業やその他の業務に支障が出るという診断をしてもらったのである。
※※
「では、僕は病院に行くので、これから外出します」
タカシ・モリタが立ち上がった。ここはECN社本社四階にある社長室である。
社長室には、モリタの他にECN社長のオイゲン・イナ、アルバイトのセス・クルスとロビー・タカミの姿がある。
このうちセスは本来メディットに入院している身であるが、退院前の最終確認としてこの二週間は週に二、三度病室からECN社本社に出勤している。
「気をつけて行ってきてください。今日はクルス君の検査結果が出る日でしたね。私もクルス君たちを連れて後で行きますので、モリタ君はそのままメディットで待っていてください」
オイゲンが外出を許可すると、モリタは喜び勇んで部屋を出て行った。
「……社長さんさぁ、モリタに好き放題やらせるとあいつはどこまでも甘えますよ。厳しく言っておかないと」
ロビーが顔をしかめながらオイゲンに釘を刺した。
ロビーはモリタとの付き合いが長いため、その性質はよく知っている。
「でも、他人の恋路を邪魔するのは私の趣味ではないのですよ」
「……社長、面白がっていますね」
セスがくすくす笑っている。
「そうですね。クルス君の言う通りかもしれません。個人的にはうまくいって欲しいと思っていますが」
オイゲンは約束どおりセス、ロビー、モリタの三人をアルバイトとして雇い入れ、社内の倉庫から出てきた情報端末の調査作業に従事させた。
彼らがECN社で仕事をするようになってから、既に三ヶ月以上が経過している。
端末にはエクザロームの歴史に関する情報も数多く登録されていた。
直接セスに結びつくものは見つかっていないものの、情報源としては有望であるように思われた。これらの情報は主にセスと社長秘書のメイの知識欲を満足させたようだ。
しかし、端末のうち二台だけは強力な暗号がかけられており、中の情報を判読することができなかった。暗号を解除するためにはキーが必要である。
端末に情報を登録したのは、主にオイゲンの父カズト・イナだったようだ。暗号を解除するキーはカズトなら知っているはずだ。
しかし、カズト・イナはこの世にない。一人息子であるオイゲンも暗号を解除するキーに心当たりはないという。
このため、最近の作業はこのキーを捜すことが中心となっている。
暗号の解読も試みているが、結果は芳しくないようだ。
部屋の外からチャイムが聞こえてきた。昼休みに入ったのだ。
「お昼休みになってしまいましたね。何か買いに行きますか」
オイゲンがセスとロビーを誘った。
最近、オイゲンたちは外へ買い出しに行って社長室で食事をとることが多い。
社内の社員食堂やカフェテラス、近くの飲食店ではオイゲンが目についてしまって落ち着けないからだ。
「クルス君、タカミ君、どこへ買いに行きますか?」
「ロビー、どうしようか?」
「そうだな……今日は、例のサンドイッチ屋、って気分ですねー」
「じゃあ、そうしよう」
いつも昼食の選択は、オイゲンが切り出してセスがロビーの顔色をうかがうという状況が続いている。
最初ロビーは昼食のメニューも決められない人が社長をやっていて大丈夫だろうか? などと考えていたのだが、今は慣らされてしまった。
オイゲンが自席の脇へ顔を出して、パーティションの向こうのメイに向かって言う。
対人恐怖症の秘書のために、オイゲン以外からは彼女の姿が見えないようにしているのだ、
「カワナさん、サンドイッチ屋に行きますけど、来られますか?」
「……すみません。皆さんで行っていて……ください」
メイは消え入るような声で答えた。少し話しにくそうだ。
「何か買ってきましょうか?」
「……」
「はい?」
「……」
「……野菜のやつにしましょうか?」
「あ……フルーツのが……いいです、すみません」
「わかりました、フルーツのですね」
「……すみません」
オイゲンとメイの会話を聞いたロビーがセスに向かって小声で言う。
「……いつも思うけどな、あれじゃどっちが社長か秘書かわからないよな」
「……そうだね」
しかし、少なくとも二人はオイゲンに対して悪い印象を持っているわけではなかった。
このやり取りを微笑ましく見守っていたのである。
彼女は辞職に対して角が立たないよう、医師の診断書を準備していた。
偶然ECN社社長のオイゲン・イナと知り合ったことで、彼を通じてメディットに手を回し、業務を継続することは困難という診断書を準備することができた。
学校側はトニー・シヴァに続く人気教官の辞職に難色を示したが、結局はメディットの医師の診断書を重んじるしかなかった。
レイカの辞職の最大の理由はOP社のトップがハドリであること、であった。
彼女は食品商社のマーケター時代に、OP社向けの商品説明会の席で一度だけハドリと顔を合わせたことがあった。
小柄ながら一分の隙もない鋭い眼光に恐怖を覚えたことは、今でも昨日のことのように思い出せる。
このときは敢えてハドリを指名して質問させることで、聴衆であるOP社の従業員の度肝を抜いたのだが、今後も同じような対応ができるとは思えない。
また、レイカが見る限り、ハドリが彼女を見る眼は尋常ではなかった。その視線に嫌悪感を覚えたのである。
職業学校を辞職後、レイカは定期的にメディットに通院することとなった。
緊急に治療を要する状態ではないのだが、左腕の神経系に異常があり、これを治療することになったのだ。診断書に記載した症状もこれであった。
彼女は左利きであったから、授業やその他の業務に支障が出るという診断をしてもらったのである。
※※
「では、僕は病院に行くので、これから外出します」
タカシ・モリタが立ち上がった。ここはECN社本社四階にある社長室である。
社長室には、モリタの他にECN社長のオイゲン・イナ、アルバイトのセス・クルスとロビー・タカミの姿がある。
このうちセスは本来メディットに入院している身であるが、退院前の最終確認としてこの二週間は週に二、三度病室からECN社本社に出勤している。
「気をつけて行ってきてください。今日はクルス君の検査結果が出る日でしたね。私もクルス君たちを連れて後で行きますので、モリタ君はそのままメディットで待っていてください」
オイゲンが外出を許可すると、モリタは喜び勇んで部屋を出て行った。
「……社長さんさぁ、モリタに好き放題やらせるとあいつはどこまでも甘えますよ。厳しく言っておかないと」
ロビーが顔をしかめながらオイゲンに釘を刺した。
ロビーはモリタとの付き合いが長いため、その性質はよく知っている。
「でも、他人の恋路を邪魔するのは私の趣味ではないのですよ」
「……社長、面白がっていますね」
セスがくすくす笑っている。
「そうですね。クルス君の言う通りかもしれません。個人的にはうまくいって欲しいと思っていますが」
オイゲンは約束どおりセス、ロビー、モリタの三人をアルバイトとして雇い入れ、社内の倉庫から出てきた情報端末の調査作業に従事させた。
彼らがECN社で仕事をするようになってから、既に三ヶ月以上が経過している。
端末にはエクザロームの歴史に関する情報も数多く登録されていた。
直接セスに結びつくものは見つかっていないものの、情報源としては有望であるように思われた。これらの情報は主にセスと社長秘書のメイの知識欲を満足させたようだ。
しかし、端末のうち二台だけは強力な暗号がかけられており、中の情報を判読することができなかった。暗号を解除するためにはキーが必要である。
端末に情報を登録したのは、主にオイゲンの父カズト・イナだったようだ。暗号を解除するキーはカズトなら知っているはずだ。
しかし、カズト・イナはこの世にない。一人息子であるオイゲンも暗号を解除するキーに心当たりはないという。
このため、最近の作業はこのキーを捜すことが中心となっている。
暗号の解読も試みているが、結果は芳しくないようだ。
部屋の外からチャイムが聞こえてきた。昼休みに入ったのだ。
「お昼休みになってしまいましたね。何か買いに行きますか」
オイゲンがセスとロビーを誘った。
最近、オイゲンたちは外へ買い出しに行って社長室で食事をとることが多い。
社内の社員食堂やカフェテラス、近くの飲食店ではオイゲンが目についてしまって落ち着けないからだ。
「クルス君、タカミ君、どこへ買いに行きますか?」
「ロビー、どうしようか?」
「そうだな……今日は、例のサンドイッチ屋、って気分ですねー」
「じゃあ、そうしよう」
いつも昼食の選択は、オイゲンが切り出してセスがロビーの顔色をうかがうという状況が続いている。
最初ロビーは昼食のメニューも決められない人が社長をやっていて大丈夫だろうか? などと考えていたのだが、今は慣らされてしまった。
オイゲンが自席の脇へ顔を出して、パーティションの向こうのメイに向かって言う。
対人恐怖症の秘書のために、オイゲン以外からは彼女の姿が見えないようにしているのだ、
「カワナさん、サンドイッチ屋に行きますけど、来られますか?」
「……すみません。皆さんで行っていて……ください」
メイは消え入るような声で答えた。少し話しにくそうだ。
「何か買ってきましょうか?」
「……」
「はい?」
「……」
「……野菜のやつにしましょうか?」
「あ……フルーツのが……いいです、すみません」
「わかりました、フルーツのですね」
「……すみません」
オイゲンとメイの会話を聞いたロビーがセスに向かって小声で言う。
「……いつも思うけどな、あれじゃどっちが社長か秘書かわからないよな」
「……そうだね」
しかし、少なくとも二人はオイゲンに対して悪い印象を持っているわけではなかった。
このやり取りを微笑ましく見守っていたのである。
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