ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
173 / 436
第四章

168:トニー、「リスク管理研究所」を設立する

しおりを挟む
 職業学校を去ってからトニーが最初にしたことは、彼についてきた者とともに「リスク管理研究所」を立ち上げたことだった。退職してから一ヶ月半ほど後のことである。
 教育機関の方が顧客を集めやすかったのだが、それだとはハドリに目をつけられる可能性が高い。
 職業学校の二の舞になるのは避けたかったため、あえてトニーは研究機関とすることを選択したのだ。

 幸いなことにトニーはECN社でも職業学校でも高額の俸給を得ており、金には困っていない。
 また、スポンサーとなる企業も十数社あったから、研究所の立ち上げに資金面の支障はなかった。
 問題は研究所の設立場所である。OP社の目が届きにくい場所が望ましいが、そのような場所は多くないからだ。

 トニーは検討に検討を重ねた結果、ポータル・シティの東部約五キロメートルにあるニジョウを選択した。
 ニジョウはメディットのあるジンの東部と隣接したベッドタウンである。
 このあたりは住宅地で住民の多くはECN社やOP社の従業員である。
 地盤の良い土地が鉄道駅の南に細長く伸びているという形状も手伝ってか、住宅は単身者向けのアパートが多い。広い建物を建てるのには向いていないのだ。

 住宅街の南端はポータル・シティから南部のインデストを結ぶ街道と接しており、鉄道、一般道路とも交通の便は良い。
 単身者が多いことから、隣人同士の接触も少ない。
 昼間人口も少ないことから、OP社も治安改革センターの設置には力を入れておらず、ニジョウの周辺には駅前に一箇所治安改革センターがあるのみである。

 住宅地にいきなり研究機関を作れば怪しまれる恐れがあるが、幸いにしてニジョウには気象関係の研究所が先に乗り込んでいた。二番目の研究機関ならそれほど目をつけられる心配もないだろう。

 だが、トニーはハドリに対して警戒を緩めていなかった。
 トニーは「リスク管理研究所」の名前でこの気象関係の研究所からデータを購入したり、共同研究を行うなど「必要があってニジョウにやってきた」理由付けをしたのだ。
 これならOP社や周辺住民が怪しむ可能性は低くなるだろう。

 トニーは「リスク管理研究所」を開設したその日に、研究所内の大会議室に所員全員を集めた。
 居並ぶ所員たちの前で最初に
「近所に遊ぶ場所がないのは癪だが、ポータルまで行けばいい話だからな。場所としては悪くない。いいか、お前ら。どうしてこの場所を選んだか、理由をよく考えてから行動しろよ!」
 と機嫌良さそうに言った。

 トニーはECN社時代、職業学校時代ともに部下たちを連れて女性のいる店に行くことを好んだから、「近所に遊ぶ場所がないのは癪」だというのは本音だろうと、集められた所員たちは考えていた。
 職業学校のあったチクハ・タウンと比較してニジョウにはその手の店が少ないというより皆無であったが、トニーを含めてそれでもあまり問題はないと考えている。
 サブマリン島最大都市のポータル・シティの繁華街まではニジョウから鉄道で十分程度だからだ。
 また、職業学校時代もトニーが部下を連れてポータル・シティの繁華街に繰り出すことは何度もあった。
 職業学校のあるチクハ・タウンからだとポータル・シティの繁華街までは四、五〇分かかるのだ。それに比べればニジョウの方がはるかに好条件だ。

 トニーは所員たちに当面の業務について説明した後、業務を開始させた。
 「リスク管理研究所」の主な事業は次のふたつだ。
 ひとつめは、市場や技術などの調査・分析を行うシンクタンクとしての事業だ。
 ふたつめは、企業などに向けた社員教育パッケージの提供事業。これは所員たちが最も得意とする分野である。
 しかし、これを前面に出すと教育に興味を持つOP社━━特にハドリ━━の注意を惹き付けることになるので警戒が必要だとトニーは所員に繰り返し説明している。

 トニーはひとつめの事業を前面に押し出しながら、稼ぐのはふたつめの事業、という方式を採用したのだった。

 そして「リスク管理研究所」を隠れ蓑にして「タブーなきエンジニア集団」をハドリにぶつけて、ハドリを打倒するか共倒れを狙う、というのが彼の基本方針だ。
 ただし、これは「リスク管理研究所」の所員に知られないよう最大限注意を払う必要があった。こちらの狙いがハドリやウォーリーに漏れるのは都合が悪い。

(さて、トワのところに肩入れしないと奴らがハドリに対抗できないだろうが、どうしたものか……)
 トニーは所員たちが去った大会議室の中で頭を悩ませていた。

(……いずれにせよトワと接触する必要がありそうだな。奴が今どこに隠れているのかもわからないが、ハドリと戦うように唆すのがいいだろう。いざというときにいつでも切り捨てられるよう、手を打っておく必要があるが……)
 トニーはそう考えて「タブーなきエンジニア集団」との接触の機会を窺うことにしたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...