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第四章
167:トニー、職業学校を去る
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「断るしかないに決まっていますね! 話し合うまでもないです。今まで奴等が一ポイントでも寄付したことがありますか?」
LH五〇年七月のある日、職業学校では緊急運営委員会が開かれていた。
この日の早朝にOP社から学校宛にOP社グループの一員に加われという通達が出された。
学校ではこの通達への対処のため、緊急に運営委員会が開かれた、というわけである。
ハドリはエクザローム唯一の高度教育機関としての職業学校に興味を持っていた。
彼は教育問題にも関心が高い。治安の乱れは教育の責任も重いと考え、ハドリの監視下で教育を実施するように求めたのである。
運営委員長兼リスク管理学科主任のトニー・シヴァは、理事長からこの件について説明がなされた直後に冒頭の台詞を述べて、机を叩いた。
もちろん、彼にも言い分はある。
トニーの言う通り、職業学校はびた一文すらOP社からの寄付を受けていない。
OP社に就職した人材は多いが、学校としては「採用してもらった」のではなく「高度な人材を提供した」というスタンスである。感謝される筋合いはあっても相手から何かを強要される筋合いなど一ミクロンたりともない。
もともと職業学校は人材不足に悩む企業が共同で高度な職業人を育成する機関として設立した施設なのだ。
エクザロームは未だ発展途上の地であり、全人口約一ニ〇万のうち、約半数弱が六六歳以上の高齢者で占められている。
一方で、高齢者のすぐ下の五〇~六五歳の世代は高齢者の五分の一以下といういびつな人口構成である。
このため、労働力が極端に不足している状態で人材を「使える」状態にして企業へ送り込む職業学校の意義は大きい。
だからこそ、企業の寄付を集めて学校の運営ができるのである。それを無視して一ポイントも寄付をしていないOP社の傘下に入るなどとんでもない話である。
しかし、理事長にも言い分がある。
一部に例外があるものの、OP社に歯向かった者は徹底的に断罪される。
OP社に逆らって無事だった者など一人もいない。
現にECN社ですら、無抵抗でOP社の傘下に入ったではないか、という主張である。
そして、トニーはECN社経営企画室の元幹部なのである。
「とにかく、お話になりませんね! OP社の傘下に入ると言うのなら、リスク管理学科は解散させてもらいます。当然我々も学校を辞めますので!」
トニーは強い口調で理事長の説得をつっぱなた。一歩も引く気は無いようだ。
理事長としては人気教官のトニーを失っては企業の寄付や学生を集めるのに困るから、何とかトニーに思いとどまるよう説得を試みた。
しかし、こちらもOP社の傘下に入る、という点では一歩も引く気が無い。
「……交渉決裂ですね。お世話になりました。では、リスク管理学科はこれにて解散させてもらいますので!」
トニーの決断は迅速だった。
理事長がなおも止めようとしたが、トニーは無視して会議室を出て行く。
そして、その足で自分の控え室に戻り、緊急会議と称して教官、教官付スタッフ、職員を集めた。
「学校がOP社の傘下に入ることを決めた。一ポイントも寄付をもらっていない企業に付き従うなど常軌を逸している。我々はこれ以上学校にとどまることができなくなったので、リスク管理学科を解散することになった。俺はどこかで今の教育を続ける機関を立ち上げるつもりだ。ここの皆は、自分で処遇を考えてくれ」
トニーは憤慨した様子でそうまくし立てると、学校を去る準備を始めた。
学校のデータベースから、リスク管理学科に関するデータをすべて抜き出し、学校には一切の情報が残らないようにしている。
これは予めトニーが準備していたことなので、手間はそれほどかからない。
紙の書類はすべて持ち出すか、溶解処分する。
トニーは「リスク管理学科が職業学校にあった痕跡」をすべて消すための動きをしていた。
その理由の一つは、自分が持つノウハウを勝手に再利用されないようにするためである。契約の際にその手の条項は盛り込んでいた。
しかし、学校を去った後その条項が守られるかは疑問であるし、もし破られたとしてもすべてをチェックするのは困難である。
だから、トニーは学校にいたことの痕跡をすべて消すことでこれらのノウハウの再利用を防止したのである。
もう一つはハドリに警戒されないためである。
トニーはハドリの恐ろしさをよく知っている。
トニーといえどもハドリのような人物を御するのは難しい。
しかも、ハドリがトニーの下風に立つことがない人物だということはトニーもよく理解している。
最悪なのはハドリとの直接対決だ。これだけは絶対に回避したい。
戦って得る物が無い相手である。勝つには相当な労力を要するし、勝算も皆無に近い。保有している戦力が違いすぎるのだ。
トニーはかなりのリアリストであったから、事態を比較的冷静に見ている。
OP社による治安改革活動は表面上、市民の支持を得ているように見える。
しかし、小規模な反乱や暴動は何度も発生している。
つい二ヶ月前の五月にも元従業員による反乱が生じたばかりだ。
反乱者の処刑を公開してOP社の威信を示したとはいえ、これは更なる反乱の種を蒔いたともいえる。
OP社というよりハドリの威信が保たれている間はよいが、ハドリの身に何かあれば現在の体制など簡単にひっくり返るだろう。
ハドリとて人間だ、いつかは倒れる日がくるだろうし、彼の打倒を画策している者はかなり多くいるはずだ。それだけの火種は市民の間にあると考えられる。
その火種の最大のものが「タブーなきエンジニア集団」である。
今や本拠地を欠き、トップのウォーリー・トワの行方は知れない。
トニーの調査でも判明はしていないが、現在ウォーリーに付き従っている人数は三〇〇人程度にまで減少している。
しかしトニーは市民の間に「タブーなきエンジニア集団」の支持者が相当数いると推測している。職業学校での教育のための調査と称して、彼らのことはかなり調べ上げているのだ。
また市民の協力が無ければ、まとまって行動していないとはいえ、これだけの大人数がOP社治安改革センターの監視の目を逃れて行動できるとは考えられない。このことからもトニーは自身の推測がそれなりの正確性を持っていると判断している。
しかし、「タブーなきエンジニア集団」もハドリを打倒するには戦力が少なすぎる。トニーの調査では、もっとも所属者が多かった時点で三千人程度だったからだ。
今はOP社治安改革センターに拘束されたり、監視されている者もいるから、実際に動けるのは半数以下、といった水準だと思われる。
「ならば、ハドリが倒れるまで裏からトワに肩入れするか……」
トニーはそうつぶやいて職業学校を去った。学校に未練はなかった。
LH五〇年七月のある日、職業学校では緊急運営委員会が開かれていた。
この日の早朝にOP社から学校宛にOP社グループの一員に加われという通達が出された。
学校ではこの通達への対処のため、緊急に運営委員会が開かれた、というわけである。
ハドリはエクザローム唯一の高度教育機関としての職業学校に興味を持っていた。
彼は教育問題にも関心が高い。治安の乱れは教育の責任も重いと考え、ハドリの監視下で教育を実施するように求めたのである。
運営委員長兼リスク管理学科主任のトニー・シヴァは、理事長からこの件について説明がなされた直後に冒頭の台詞を述べて、机を叩いた。
もちろん、彼にも言い分はある。
トニーの言う通り、職業学校はびた一文すらOP社からの寄付を受けていない。
OP社に就職した人材は多いが、学校としては「採用してもらった」のではなく「高度な人材を提供した」というスタンスである。感謝される筋合いはあっても相手から何かを強要される筋合いなど一ミクロンたりともない。
もともと職業学校は人材不足に悩む企業が共同で高度な職業人を育成する機関として設立した施設なのだ。
エクザロームは未だ発展途上の地であり、全人口約一ニ〇万のうち、約半数弱が六六歳以上の高齢者で占められている。
一方で、高齢者のすぐ下の五〇~六五歳の世代は高齢者の五分の一以下といういびつな人口構成である。
このため、労働力が極端に不足している状態で人材を「使える」状態にして企業へ送り込む職業学校の意義は大きい。
だからこそ、企業の寄付を集めて学校の運営ができるのである。それを無視して一ポイントも寄付をしていないOP社の傘下に入るなどとんでもない話である。
しかし、理事長にも言い分がある。
一部に例外があるものの、OP社に歯向かった者は徹底的に断罪される。
OP社に逆らって無事だった者など一人もいない。
現にECN社ですら、無抵抗でOP社の傘下に入ったではないか、という主張である。
そして、トニーはECN社経営企画室の元幹部なのである。
「とにかく、お話になりませんね! OP社の傘下に入ると言うのなら、リスク管理学科は解散させてもらいます。当然我々も学校を辞めますので!」
トニーは強い口調で理事長の説得をつっぱなた。一歩も引く気は無いようだ。
理事長としては人気教官のトニーを失っては企業の寄付や学生を集めるのに困るから、何とかトニーに思いとどまるよう説得を試みた。
しかし、こちらもOP社の傘下に入る、という点では一歩も引く気が無い。
「……交渉決裂ですね。お世話になりました。では、リスク管理学科はこれにて解散させてもらいますので!」
トニーの決断は迅速だった。
理事長がなおも止めようとしたが、トニーは無視して会議室を出て行く。
そして、その足で自分の控え室に戻り、緊急会議と称して教官、教官付スタッフ、職員を集めた。
「学校がOP社の傘下に入ることを決めた。一ポイントも寄付をもらっていない企業に付き従うなど常軌を逸している。我々はこれ以上学校にとどまることができなくなったので、リスク管理学科を解散することになった。俺はどこかで今の教育を続ける機関を立ち上げるつもりだ。ここの皆は、自分で処遇を考えてくれ」
トニーは憤慨した様子でそうまくし立てると、学校を去る準備を始めた。
学校のデータベースから、リスク管理学科に関するデータをすべて抜き出し、学校には一切の情報が残らないようにしている。
これは予めトニーが準備していたことなので、手間はそれほどかからない。
紙の書類はすべて持ち出すか、溶解処分する。
トニーは「リスク管理学科が職業学校にあった痕跡」をすべて消すための動きをしていた。
その理由の一つは、自分が持つノウハウを勝手に再利用されないようにするためである。契約の際にその手の条項は盛り込んでいた。
しかし、学校を去った後その条項が守られるかは疑問であるし、もし破られたとしてもすべてをチェックするのは困難である。
だから、トニーは学校にいたことの痕跡をすべて消すことでこれらのノウハウの再利用を防止したのである。
もう一つはハドリに警戒されないためである。
トニーはハドリの恐ろしさをよく知っている。
トニーといえどもハドリのような人物を御するのは難しい。
しかも、ハドリがトニーの下風に立つことがない人物だということはトニーもよく理解している。
最悪なのはハドリとの直接対決だ。これだけは絶対に回避したい。
戦って得る物が無い相手である。勝つには相当な労力を要するし、勝算も皆無に近い。保有している戦力が違いすぎるのだ。
トニーはかなりのリアリストであったから、事態を比較的冷静に見ている。
OP社による治安改革活動は表面上、市民の支持を得ているように見える。
しかし、小規模な反乱や暴動は何度も発生している。
つい二ヶ月前の五月にも元従業員による反乱が生じたばかりだ。
反乱者の処刑を公開してOP社の威信を示したとはいえ、これは更なる反乱の種を蒔いたともいえる。
OP社というよりハドリの威信が保たれている間はよいが、ハドリの身に何かあれば現在の体制など簡単にひっくり返るだろう。
ハドリとて人間だ、いつかは倒れる日がくるだろうし、彼の打倒を画策している者はかなり多くいるはずだ。それだけの火種は市民の間にあると考えられる。
その火種の最大のものが「タブーなきエンジニア集団」である。
今や本拠地を欠き、トップのウォーリー・トワの行方は知れない。
トニーの調査でも判明はしていないが、現在ウォーリーに付き従っている人数は三〇〇人程度にまで減少している。
しかしトニーは市民の間に「タブーなきエンジニア集団」の支持者が相当数いると推測している。職業学校での教育のための調査と称して、彼らのことはかなり調べ上げているのだ。
また市民の協力が無ければ、まとまって行動していないとはいえ、これだけの大人数がOP社治安改革センターの監視の目を逃れて行動できるとは考えられない。このことからもトニーは自身の推測がそれなりの正確性を持っていると判断している。
しかし、「タブーなきエンジニア集団」もハドリを打倒するには戦力が少なすぎる。トニーの調査では、もっとも所属者が多かった時点で三千人程度だったからだ。
今はOP社治安改革センターに拘束されたり、監視されている者もいるから、実際に動けるのは半数以下、といった水準だと思われる。
「ならば、ハドリが倒れるまで裏からトワに肩入れするか……」
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