ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第四章

159:ハドリ、罠にかかる

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 ハドリは総務部長を引き下がらせると、総務部のオフィスに居座ったままパトロール・チームからの報告に目を通しはじめた。
「タブーなきエンジニア集団」の残党に関する情報である。
 ハドリは最近になって「タブーなきエンジニア集団」に関する情報の入り方に地域差が出ていることに気付いた。
 だが、情報が多く入る地域に限って殆ど有力な情報がない。
 敵の戦力が回復していないか弱まっているのなら望ましいことだが、OP社の影響力の弱いところで戦力を拡充している可能性がある。

 報告の後半に数十名の「タブーなきエンジニア集団」の残党がハモネスの南部に潜伏しているらしいという情報があった。
 ハドリは早速、周辺の治安改革センターの職員たちを向かわせた。
 現場は農作物を貯蔵する倉庫であった。
 治安改革センターの職員たちはすぐに現場に突入し、中にいた数十名を拘束した。
 ハドリは拘束した者を調べるように命じた。
 これらはすべて報告に目を通し始めてからわずか数十分での出来事である。

 現場で拘束した者の取り調べを開始したという報告の直後、ハドリは席を立ち、ECN社に連絡を入れる。
 ハモネスはECN社の本拠地である。
 そのため、通信でECN社に詰めている部下に社内で不穏な動きが無いか調査を命じた。
 それだけではなく、次に目の前の部下に命じてECN社社長のオイゲン・イナに通信をつながせる。

「……どういったご用件でしょうか?」
 端末のスピーカーを通じて聞こえてくるオイゲンの声は少し硬い。
「貴社の会議室を一つ空けておけ。治安改革センターの者が使う。本社の建物にあるところだ」
 ハドリは自分の子分に行うかのようにオイゲンに命じた。
「わかりました。手配しておきます」
 ハドリから見れば、今やオイゲンは部下の一人のようなものである。

 約一年監視下でオイゲンの人となりを観察したが、決して優秀ではない。
 ただ、言われたことをその通り実施するという場合において、ハドリ自身の部下よりも優れている面はあった。

 お坊ちゃん育ちのせいなのか、もともとの性格なのか、逆らう意思や能力がないであろうとハドリは判断していた。
 裏がないかと調査をしたが、そのようなところは見受けられない。
 裏のない人物ならば、むしろ扱いやすいといえる。
 使えるところは使うのがハドリである。

 また、ハドリがオイゲンを使うことそのものに意味がある。
 自分が動けば、それだけ自分の労力を消費するが、他人を動かせばそれだけ他人の労力を使うことになる。
 やり方に気をつけなければならないが、相手が必要以上に力を溜め込まないようにするためにも、使える相手は使うのが得策なのだ。

 ハドリは捕えた「タブーなきエンジニア集団」の残党らしき者をECN社の施設に移動させて取り調べようとした。
 拘束した相手が「タブーなきエンジニア集団」の者であれば、ECN社出身の者である可能性が高いからだ。
 もちろん、取調べや処罰の様子をECN社に見せることで、見せしめにするためである。
 「タブーなきエンジニア集団」に流れた者の末路を徹底的にECN社の関係者に教え込むのだ。そうすることでハドリに対する反逆の意思を萎えさせる。

「社長よりの指示です。ECN社本社に取り調べのための場所を確保しました。センター職員は直ちに拘束した者を連れて移動してください」
 ハドリは総務の社員を通じて治安改革センターの職員に拘束した者をECN社本社へ連行させるよう命じた。

 命令から数分後、現場からECN社より派遣されたOP社の社員三名が合流したという報告があった。

「何だそれは?! 立場を弁えろ! 俺はそんな指示は出していないぞ! 誰の指示か確認しろ!」
 ハドリが声を荒げた。拘束した者をECN社本社に移動させろとは命じたが、ECN社に詰めている自社の社員を現場に寄越せなどという命令は出していないからだ。

 続けて現場から到着した社員の一人が、拘束した者の一部がOP社の元従業員であると証言したという報告があった。

「貴様ら、罠だ! ECN社から来たとかいう奴らを拘束しろ!」
 ハドリが任せておれんと言わんばかりに、マイクに向けて怒鳴った。

 その直後である。スピーカーから悲鳴が聞こえてきた。
 聞こえてくる言葉から外から火の手が上がったらしいことがわかる。
 更にハドリにとって悪いことに、現場にいた大部分の者が火に気を取られた隙に、治安改革センターの職員の一人が拘束した者の戒めを解いてしまったという報告があった。

 通信機のスピーカー介してハドリに聞こえるのは「何をする!」「裏切り者!」という怒鳴り声だけである。

「どいつもこいつも遅い!」
 ハドリはすぐに異常を察知し、ECN社周辺に待機しているパトロール・チームの部隊を現場に派遣させるよう命じた。
 そして、自身も胸ポケットの銃を確認すると、部下のノブヤ・ヤマガタらを引き連れ、現場へと向かった。

 自動車の無いエクザロームでは、ハドリといえども鉄道と徒歩で移動する。
 ハドリの顔は市民には殆ど知られていなかったから、彼がいても気が付く者は少ない。わずかにOP社の関係者がハドリの姿を見てその場に立ち尽くしたくらいである。

 OP社本社の最寄駅である駅から現場までは列車で二〇分くらいだ。
 しかし、一つ手前の駅で列車が停止してしまう。アナウンスでこの先の線路で火災のため列車が停止したことを知る。

「乗客が困っている。早く対応しないか!」
 ハドリは鉄道運営会社の職員を一喝した。
 その後、近くの治安改革センターの職員を呼び、二手に分けて一方を鉄道運営会社のフォローに充て、もう一方を自らに同行させた。
 鉄道による移動をあきらめ、徒歩で現場へと向かうのだ。
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