ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第三章

139:ウォーリー、潜伏場所を出る

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「……それにしてもマネージャー、似合ってますね。女顔っぽいとは思っていましたが……」
 サクライがウォーリーの姿を見て苦笑した。その笑みは引きつっている。

 確かに四人の中では、ウォーリーが一番マトモといえる格好ではある。
 一七六センチの身長はエクザロームの女性としては少し高すぎるのだが、それを除けばポニーテールのかつらをつけたウォーリーの姿は女性らしい。

 それと比較すれば、学生服のサクライとエリックは、ほとんどコントの世界であったし、タキシードに蝶ネクタイ姿のミヤハラに至ってはチンドン屋の類と思われても仕方ない格好である。

「デキる男は、こういう仕事でもきっちりこなすんだよ! お前らの格好の方が心配だ!」
 ウォーリーがそう言いたくなる気持ちも理解できないことではない。それほど不自然なのだ。

「……それにしても、仮装するのは今でも変わってないのですね」
 エリックが鞄に荷物を詰めながらつぶやいた。
 彼は何年か前に職業学校を卒業しているのだが、そのときの卒業式では着ぐるみを着て仮装していたのだ。

「……そろそろ出発だな。俺はしばらく黙っているから、その間はミヤハラ、お前が俺の代わりに話せよ」
 ウォーリーの言葉にミヤハラがうなずいた。
 ウォーリーが黙っていると言ったのには訳がある。
 彼の女装はほぼ完璧であったが、残念ながら声は見事なまでの低音なのだ。それも美声といってよい水準の。

 ひとたび彼が声を発すれば、男性の女装だということが一発でばれてしまう。
 今日の状況ならそれでも問題は無いかもしれないが、OP社の治安改革センターなどに見つかると厄介だ。

 ちなみにウォーリーに女装させたのは、エリックの発案だ。
「タブーなきエンジニア集団」の幹部でもっとも顔が知られているのがウォーリーである。多少の変装ではごまかしきれないだろう。
 女性ならば、怪しまれないかもしれない。エリックはそう考えたのだ。

 確信は無かったのだが、ウォーリーの顔なら女装させてもそれほど不自然ではないとエリックは考えていた。ウォーリー本人に関しては、実のところどう思っているのかは、定かではない。

 事実、ウォーリーの女装はかなり似合っていたから、この判断は間違いではなかっただろう。エリックには知らされていなかったが、ウォーリーは職業学校時代に女装して学校のミスコンテストに優勝した経験がある。もっとも、このミスコンテストは「本人が認識している性が女性以外の者だけ参加できる」という代物だったのだが……

 LH五〇年三月二三日午前八時、四人は約三ヶ月を過ごしたジンの借家を後にした。
 鉄道の最寄り駅までの道は歩くことになる。

 道行く人々が、「ああ、今日は職業学校の卒業式か」と小声で話しているのが聞こえる。
 ジン周辺に在住している学生も多いから、事情を知っている人も多いのだ。
 また、道行く者の中に、ウォーリーたちと同様に仮装しているように見える者もちらほらいたから、特別ウォーリーなどが不自然、という訳でもなかった。

 ジンから職業学校までは、鉄道で移動する。
 ジンの駅から職業学校のあるチクハ・タウンの駅までは四五分から五〇分といったところだ。
 乗車した列車の中にも同じように仮装している者が多数いたから、ここでも四人が怪しまれることはなかった。

 九時過ぎに職業学校に無事に到着し、いよいよサファイア・シーに一番近い校舎へと向かう。

 式の開始は午前一〇時であったから、キャンパスの中を行き交う人は多い。
 そのほとんどが学生で、一部教職員がいるといった感じだ。
 職業学校の敷地は広い。
 また、目的となる校舎は鉄道駅の近くにある門からかなり距離がある。
 そのため、四人が目的となる校舎にたどり着いたのは午前九時半を回った頃であった。

「……さて、いよいよだな」
 ウォーリーが空き教室の中で他の三人に言った。
 エリックが慌てて「静かに」のポーズを取る。まだ近くに学生などがいるのだ。ウォーリーの女装がばれると厄介なことになるかもしれない。

 幸いウォーリーに気づいた者はいなかったようだ。
 しかし、エリックとしては心臓が飛び出るほどの緊張が続いている。

 対照的にミヤハラ、サクライの二人は堂々と落ち着いている。
 エリックからすればあぶなっかしくて仕方ないのだが、二人ともエリックの上位者である。いちいち注意もしていられない。

 しばらくして学生や教職員がぞろぞろと動き出した。
 教室内の時計は九時五五分を示している。卒業式開始五分前だ。

 サクライとエリックの二人が互いにうなずき合って湖の方を偵察しに教室を出た。
 そろそろ人の姿が見えなくなってもよいころなのだが、二人が向かった先には数名の教職員と思われる者達がたむろっていて、動く気配が無い。

 サクライとエリックは校舎の陰から、湖の方を見ている。
「……まずいですよ、人がいますよ」
 エリックがサクライを止めようとする。
「まあ、気にするな。見つかったわけじゃない」
「そんなこと言ってもですね、こっちに時間の余裕は無いのですよ」
「……手が無いわけじゃない。こっちで考えるからエリックは慌てるな……ん? ちょっと待てよ」
 サクライがたむろっている一人を指さした。

「……どうしました?」
「エリック、一番手前にいる奴の顔を見ろよ」
「あれは……」
 サクライとエリックが顔を見合わせた。よく見ると、見覚えのある顔だらけである。

「……そうだ、あれはECNの経営企画室長だぜ。他のメンバーもECNの経営企画室ばかりだ」
「そういえば、我々がECN社を辞めた後に経営企画室も大量離職しましたね。大部分が職業学校に流れたとは聞いていましたが……」
 二人は顔を見合わせると、急いでウォーリーのもとへ報告に戻った。

 二人の報告を聞いたウォーリーは、
「経営企画室の連中か。ご苦労なこった」
 とこともなげだ。

「連中の意識を逸らすのにいい方法を思いつきました。マネージャーたちは先にボートに乗っていてください。合流しますので」
 サクライはそう言い残して教室を飛び出した。エリックが止める間もなかった。

「ここはサクライに任せてみようじゃないか。じゃ、行くぜ」
 ウォーリーがミヤハラとエリックを連れて、教室を出た。
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