ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第三章

138:脱出計画

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 医療都市ジンの民家に潜伏しているウォーリーは、「タブーなきエンジニア集団」の幹部と一緒にOP社の手が及ばないフルヤへ一時撤退することを決めた。
 そのための計画の立案を若い幹部のエリック・モトムラに指示した。

 エリックは計画について執拗なまでにウォーリーに確認し、見直しと修正を繰り返した。
 実際に計画を実施するのはウォーリーだが、可能な限り失敗するリスク要因を取り除こうとしたのである。

 エリックの立案した計画は次のとおりである。
 職業学校の卒業式が行われる三月ニ三日に、卒業生に扮して四人と可能であれば協力者の何人かが、列車で職業学校へ移動する。
 学校に到着したら、学校の東側に面している湖、サファイア・シーへ移動する。
 そして卒業式の開始時刻まで、サファイヤ・シー湖畔にある校舎の空き教室で待つ。
 卒業式の日、卒業生以外は休みとなり、卒業生はそれぞれの学科の教室に集められるから、サファイヤ・シー周辺からは人気がなくなる。
 人気がなくなったタイミングを見計らって、湖に予め準備しておいたボートを用いて、北へ移動する。
 ある程度北側に行ったら、ボートを岸に着け、北側の湿地帯を移動し、北東側からフルヤへ入る。
 まっすぐフルヤに向けて移動するのと比較すると、かなりの遠回りとなる。
 しかし、トップのウォーリーを確実にフルヤに移動させるためには、失敗の要素を一つでも多く削っておく必要があった。
 また、地理的条件も大きく影響している。

 ジンからフルヤへ移動する場合のネックとなるのが、サイ川の存在である。
 通常、サブマリン島に住む人間が日常の移動において、この川の存在を意識することはまずない。
 なぜならば、多くの住民はこの川を越えて北側に行くことがないからである。

 サイ川の北部には小さな村落がいくつかあるものの、人口が三千を超えるようなものは存在しない。このエリアには人が居住していないも同然なのである。

 しかし、ポータル・シティなどエクザロームの主だった都市とフルヤはこの川で隔てられている。この川を渡らない限りフルヤには到達できないのである。
 ただし、サイ川を渡るのは難しい。

 サファイア・シーからハモネスの北のはずれに流れるこの川は、その両岸が切り立った崖状になっている。その高さは低いところでも、水面までは数十メートルはある。
 その一方で川幅は狭いところで五〇メートルを超えていたから、橋でもない限り川を渡るのは困難である。
 川がポータル・シティの北のはずれから抜けるあたりになって、ようやく両岸が平坦になるのだが、このあたりになると川幅が数百メートルに達する。

 サイ川にはハモネスの北部に橋が二箇所だけかかっている。
 この橋を渡って対岸、すなわち北側に行く者は少ない。
 橋の北側にはフルヤのような人が集まる集落が十数ヶ所あるだけで、大きな都市や町などは存在しない。
 そのため、橋を利用するのはこのような集落とポータル・シティの間を行き来する者がほとんどである。
 また、極わずかであるが、人類がエクザロームで初めて足を踏み入れた「はじまりの丘」と呼ばれる小高い丘がやはり川の北側にあるので、その場所を訪れる者もいる。
 しかし、いずれの橋にもOP社の治安改革センターがあり、橋を渡る者はそこでチェックを受ける。

 このような状況でも風力エネルギー研究所で事件が発生した日、「タブーなきエンジニア集団」のメンバーが無事に橋を渡ってフルヤに達することができた。それには理由があった。

 最初に彼らの行動が迅速でOP社に警戒網を張らせる間もなく橋を通過したことが挙げられる。
 当日、OP社側もかなり混乱した状態であったために情報連携が遅れたことも「タブーなきエンジニア集団」のメンバーにとっては幸運だった。
 また、フルヤ出身の者がいたため、OP社によるチェックも形だけで済んでおり、これはかなり幸運な事例だったといえる。

 しかし、今回フルヤへ脱出しようとしている四人にフルヤなどサイ川の北側の集落出身者はいなかったし、顔が売れすぎていたから、橋を使っての逃亡は難しい。
 そこで考え付いたのが、サイ川を渡らずに済む方法、すなわち川の源流側から回り込む方法である。

 サイ川の源流であるサファイア・シーの西端は職業学校の敷地と接している。
 職業学校では、このサファイア・シーで船を使って授業をする学科や船を使うサークル活動もあるから、ここで船を使うこと自体は不自然ではない。
 例えば、セスなどが履修した海流発電の授業でも船を用いることがある。海上に設置された発電装置を点検する実習などがあるからだ。他にも水産物の養殖の授業などでも船が用いられることがある。

 また、職業学校の卒業式では伝統的に卒業生が仮装して式に出席するという慣わしがある。
 卒業式の日を決行日に選んだのはこのためだ。この日なら、多少変わった格好をして学校の敷地内や周辺の街を歩いても怪しまれない。

 このエリックの計画に基づき、ウォーリーや支援者達の間で準備が進められていった。
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