ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

文字の大きさ
上 下
136 / 436
第三章

132:運営管理委員長トニー・シヴァ

しおりを挟む
 時は少し流れてLH五〇年二月二五日、職業学校の幹部会議である決定がなされた。
 リスク管理学科主任教官のトニー・シヴァが運営管理委員長を兼任することになったのである。

 これまで職業学校は、寄付を行っている企業が推薦する理事長によるトップダウンの組織となっていた。
 しかし、運営に不透明な部分が出やすいとして、運営を管理する委員を七名置くことが決定された。
 その委員会のトップとしてトニーが選ばれたのである。学校の実質的なナンバーツーといってよい。

 職業学校に最も多く出資している企業がECN社だという状況がトニーに味方した。
 ECN社時代に上司だった経営企画室長サワムラも職業学校のリスク管理学科教官に着任していた。
 そのサワムラが「若手を幹部に抜擢することが学校の発展に繋がる」として、トニーを運営管理委員長に推薦したのである。

 職業学校にOP社からの寄付は無かったから、ECN社の元幹部の推薦は非常に大きな意味を持っていた。職業学校への寄付の金額ではECN社は圧倒的なトップである。
 また、トニーは寄付金集めによる学校の運営資金確保と一般職員のリストラによる経費削減に大きく貢献しており、そのことも手伝って圧倒的な支持を集めた。

「実務に役立つのは儲ける力だ。それを教官が実践できなくて、学生に何を教えられるのか? 実務の世界はすなわち、儲けるための競争である。教官もバンバン競争させて無能なのは切る! 優秀な教官が優秀な学生に教えればよい」
 トニーは運営管理委員長に着任するにあたっての抱負を求められた際、そう答えた。

 これには不満をもつ教官なども多くいたのだが、「職業人としての即戦力」を育成する学校の理念に合致するという意見に一定の説得力があったから、表立って反対することが困難だった。

 トニーが目指していたのは、職業学校で儲けて、その金で人生を楽しむことだった。そのためには、学校の財布を握る必要がある。

 ただし、彼には不当な利益を得ようという意識が無い。彼は自分の能力には相応以上の自信を持っていたし、彼の出した実績相応の金を得ているという認識である。
 事実、彼の実績は教育だけではなく学校の資金繰りの改善など運営にも及んでおり、総合的な面でいえば彼以上の成果を出している教官はいない。

 トニーからすれば、他の教官が働き以上の俸給を得ており、彼らこそが不当に利益を得ている者たちであった。そういった者達の俸給を適正化することも、彼の構想に含まれていた。

 この日の幹部会議では、マーケティング学科教官のレイカ・メルツがトニーにこっぴどく責められた。
 トニーは教官を評価する指標として、「卒業生が得ている俸給」を選択することを宣言した。
 そして、現状の学科ごとの「卒業生が得ている俸給」のグラフを資料として提示したのである。
 提示された資料では、マーケティング学科の数値が圧倒的に低かった。

 これを根拠にトニーはマーケティング学科は努力が足らないと指摘したのである。
 (何よ、自分の学科はデータを出していないじゃない)
 レイカはトニーの指摘を受けてそう考えた。
 実際にトニーのリスク管理学科はいまだ卒業生を出していなかったから、当然「卒業生が得ている俸給」のデータも無い。

 レイカはトニーにマーケティング学科としてどう考えるか、と発言を求められた。
 彼女には真っ向から言い争うつもりは無かったから、やんわりと答える。
「『卒業生が得ている俸給』のデータは重要ですし、指標に含めるべきだと思います。その意味では、私達マーケティング学科は結果を真剣に受け止める必要があります。
 ただ、評価をこの指標だけで行うと、卒業生が出ていない学科の数値がゼロになってしまいますから、他の指標の導入も併せて考えてみてはいかがでしょうか?
 例えば、学生に評価を求める、といった方法も考えられると思います」
 レイカの口調はゆったりしていて、決して強いものではなかった。
 しかし、トニーの反論は容赦が無かった。

「そう言った甘えを許すことが、教官の質の低下を招くことになる。メルツ先生は新人だからわからないかもしれないが、特にマーケティング学科は露出が多い関係か教官が甘くなる傾向があるように思われる。
 別の指標を設けることは教官に逃げ道を作ることになるし、学生の評価を取り入れては、学生に甘い教官が評価されることにつながる。メルツ先生は、逃げ道が欲しくてこのような意見を出しているのか?」
 この反論にレイカは驚いた。
 このような意識を持たれるであろうということは予想していたが、面と向かって指摘されるとまでは考えていなかったのである。
 マーケター時代と比較して激減したとはいえ、マスコミなどへの露出は他学科と比較して多いのは事実であったから指摘そのものは納得できなくても理解はできた。だから、一瞬言葉に詰まりかけた。
 後になって、よくもここまで厳しく責め立てられるものだ、と感心してしまったが、今、この時点では冷静に事態を受け止めきれる余裕は無い。

「いえ。そのような逃げ道が欲しい、ということではなく、多面的に評価するという方法もあるのではないでしょうか、ということだったのですが……」
 レイカは自分の動揺を表には出さずに冷静に答えた。
 正面切って言い争って勝ち目のある相手ではないことは、容易に予想できる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...