ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第三章

113:「タブーなきエンジニア集団」、方針転換す

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 義父との面会を済ませたミヤハラとウォーリーはサクライとエリックの待つ建物へと戻った。

 サクライの説明によると、この周辺の住宅はサクライの友人が賃貸用に所有しているものであった。そのうち三戸をサクライが友人から借り受けたものらしい。
 ウォーリーは暫定的にこの周辺に潜伏し、時機を見て仲間の待つフルヤへ移動しようと考えていた。

 フルヤは小さい村なので、多くの仲間を引き連れて行くには不向きである。このため、ウォーリーは中心メンバーだけをフルヤに引き連れて、他の支持者達は地元に残って活動してもらう構想を立てていた。

「……それにしてもOP社の連中、とんでもないことをしでかしてくれたものだ……」
 ウォーリーがぼそっとつぶやいた。

 彼は戦闘ではなく業績でOP社を上回り、OP社をトップ企業から引きずり下ろすか、OP社を飲み込んでハドリから権力を奪うことを考えていた。
 自身は平和主義者などではないとウォーリーは思っているが、企業の争いに戦闘を持ち込もうとは考えていない。事業で正々堂々競争すればいいのだ。
 そこに司法警察権といった企業の事業に関係のない論理を持ち出すハドリをウォーリーは許すことができない。
 今回もハドリが勝手に決めたルールにより、不当に攻撃され、本拠地を失いつつある状況なのだ。これを大人しく受け入れるほど、ウォーリーは従順ではなかった。

 ウォーリーの怒りはハドリの打倒という一つの明確な目標に向かっていた。
 今までは「タブーなきエンジニア集団」で、顧客の希望を実現するだけで十分であったが、これからは違う。

 (あの男を叩き潰さない限り、エクザロームの住民が安心して生活することなどできない。だから俺がやるか)
 ウォーリーはそう決意した。

 不意にミヤハラがそうだと言ってのっそりと立ち上がろうとした。
 それに気づいたエリックが、どうしたのですかと声をかけた。

「あぁ。本部の事務所を出る際、自分がジンに向かうと言ったので、ジンに向かっている連中がいるかもしれない。彼らに今後のことを伝えておかなければならないだろう」
 ミヤハラは脱出させた本部のメンバーを気にかけていたのであった。

「それなら心配要らない。メディットにミヤハラの子供や奥さんを迎えに行くときに、何人かのメンバーに会ったので、当面は自宅に待機し、大人しくしているかOP社への反対活動を続けてくれ、と伝えておいた」
 ミヤハラの言葉にウォーリーが答えた。こういうところ、ウォーリーは手回しがよかった。

 それからウォーリーはミヤハラ、サクライ、エリックの三人に自らの決意と当面の行動計画を伝えた。

 三人ともウォーリーには反対しない。というより、ほかにほとんど選択肢の無い状態だ。
 ただし、問題点も多い。現在、三千名強のメンバーを抱えているが、表立って仕事ができないとなると、彼らを養っていくのは難しい。
 おまけに現時点では大部分のメンバーの安否も不明な状態である。こちらの情報収集も必要だ。

 今後はメンバーが各地に点在して活動する可能性が高いが、そのコミュニケーションも難しい。
 通信ネットワークをECN社が押さえている以上、OP社に情報が筒抜けになる可能性が高い。
 全ての通信を傍受して確認することは事実上不可能であるにしても、何らかの対策は必要である。

「……市民に我々の賛同者を多く作るしかないと思います。OP社とECN社の全従業員を足しても三〇万弱、家族を入れても六〇万強といったところでしょう。エクザロームの人口の半数近くを握られていますが、残りの半数はこちら側に引き込める可能性があります」
 エリックがそう答えた。しかし、現実的にはかなり厳しい条件であることも事実である。

「ハドリの会社はそうはいかんだろうが、ECNは一枚岩じゃない。こちら側に引き込める人間も相当数いる」
 ウォーリーのこの言葉は嘘ではない。

 ECN社には未だ「タブーなきエンジニア集団」に参加していない者の中にウォーリーのシンパが多く残されているのではないかと考えられる。
 最年少の上級チームマネージャーだったのは伊達ではないのだ。

 表面的にはOP社に従わざるを得ないかもしれないが、面従腹背で対抗する可能性は十分に考えられる。また、ECN社内に相当数いると思われるOP社の活動を快く思わない者も味方になり得る。

 現在の状況でこれらの者に多くを期待するのは厳しいだろう。彼らにも生活がある。最後はやはり金次第という部分があることは否定できない。

「エンジニア活動については『タブーなきエンジニア集団』の名前を使うことを認めて、それぞれのメンバーが独立採算でやるという形はどうでしょうか? 資金の問題は回避できますが」
「……あんまり好きじゃねえな。面倒見てやると言った以上、約束を反故にするのもなぁ……」
 エリックの提案にウォーリーは浮かない顔だ。

「……好き嫌いの話をしている場合ではないですがね」
 ミヤハラがやんわりと注意した。

「そうだな。とにかく諸悪の根源はハドリの奴だ。奴さえ押さえ込めばすべては解決する。正義は我にあり、ってことだ。そのためには我慢してもらうところは我慢してもらう必要もあるな……」
 ウォーリーの変わり身は早い。

「市民運動みたいにあちこちでOP社の活動に異議を唱える者が出れば、OP社としても影響を考えざるを得ないでしょう。我々としては市民にOP社の本性を知ってもらうことが重要です」
 サクライの言葉にウォーリーが乗った! と叫んだが、エリックが懸念を表明する。

「問題は電気と情報通信インフラと資金を相手方に握られているということです」
 エリックの言葉にサクライは黙り込んでしまった。一理あるからだ。
 電力はOP社の寡占状態であり、今さら市民が電気を使わない生活に戻ることも考えにくい。

 情報通信インフラも問題だ。
「タブーなきエンジニア集団」は名前が示す通り、エンジニアの集団ではある。
 しかし、根本となるインフラそのものを保有しているのはECN社とOP社である。
 いくら「タブーなきエンジニア集団」が情報通信システムを構築、メンテナンスしたとしても、それはあくまでも特定の顧客内で閉じたものである。
 そのため、都市間や都市内の情報通信インフラをECN社とOP社が保有している限り、そこを流れる情報はECN社やOP社に筒抜けである。

「タブーなきエンジニア集団」に独自のインフラを構築するだけの力が無いことはウォーリー自身も承知している。

「カネも問題になりますね……その気になればOP社の連中にこっちのカネの流れが筒抜けになりかねない……」
 サクライの言葉通り、実は資金についても同様のことが言える。

「……確かに、な。だが、OPが躍起になって金の動きを追ったところで、そう簡単に俺達の居場所を突き止めることができるとも思えねえな。出来るとは思えねえが、俺達の資金そのものを止められたらどうにもならねえ……さすがにそれは無理だろうし、今から心配しても仕方ねえ」
 サクライの言葉を聞いてウォーリーが表情を曇らせた。
 しかし、それも一瞬のことで「なるようになるさ」と開き直ってみせた。

 彼らがこうした懸念を表明したのは、エクザローム独自の通貨制度が大きく影響している。
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