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第三章

105:脱出

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「……」
「……来ねえな」
 ウォーリーとサクライの二人が、風力エネルギー研究所屋上のドアの前で追手が来るのを待ち構えている。ウォーリーは人質であるOP社治安改革センターの班長を羽交い絞めにしたままだ。

 二人の後ろには約二十名の「タブーなきエンジニア集団」のメンバーの姿があった。
 彼らは違法部品を利用した罪でOP社治安改革センターのメンバーに追われている。
 少し前に小競り合いとなり、サクライが相手の一人を投げ飛ばして屋上への道を切り開いたのだった。

 とっくに追手が屋上に到達してもいいころだ。
 しかし、しばらく待ったところで誰も上がってこない。

「……どうしたんだ? 怖気づいたかな?」
 ウォーリーの言葉にサクライは
「あと二、三人投げ飛ばしておいても良かったのですが……」
 と続けた。

 屋上の隅のほうでは慌てたエリックが、設置されていた避難器具を組み立てている。
「……どうした? エリック」
 ウォーリーが問うとエリックは、
「危ないからとにかくこれで避難してください。理由は後で説明しますっ!」
 と必死の形相で答えた。

 ウォーリーは事情が飲み込めていないといった様子だったが、順番に避難器具でメンバーを避難させる。
 エリックの危機を見抜く目にはウォーリーもそれなりの信頼を置いている。
 エリックの目のおかげでウォーリーは何度も危ない顧客への対応を回避できていたのだ。

「残っている奴はいねぇな? じゃ、俺も行くぞ!」
 最後にウォーリーが梯子に手をかけた。
 人質の首を片手で捕まえたままである。

「大人しくしてくれ! でないとお前を落っことしてしまうかも知れねえ!」
 人質が抵抗したためウォーリーは梯子を降りるのにてこずっているが、今のところ何とか本人と人質は無事だ。

 周囲を見ると、OP社の治安改革センターの制服を着た者が少し離れた位置で建物を取り囲んでいるのが見えた。かなり人数が多い。数百名はいそうだ。
 ウォーリーは人質が声をあげないよう手でその口を塞いだが、人質の方はそれに抵抗する様子がない。

 (……一体、エリックの奴、何を考えているんだ?)
 そう思いながらも、ウォーリーが梯子を降りていると、突然、小さな爆発音とともに建物が崩れ、ウォーリーと人質が吹き飛ばされてしまった。

「何?!」
 ウォーリーはとっさに地面に背中を向けるように身体をひねった。
 直後、ウォーリーの身体は背中から地面に落ちた。
 人質の首に回した腕は解いておらず、結果的に人質を落下の衝撃から守ることになった。

 下がコンクリートやアスファルトでなく、土だったことはウォーリーにとって幸いだったかもしれない。

「……痛ぇな」
 ウォーリーは地面に横たわったままつぶやいた。
 人質がすばやくウォーリーの腕を解き、逆にウォーリーを捕らえようとしたが、近くにいたサクライによって腕をとられてしまった。

「離せ! 犯罪者ども!」
 班長が叫んだ。
 しかし、サクライは聞く耳を持たない。
 ウォーリーが背中をさすりながら起き上がると、辺りから「梯子で逃げたぞ!」「二人落ちた!」などという叫び声が聞こえてきた。

 ウォーリーが叫び声のあまりしない方向を選んで走ろうとすると、エリックが反対の方向を示して叫んだ。
「こっちです、マネージャー!」

 エリックを先頭にメンバーが走る。サクライが人質を引きずっているから、速くは走れないが、それでも走った。

 エリックは塀に囲まれた研究所の敷地を突っ切るように走っている。
 塀に突き当たると、「遊歩道」と書かれた看板のある道を進んだ。

 しかし、二分もしないうちに、行き止まりに突き当たる。
「サクライさんっ!」
 エリックが叫ぶと、人質をウォーリーに預けてゆっくりした足取りでサクライが前に出た。

 エリックがサクライの耳もとで何かささやくと、サクライはメンバーから身体の大きい者三人を呼んだ。

 遊歩道の行き止まり近くは、幅一メートル弱、長さ二メートル半くらいのコンクリート製の蓋が並んで道を作っている。

「それじゃ、やってみます」
 サクライをはじめとした四人はこの蓋の片側を持ち上げようと力をこめた。
 よく見ると、この蓋だけ割れ目が入っていて、二つに分かれている。
 サクライたちが持ち上げようとしたのは、別れたうちの小さい方の蓋だ。
 ゆっくりと蓋の片側が持ち上がっていく。
 中を見ると水が流れている地下水路のようだ。

「こっちです!」
 エリックが中に飛び込んだ。「タブーなきエンジニア集団」のメンバーも順番に続く。

「悪いが、あんたはここで一人で残っていてくれ」
 ウォーリーはそう言い残してから、人質を突き飛ばして中に飛び込んだ。

「こっちも行きますわ」
 最後に蓋を保持していたサクライが飛び込んだ。
 それに伴ってコンクリート製の蓋がゴンと音を立てて閉じる。

 突き飛ばされた人質、OP社治安改革センターポータル西部第二班の班長はその場で呆然と立ち尽くすしかなかった。

 むしろ重たい蓋の下敷きにならなかっただけでも彼女としては幸運だったとすべきかもしれない。
 蓋は二百キロ以上ある代物だったのだ。
 彼女一人で蓋を持ち上げることなど、到底できることではないし、下敷きになれば大怪我をしたかもしれないのだから。
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