103 / 436
第三章
99:オイゲン・イナという肴
しおりを挟む
メイが自宅に戻ったのと同じ頃、「タブーなきエンジニア集団」の事務所には先程メイによってビラ配り中のメンバーに貼り付けられた記録チップが持ち込まれた。
ウォーリーが現場に出ていて不在だったので、ミヤハラがチップを受け取ったのだが、「あとで中を見てみるよ」と言いながらお茶を飲んでいる。
さすがにまずいと思ったのか、別の従業員がミヤハラの机の上からチップをひったくり、自分の端末で中身をチェックした。
その結果、
「OP社がECN社に対し、『タブーなきエンジニア集団』のメンバーを拘束するため、人員の派遣を命じました。身辺に細心のご注意を」
というメッセージが記録されていることがわかった。
「どうせOP社に目をつけられているのだから、放置しても大過ないと思うが……」
ミヤハラの言葉にサクライもうなずく。この二人にはまるで危機感というものが感じられない。
「まあ、そういうところだな。内容から考えて、多分メッセージを渡した人間は味方になる人間だろうよ」
サクライはメッセージの主に対して好意的だ。
メンバーが記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話をすると、サクライが何か思いついたようにつぶやく。
「ECN社の社長秘書みたいな奴だな。殆ど姿を見たことは無いんだが、一度それらしい奴を廊下で見かけたときにものすごい勢いで逃げ出したことがあったっけ?」
サクライの言葉の直後にウォーリーが帰ってきた。
「おう、俺が居ない間に何かあったか?」
サクライが記録チップの件を話した。ウォーリーはそれを聞くと、
「うちらの活動を応援してくれるんだから味方だろう。OP社の動きには注意すべきかもしれんが、うちらはビラを配っているだけで、人様に危害を加えている訳じゃねえ。さすがにビラを配っているだけでいきなり逮捕、とかはありえんだろうよ」
と答えた。
そして、記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話から、メイ・カワナの話になる。
メイ本人の意図はともかく、彼女の姿は少なくともオイゲンと親しいECN社の幹部社員の間では有名である。
口火を切ったのはウォーリーだ。
「それにしても、あの社長も役に立ちそうもない秘書を置いておいてどうしよう、ってのかねぇ。まあ、あの社長は甘いからな。悪い人間じゃないんだろうけど」
ECN社を飛び出したとはいえ、ウォーリー自身はオイゲン・イナを嫌っている訳ではない。
会社のトップとしては不適格だろうが、話はしやすいし人としては悪くない、という程度の評価はしている。
ウォーリーの言葉に続いたのはサクライだ。
「愛人とかだったとしたら趣味悪いですね」
「どっちがだ、サクライ?」
ウォーリーの質問にサクライは少し考えてから、
「多分両方」
と答えた。
いつの間にか終業時間を過ぎたので、ウォーリーが冷蔵庫から酒とつまむ物を持ち出した。今日はオイゲンとメイを肴にして飲むことにするらしい。
「でも、まあ、何だ。イナに秘書を愛人にできる度胸はないだろうな。学生時代からあいつはかなり晩生だったぞ」
ミヤハラがウォーリーにグラスを差し出した。
ウォーリーの方が役職は上なのだが、ミヤハラが動こうとしないから必然的にウォーリーが酒を注ぐ役になる。
ミヤハラがオイゲンを姓で呼ぶのは、職業学校時代の同級生だからだ。また、ミヤハラはオイゲンと親友と呼べるレベルの仲である。
「違いないな。そういうのに縁がある人間とも思えん。男好き、というのはジョークだろうが、秘書に手を出すってタイプの人間でもなかろう」
ウォーリーは手酌で自分のグラスに酒を注いだ。
オイゲンはこうした面で彼らにとって信頼できるようで、秘書とできているという話は冗談の範囲を超えていない。
「そういえば、あの秘書……自分は顔を知らないんですよ。いつもサングラスとマスクをしているから。どんな顔なんですかね?」
サクライは彼の言葉通りメイの素顔を見たことが無かった。
実はメイが入社してから数ヶ月程度は彼女も社内で顔を隠していたわけではなかった。
しかし、配属される部署でことごとくメンバーに馴染めなかった彼女は次第に職場でもマスクやサングラスで顔を隠すようになっていた。
だから、彼女の素顔を知らないECN社の従業員も多い。サクライもその一人である。
それに対しウォーリーとミヤハラはメイの素顔を見たことがある。
ウォーリーがメイの素顔を見たときの記憶を手繰り寄せる。
「化粧っ気は無かったな。特別美人とかではなかったような気がするが、整えればそれほど見られない顔ではなかったはずだぞ」
実はウォーリー自身にもメイの素顔にはあまり強い印象がない。
マスクと帽子とサングラスのイメージが強すぎて、素顔がはっきり浮かばないのだ。
もっとも後にメイの素顔を知り、自身の記憶がいかにあてにならないものか、思い知らされる結果となったのだが。
ミヤハラに至っては目の色の記憶しかない。
「目の色が緑っぽいからちょっとな。どちらにせよ、こういっちゃ悪いが少々気味が悪い……イナが引き受けてくれてちょうどいい、ってところじゃないか」
「はは、それは悪くないですね」「はは、違いないな」
ミヤハラの言葉にウォーリーとサクライが笑った。
三人が更にオイゲンとメイを肴に飲んでいると、事務所の端末が着信を知らせる音を鳴らした。
残っていた別のメンバーが対応する。
三人が顔を見合わせた。
ウォーリーが現場に出ていて不在だったので、ミヤハラがチップを受け取ったのだが、「あとで中を見てみるよ」と言いながらお茶を飲んでいる。
さすがにまずいと思ったのか、別の従業員がミヤハラの机の上からチップをひったくり、自分の端末で中身をチェックした。
その結果、
「OP社がECN社に対し、『タブーなきエンジニア集団』のメンバーを拘束するため、人員の派遣を命じました。身辺に細心のご注意を」
というメッセージが記録されていることがわかった。
「どうせOP社に目をつけられているのだから、放置しても大過ないと思うが……」
ミヤハラの言葉にサクライもうなずく。この二人にはまるで危機感というものが感じられない。
「まあ、そういうところだな。内容から考えて、多分メッセージを渡した人間は味方になる人間だろうよ」
サクライはメッセージの主に対して好意的だ。
メンバーが記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話をすると、サクライが何か思いついたようにつぶやく。
「ECN社の社長秘書みたいな奴だな。殆ど姿を見たことは無いんだが、一度それらしい奴を廊下で見かけたときにものすごい勢いで逃げ出したことがあったっけ?」
サクライの言葉の直後にウォーリーが帰ってきた。
「おう、俺が居ない間に何かあったか?」
サクライが記録チップの件を話した。ウォーリーはそれを聞くと、
「うちらの活動を応援してくれるんだから味方だろう。OP社の動きには注意すべきかもしれんが、うちらはビラを配っているだけで、人様に危害を加えている訳じゃねえ。さすがにビラを配っているだけでいきなり逮捕、とかはありえんだろうよ」
と答えた。
そして、記録チップを貼り付けた者のいでたちに関する話から、メイ・カワナの話になる。
メイ本人の意図はともかく、彼女の姿は少なくともオイゲンと親しいECN社の幹部社員の間では有名である。
口火を切ったのはウォーリーだ。
「それにしても、あの社長も役に立ちそうもない秘書を置いておいてどうしよう、ってのかねぇ。まあ、あの社長は甘いからな。悪い人間じゃないんだろうけど」
ECN社を飛び出したとはいえ、ウォーリー自身はオイゲン・イナを嫌っている訳ではない。
会社のトップとしては不適格だろうが、話はしやすいし人としては悪くない、という程度の評価はしている。
ウォーリーの言葉に続いたのはサクライだ。
「愛人とかだったとしたら趣味悪いですね」
「どっちがだ、サクライ?」
ウォーリーの質問にサクライは少し考えてから、
「多分両方」
と答えた。
いつの間にか終業時間を過ぎたので、ウォーリーが冷蔵庫から酒とつまむ物を持ち出した。今日はオイゲンとメイを肴にして飲むことにするらしい。
「でも、まあ、何だ。イナに秘書を愛人にできる度胸はないだろうな。学生時代からあいつはかなり晩生だったぞ」
ミヤハラがウォーリーにグラスを差し出した。
ウォーリーの方が役職は上なのだが、ミヤハラが動こうとしないから必然的にウォーリーが酒を注ぐ役になる。
ミヤハラがオイゲンを姓で呼ぶのは、職業学校時代の同級生だからだ。また、ミヤハラはオイゲンと親友と呼べるレベルの仲である。
「違いないな。そういうのに縁がある人間とも思えん。男好き、というのはジョークだろうが、秘書に手を出すってタイプの人間でもなかろう」
ウォーリーは手酌で自分のグラスに酒を注いだ。
オイゲンはこうした面で彼らにとって信頼できるようで、秘書とできているという話は冗談の範囲を超えていない。
「そういえば、あの秘書……自分は顔を知らないんですよ。いつもサングラスとマスクをしているから。どんな顔なんですかね?」
サクライは彼の言葉通りメイの素顔を見たことが無かった。
実はメイが入社してから数ヶ月程度は彼女も社内で顔を隠していたわけではなかった。
しかし、配属される部署でことごとくメンバーに馴染めなかった彼女は次第に職場でもマスクやサングラスで顔を隠すようになっていた。
だから、彼女の素顔を知らないECN社の従業員も多い。サクライもその一人である。
それに対しウォーリーとミヤハラはメイの素顔を見たことがある。
ウォーリーがメイの素顔を見たときの記憶を手繰り寄せる。
「化粧っ気は無かったな。特別美人とかではなかったような気がするが、整えればそれほど見られない顔ではなかったはずだぞ」
実はウォーリー自身にもメイの素顔にはあまり強い印象がない。
マスクと帽子とサングラスのイメージが強すぎて、素顔がはっきり浮かばないのだ。
もっとも後にメイの素顔を知り、自身の記憶がいかにあてにならないものか、思い知らされる結果となったのだが。
ミヤハラに至っては目の色の記憶しかない。
「目の色が緑っぽいからちょっとな。どちらにせよ、こういっちゃ悪いが少々気味が悪い……イナが引き受けてくれてちょうどいい、ってところじゃないか」
「はは、それは悪くないですね」「はは、違いないな」
ミヤハラの言葉にウォーリーとサクライが笑った。
三人が更にオイゲンとメイを肴に飲んでいると、事務所の端末が着信を知らせる音を鳴らした。
残っていた別のメンバーが対応する。
三人が顔を見合わせた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる