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第三章
97:社長の指示
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OP社からECN社に「タブーなきエンジニア集団」の拘束のための人員派遣要請があった。
このとき依頼を受けたのはヘンミに同行せず本社に残留した役員の一名であったが、この依頼内容は情報共有のため上級チームマネージャー以上の従業員にメールで伝達された。
送信先には本来の社長であるオイゲンも含まれている。
オイゲンはOP社の監視下で研修を受けていたから、メールを読むことはできない。
携帯端末も取り上げられていたので、自社と連絡を取ることすらできなかったのだ。
しかし、オイゲンに宛てられたメールに目を通している者がいた。
その人物はハモネス某所のアパートの一室に閉じこもり、寝食を忘れて携帯端末と格闘し続けていた。
よく見ると黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳、腰近くまである黒いストレートヘアの若い女性であることがわかる。ECN社社長秘書のメイ・カワナである。
彼女は自宅療養中という名目で、オイゲンがOP社へ出立した日からずっと出社していなかった。その代わり、オイゲンの指示によって、「タブーなきエンジニア集団」の情報収集に勤しんでいた。
メイがオイゲン宛てのメールの中味をチェックする。
OP社から「タブーなきエンジニア集団」メンバー拘束のための人員派遣要請があったので、これに対応するという内容だった。
(いけない! トワさんのグループに早く伝えないと……)
メイは慌てて思案した。メールでの連絡では足がついてしまう。通信や電話もその可能性が高い。それに彼女は通信や電話で人と話すのが苦手である。
今のところOP社によるECN社の監視は、役員や上級チームマネージャーレベルの従業員個人までに及んでいるが、それ以下のレベルの従業員を直接監視している気配は無い。
メールや通信、電話の傍受は行われている様子だったが、従業員個人の行動を直接監視するレベルには及んでいない。
大量に退職者を出したとはいえ、一〇万人を超えるECN社の従業員ひとりひとりをすべて直接監視することなど不可能である。
(わたしが直接行くのがいいか……でも、外へ出るのは怖いな……)
メイの心に葛藤が起こる。外で人に会うのが彼女には辛い。
今でも外で人を見るたびに、母親のことで責められているという気持ちが湧きおこる。
汚れた血が自分の身体中で蠢き、血管を食い荒らされるような感覚に襲われるのだ。
しかし、彼女にとってオイゲンの指示は重い。オイゲンのいるECN社の社長室は、メイが自宅以外で唯一、安心して自分が存在できる場所なのである。
メイ自身にもそう感じる理由を上手に説明できないのだが、直感的に自分が傷つけられない場所であると感じているのだ。
その場所を提供している人からの指示である。メイは自分の居場所を守るために、決意せざるを得なかった。
(私は……社長の指示にただ、従うだけ……)
彼女は服を着替えて部屋を出た。そして駅へと向かい、電車に乗った。
電車の中では人々がメイのいでたちを見て、彼女と距離をとった。
彼女の周りに直径二メートルほどの誰もいない空間ができた。
長袖のTシャツとズボンというところはともかく、夏の暑い時期だというのに、野球帽を深くかぶり、サングラスをかけ、そして花粉症用のマスクまでしていたのだ。
彼女からすれば目立たないようにできるだけ肌を隠す格好をしているだけなのだが、多数決を取れば異様で目立つ格好という意見が圧倒的多数を占めるだろう。
(やっぱり、私、受け入れてもらえないんだ……)
メイはやりきれない気持ちで車両の中にたたずんでいた。
かなりポイントがずれているが、少なくとも彼女だけは真剣にそう考えている。
ほどなくしてメイは、「タブーなきエンジニア集団」の本拠地に近いポータル・シティ東駅で下車した。
駅前では「タブーなきエンジニア集団」のメンバーが数名、OP社の活動に反対するためのビラを配っていた。
メイがその前を通りかかると、彼女のいでたちに驚いた「タブーなきエンジニア集団」のメンバーの一人である男性が身をこわばらせた。
しかし、彼は気を取り直してメイにビラを差し出した。
メイは身体をこわばらせた。そして、身をひねってそれを避けようとしたが、運悪く、街路樹とぶつかってしまった。
街路樹とビラを配っている男性との間に挟まれる形になり行き場を失ったメイは、その場にへたり込んでガタガタと震えてしまう。
オイゲン以外の者を相手にしたときの彼女の反応としては普通のことであった。
しかし、ビラを配っていた男性はメイを知らなかったから、何が起こったのか理解できなかった。
それでもメイを助け起こそうとすると、彼女は両手でそれを突き飛ばした。そして、その場から逃げ出してしまった。
突き飛ばされた方は訳がわからないといった様子で、散らばってしまったビラを回収しだした。
ビラを回収していた「タブーなきエンジニア集団」の男性メンバーが突如左腕に違和感を覚えた。
左腕に目をやると、小さな記録チップが貼り付けられていた。
彼は自分の身に何が起きたのかと困惑しながらも、チップを事務所に持ち帰ったのだった。
このとき依頼を受けたのはヘンミに同行せず本社に残留した役員の一名であったが、この依頼内容は情報共有のため上級チームマネージャー以上の従業員にメールで伝達された。
送信先には本来の社長であるオイゲンも含まれている。
オイゲンはOP社の監視下で研修を受けていたから、メールを読むことはできない。
携帯端末も取り上げられていたので、自社と連絡を取ることすらできなかったのだ。
しかし、オイゲンに宛てられたメールに目を通している者がいた。
その人物はハモネス某所のアパートの一室に閉じこもり、寝食を忘れて携帯端末と格闘し続けていた。
よく見ると黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳、腰近くまである黒いストレートヘアの若い女性であることがわかる。ECN社社長秘書のメイ・カワナである。
彼女は自宅療養中という名目で、オイゲンがOP社へ出立した日からずっと出社していなかった。その代わり、オイゲンの指示によって、「タブーなきエンジニア集団」の情報収集に勤しんでいた。
メイがオイゲン宛てのメールの中味をチェックする。
OP社から「タブーなきエンジニア集団」メンバー拘束のための人員派遣要請があったので、これに対応するという内容だった。
(いけない! トワさんのグループに早く伝えないと……)
メイは慌てて思案した。メールでの連絡では足がついてしまう。通信や電話もその可能性が高い。それに彼女は通信や電話で人と話すのが苦手である。
今のところOP社によるECN社の監視は、役員や上級チームマネージャーレベルの従業員個人までに及んでいるが、それ以下のレベルの従業員を直接監視している気配は無い。
メールや通信、電話の傍受は行われている様子だったが、従業員個人の行動を直接監視するレベルには及んでいない。
大量に退職者を出したとはいえ、一〇万人を超えるECN社の従業員ひとりひとりをすべて直接監視することなど不可能である。
(わたしが直接行くのがいいか……でも、外へ出るのは怖いな……)
メイの心に葛藤が起こる。外で人に会うのが彼女には辛い。
今でも外で人を見るたびに、母親のことで責められているという気持ちが湧きおこる。
汚れた血が自分の身体中で蠢き、血管を食い荒らされるような感覚に襲われるのだ。
しかし、彼女にとってオイゲンの指示は重い。オイゲンのいるECN社の社長室は、メイが自宅以外で唯一、安心して自分が存在できる場所なのである。
メイ自身にもそう感じる理由を上手に説明できないのだが、直感的に自分が傷つけられない場所であると感じているのだ。
その場所を提供している人からの指示である。メイは自分の居場所を守るために、決意せざるを得なかった。
(私は……社長の指示にただ、従うだけ……)
彼女は服を着替えて部屋を出た。そして駅へと向かい、電車に乗った。
電車の中では人々がメイのいでたちを見て、彼女と距離をとった。
彼女の周りに直径二メートルほどの誰もいない空間ができた。
長袖のTシャツとズボンというところはともかく、夏の暑い時期だというのに、野球帽を深くかぶり、サングラスをかけ、そして花粉症用のマスクまでしていたのだ。
彼女からすれば目立たないようにできるだけ肌を隠す格好をしているだけなのだが、多数決を取れば異様で目立つ格好という意見が圧倒的多数を占めるだろう。
(やっぱり、私、受け入れてもらえないんだ……)
メイはやりきれない気持ちで車両の中にたたずんでいた。
かなりポイントがずれているが、少なくとも彼女だけは真剣にそう考えている。
ほどなくしてメイは、「タブーなきエンジニア集団」の本拠地に近いポータル・シティ東駅で下車した。
駅前では「タブーなきエンジニア集団」のメンバーが数名、OP社の活動に反対するためのビラを配っていた。
メイがその前を通りかかると、彼女のいでたちに驚いた「タブーなきエンジニア集団」のメンバーの一人である男性が身をこわばらせた。
しかし、彼は気を取り直してメイにビラを差し出した。
メイは身体をこわばらせた。そして、身をひねってそれを避けようとしたが、運悪く、街路樹とぶつかってしまった。
街路樹とビラを配っている男性との間に挟まれる形になり行き場を失ったメイは、その場にへたり込んでガタガタと震えてしまう。
オイゲン以外の者を相手にしたときの彼女の反応としては普通のことであった。
しかし、ビラを配っていた男性はメイを知らなかったから、何が起こったのか理解できなかった。
それでもメイを助け起こそうとすると、彼女は両手でそれを突き飛ばした。そして、その場から逃げ出してしまった。
突き飛ばされた方は訳がわからないといった様子で、散らばってしまったビラを回収しだした。
ビラを回収していた「タブーなきエンジニア集団」の男性メンバーが突如左腕に違和感を覚えた。
左腕に目をやると、小さな記録チップが貼り付けられていた。
彼は自分の身に何が起きたのかと困惑しながらも、チップを事務所に持ち帰ったのだった。
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