101 / 436
第三章
97:社長の指示
しおりを挟む
OP社からECN社に「タブーなきエンジニア集団」の拘束のための人員派遣要請があった。
このとき依頼を受けたのはヘンミに同行せず本社に残留した役員の一名であったが、この依頼内容は情報共有のため上級チームマネージャー以上の従業員にメールで伝達された。
送信先には本来の社長であるオイゲンも含まれている。
オイゲンはOP社の監視下で研修を受けていたから、メールを読むことはできない。
携帯端末も取り上げられていたので、自社と連絡を取ることすらできなかったのだ。
しかし、オイゲンに宛てられたメールに目を通している者がいた。
その人物はハモネス某所のアパートの一室に閉じこもり、寝食を忘れて携帯端末と格闘し続けていた。
よく見ると黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳、腰近くまである黒いストレートヘアの若い女性であることがわかる。ECN社社長秘書のメイ・カワナである。
彼女は自宅療養中という名目で、オイゲンがOP社へ出立した日からずっと出社していなかった。その代わり、オイゲンの指示によって、「タブーなきエンジニア集団」の情報収集に勤しんでいた。
メイがオイゲン宛てのメールの中味をチェックする。
OP社から「タブーなきエンジニア集団」メンバー拘束のための人員派遣要請があったので、これに対応するという内容だった。
(いけない! トワさんのグループに早く伝えないと……)
メイは慌てて思案した。メールでの連絡では足がついてしまう。通信や電話もその可能性が高い。それに彼女は通信や電話で人と話すのが苦手である。
今のところOP社によるECN社の監視は、役員や上級チームマネージャーレベルの従業員個人までに及んでいるが、それ以下のレベルの従業員を直接監視している気配は無い。
メールや通信、電話の傍受は行われている様子だったが、従業員個人の行動を直接監視するレベルには及んでいない。
大量に退職者を出したとはいえ、一〇万人を超えるECN社の従業員ひとりひとりをすべて直接監視することなど不可能である。
(わたしが直接行くのがいいか……でも、外へ出るのは怖いな……)
メイの心に葛藤が起こる。外で人に会うのが彼女には辛い。
今でも外で人を見るたびに、母親のことで責められているという気持ちが湧きおこる。
汚れた血が自分の身体中で蠢き、血管を食い荒らされるような感覚に襲われるのだ。
しかし、彼女にとってオイゲンの指示は重い。オイゲンのいるECN社の社長室は、メイが自宅以外で唯一、安心して自分が存在できる場所なのである。
メイ自身にもそう感じる理由を上手に説明できないのだが、直感的に自分が傷つけられない場所であると感じているのだ。
その場所を提供している人からの指示である。メイは自分の居場所を守るために、決意せざるを得なかった。
(私は……社長の指示にただ、従うだけ……)
彼女は服を着替えて部屋を出た。そして駅へと向かい、電車に乗った。
電車の中では人々がメイのいでたちを見て、彼女と距離をとった。
彼女の周りに直径二メートルほどの誰もいない空間ができた。
長袖のTシャツとズボンというところはともかく、夏の暑い時期だというのに、野球帽を深くかぶり、サングラスをかけ、そして花粉症用のマスクまでしていたのだ。
彼女からすれば目立たないようにできるだけ肌を隠す格好をしているだけなのだが、多数決を取れば異様で目立つ格好という意見が圧倒的多数を占めるだろう。
(やっぱり、私、受け入れてもらえないんだ……)
メイはやりきれない気持ちで車両の中にたたずんでいた。
かなりポイントがずれているが、少なくとも彼女だけは真剣にそう考えている。
ほどなくしてメイは、「タブーなきエンジニア集団」の本拠地に近いポータル・シティ東駅で下車した。
駅前では「タブーなきエンジニア集団」のメンバーが数名、OP社の活動に反対するためのビラを配っていた。
メイがその前を通りかかると、彼女のいでたちに驚いた「タブーなきエンジニア集団」のメンバーの一人である男性が身をこわばらせた。
しかし、彼は気を取り直してメイにビラを差し出した。
メイは身体をこわばらせた。そして、身をひねってそれを避けようとしたが、運悪く、街路樹とぶつかってしまった。
街路樹とビラを配っている男性との間に挟まれる形になり行き場を失ったメイは、その場にへたり込んでガタガタと震えてしまう。
オイゲン以外の者を相手にしたときの彼女の反応としては普通のことであった。
しかし、ビラを配っていた男性はメイを知らなかったから、何が起こったのか理解できなかった。
それでもメイを助け起こそうとすると、彼女は両手でそれを突き飛ばした。そして、その場から逃げ出してしまった。
突き飛ばされた方は訳がわからないといった様子で、散らばってしまったビラを回収しだした。
ビラを回収していた「タブーなきエンジニア集団」の男性メンバーが突如左腕に違和感を覚えた。
左腕に目をやると、小さな記録チップが貼り付けられていた。
彼は自分の身に何が起きたのかと困惑しながらも、チップを事務所に持ち帰ったのだった。
このとき依頼を受けたのはヘンミに同行せず本社に残留した役員の一名であったが、この依頼内容は情報共有のため上級チームマネージャー以上の従業員にメールで伝達された。
送信先には本来の社長であるオイゲンも含まれている。
オイゲンはOP社の監視下で研修を受けていたから、メールを読むことはできない。
携帯端末も取り上げられていたので、自社と連絡を取ることすらできなかったのだ。
しかし、オイゲンに宛てられたメールに目を通している者がいた。
その人物はハモネス某所のアパートの一室に閉じこもり、寝食を忘れて携帯端末と格闘し続けていた。
よく見ると黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳、腰近くまである黒いストレートヘアの若い女性であることがわかる。ECN社社長秘書のメイ・カワナである。
彼女は自宅療養中という名目で、オイゲンがOP社へ出立した日からずっと出社していなかった。その代わり、オイゲンの指示によって、「タブーなきエンジニア集団」の情報収集に勤しんでいた。
メイがオイゲン宛てのメールの中味をチェックする。
OP社から「タブーなきエンジニア集団」メンバー拘束のための人員派遣要請があったので、これに対応するという内容だった。
(いけない! トワさんのグループに早く伝えないと……)
メイは慌てて思案した。メールでの連絡では足がついてしまう。通信や電話もその可能性が高い。それに彼女は通信や電話で人と話すのが苦手である。
今のところOP社によるECN社の監視は、役員や上級チームマネージャーレベルの従業員個人までに及んでいるが、それ以下のレベルの従業員を直接監視している気配は無い。
メールや通信、電話の傍受は行われている様子だったが、従業員個人の行動を直接監視するレベルには及んでいない。
大量に退職者を出したとはいえ、一〇万人を超えるECN社の従業員ひとりひとりをすべて直接監視することなど不可能である。
(わたしが直接行くのがいいか……でも、外へ出るのは怖いな……)
メイの心に葛藤が起こる。外で人に会うのが彼女には辛い。
今でも外で人を見るたびに、母親のことで責められているという気持ちが湧きおこる。
汚れた血が自分の身体中で蠢き、血管を食い荒らされるような感覚に襲われるのだ。
しかし、彼女にとってオイゲンの指示は重い。オイゲンのいるECN社の社長室は、メイが自宅以外で唯一、安心して自分が存在できる場所なのである。
メイ自身にもそう感じる理由を上手に説明できないのだが、直感的に自分が傷つけられない場所であると感じているのだ。
その場所を提供している人からの指示である。メイは自分の居場所を守るために、決意せざるを得なかった。
(私は……社長の指示にただ、従うだけ……)
彼女は服を着替えて部屋を出た。そして駅へと向かい、電車に乗った。
電車の中では人々がメイのいでたちを見て、彼女と距離をとった。
彼女の周りに直径二メートルほどの誰もいない空間ができた。
長袖のTシャツとズボンというところはともかく、夏の暑い時期だというのに、野球帽を深くかぶり、サングラスをかけ、そして花粉症用のマスクまでしていたのだ。
彼女からすれば目立たないようにできるだけ肌を隠す格好をしているだけなのだが、多数決を取れば異様で目立つ格好という意見が圧倒的多数を占めるだろう。
(やっぱり、私、受け入れてもらえないんだ……)
メイはやりきれない気持ちで車両の中にたたずんでいた。
かなりポイントがずれているが、少なくとも彼女だけは真剣にそう考えている。
ほどなくしてメイは、「タブーなきエンジニア集団」の本拠地に近いポータル・シティ東駅で下車した。
駅前では「タブーなきエンジニア集団」のメンバーが数名、OP社の活動に反対するためのビラを配っていた。
メイがその前を通りかかると、彼女のいでたちに驚いた「タブーなきエンジニア集団」のメンバーの一人である男性が身をこわばらせた。
しかし、彼は気を取り直してメイにビラを差し出した。
メイは身体をこわばらせた。そして、身をひねってそれを避けようとしたが、運悪く、街路樹とぶつかってしまった。
街路樹とビラを配っている男性との間に挟まれる形になり行き場を失ったメイは、その場にへたり込んでガタガタと震えてしまう。
オイゲン以外の者を相手にしたときの彼女の反応としては普通のことであった。
しかし、ビラを配っていた男性はメイを知らなかったから、何が起こったのか理解できなかった。
それでもメイを助け起こそうとすると、彼女は両手でそれを突き飛ばした。そして、その場から逃げ出してしまった。
突き飛ばされた方は訳がわからないといった様子で、散らばってしまったビラを回収しだした。
ビラを回収していた「タブーなきエンジニア集団」の男性メンバーが突如左腕に違和感を覚えた。
左腕に目をやると、小さな記録チップが貼り付けられていた。
彼は自分の身に何が起きたのかと困惑しながらも、チップを事務所に持ち帰ったのだった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる