ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第三章

96:ヘンミの後悔とハドリの次の打ち手

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 ハドリが去った後、メインホールにはヘンミとヤマガタの二人が残された。

 ヤマガタはECN社から三千名を派遣させる処理について、ヘンミに時期や手続きなどを尋ねている。
 ヘンミとしては不本意な決定であったが、要求を突っぱねる胆力が自身に無いことを熟知していた。いや、もともとヘンミに要求の受け入れを決める権限などなかったのだ。
 渋々ではあったが、態度に出さず、表面上は淡々と要求を受け入れたのだった。

 ハドリとの会談のためECN社を出発する際、ヘンミは六名の役員を帯同していた。
 最初、帯同した役員は理由をつけてその場から逃れようとした。
 それに対しヘンミは「ハドリ社長と取り決めたことは覆せないですよ、それでもいいですか?」というヘンミの言葉にしぶしぶ帯同を同意したのだった。

 補佐役のキノシタも当然帯同するものかと思われたが、ヘンミは「残ってもらわないと何か変事があったときに対処できない」として役員の一部と一緒にキノシタに残留を命じたのである。

 ヘンミからすれば、キノシタは迫力がありすぎる上に融通が利かないので近くに置いておくとやりにくいことこの上ない。
 ヘンミが何か言えば理屈をつけて反論してくる。
 ヘンミからすれば上の立場にあるのは自分であるのに、この補佐役は自分を見下しているか馬鹿にしているかにしか見えないのである。
 このためヘンミはキノシタを忌避し、彼の意見を求めることをしなくなっていた。
 キノシタはキノシタで普段は自分のデスクで本を読んでいるか、携帯端末を広げているだけで仕事らしい仕事をしているようには見えない、という状態が続いていたのだ。

 しかし、今回の状況ではキノシタくらい偏屈な方がハドリに抗しやすかったかもしれない、とヘンミには思えたのである。それが後悔につながったのだが、今となってはすでに遅い。

 肝心の帯同した役員は全員「キャピタル・オーシャン」へ入館する際、OP社の社員から入館を拒否されてしまった。
 これ幸いと彼らはOP社の指示に素直に従ってヘンミだけを建物の中に入れた。
 本人たちはとっとと本社に帰ってしまっており、ヘンミがハドリとの会談を終えて「キャピタル・オーシャン」を出てきたときには誰も残っていなかったのであった。
 キノシタなら入館を断られたときに、あれこれ理由をつけてごねて無理矢理入り込んだのではないかとヘンミは考えていた。

 ヘンミはキノシタを帯同しなかった自分の判断ミスと、役員達の行動の両方に腹を立てながらヤマガタからの質問に淡々と答えていった。
 ヤマガタに対して腹立たしさを一切表に出さなかったことが、ヘンミのせめてもの矜持であった。

 一方、部屋を出たハドリは、隙のない足取りでOP社本社の社長室へと向かった。

 (……ヘンミとかいったか。奴のあの連中に持っている感情は利用できるか……)
 これまでの調査や会談を通じてハドリは、ヘンミが「タブーなきエンジニア集団」に対して複雑な感情を抱いていることを看破していた。
 利用できる他者は徹底して利用する、ハドリはそういう男だ。

 当初はヘンミを脅かしておいてECN社に帰すつもりだったが、予定を変更した。
 ヘンミに「タブーなきエンジニア集団」のせいで今の事態を引き起こしたと思わせ、彼の怒りを「タブーなきエンジニア集団」に向けさせることにした。
 またハドリはヘンミが六名の役員を帯同してきたのをヤマガタから聞き、ヘンミと役員を切り離せばECN社を更に混乱させられることを確信した。混乱している間はOP社、すなわちハドリに盾突くなど到底考えられなくなるはずだ。
 これらの理由から、ハドリはヘンミを会談の場である「パシフィック・オーシャン」に軟禁したのだった。

 本社の裏口から建物に入り、誰にも見つからないよう周囲を警戒しながら社長室に戻るや否や、ハドリは携帯端末を手に取った。

 そしてどこかへと通信を接続する。「タブーなきエンジニア集団」を叩く仕掛けを行うためだ。
「……あぁ。例の研究所だがな、通信機の件、うちでは対応するな。『タブーなきエンジニア集団』とやらに対応させるよう手を回せ」
 通信の相手にそう伝えると、次にハドリは本社広報チームのリーダーであるフトシ・ウノと連絡を取った。
 そこでハドリはウノにECN社を管理せよと命じた。

 更に携帯端末の画面で部下からの報告に目を通し始めた。彼は常に多忙だ。
 エクザロームの未来のため、彼には立ち止まっている暇はなかった。

 エクザロームにはエイチ・ハドリが絶対に必要であり、彼の存在がない限りエクザロームに未来などない。
 少なくともハドリ本人は本気でそう考えていたのだった。
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