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第二章
92:実践の授業
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「実践の授業」とは何だろうかとセス、ロビー、モリタは訝しがったが、トニーは意に介していなかった。
トニーが店長に一言二言耳打ちすると、店長は一旦奥に下がってから一人の女性を伴って戻ってきた。店長より少し年下に見える。
トニーが彼女のことを「材料の仕入れや店の経理を担当している人」だと三人に耳打ちした。
「さて、ここからが実践だ。この二人に近くに座ってもらうから、お前らは適当に話をしてみろ」
トニーの言葉にロビーがすかさず質問を入れる。
「先生! これがどのようにリスク管理に活用できるのでしょうか?」
「……馬鹿だな。男が失敗することの原因の多くは女にある。女への対処がリスク管理の重大な意味を持つって事を学ぶんだよ!
まあ、あのねーちゃん先生みたいなのに引っかからないように気をつけろ、という意味もあるってところだな」
トニーは大げさに呆れた様子を見せた。
「はぁ……」
ロビーは訳がわからないという顔をしている。
だが教えを乞う立場であるので、トニーの指示には素直に従うことにした。
こうしてトニーの言うところの「実践」が始まった。
とはいっても、女性相手に会話をするだけである。
ロビーはもともと話し上手な方で、物怖じしないから、このようなシチュエーションでも特に問題なく会話できる。
セスは聞き上手なようだ。
ロビーやモリタと会話をするときと異なり、決して口数は多くない。
相手の言葉に上手に相づちを打ったり、相手が聞いて欲しそうなことを先回りして質問したりしている。二人いる女性にバランス良く声をかけているのも彼だ。
モリタも案外話が上手だ。巨体に似合わず軽快に身体を動かしながら、二人の女性に話しかけている。
どちらかというと店長よりも仕入れや経理をしている女性の方が好みらしく、店長と話をしながらも、視線は仕入れや経理をしている女性の方に向いている。
トニーは三人の様子を確認しながら、時には注意を与えたり、対応をからかったりして主に女性陣の笑いを取っていた。これで三人の人となりを見極めようとしているのである。
三人の言動に面白おかしいところがあれば、それをネタにすることもできる。
ネタにすることで、トニーへの攻撃を回避するという目的もある。
学校を出たばかりの若い職員ではあるが、油断すればつけ込まれる恐れがある。
それを避け、場合によっては彼らを子分として使おうという目論見もあった。
二時間ほどしたところで、トニーが三人に声をかけた。
「また、お前らの補修につきあってやるから、勉強したかったら声かけな。別に俺が一緒でなくてもいいなら、勝手に店に来ればいい」
「よろしくおねがいしますっ!」
最初に声をあげたのはモリタだった。
ロビーやセスもモリタに倣った。
その様子を見てトニーは満足そうに店を出た。
店を出た直後に三人とトニーは別れた。
すると急にモリタの舌打ちの音が聞こえてきた。
セスがそれに気づいてモリタに声をかける。
「ねぇ、モリタ。ここのコーヒーも悪くないけど、メルツ先生のコーヒーも素晴らしいものだよ。
ここのコーヒーはわかりやすい味だけど、メルツ先生のは繊細だからね。
他人にはわかりにくい気遣いがあるから、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないと思うよ。
モリタにはそれが理解できるのだから、シヴァ先生よりは繊細な味覚を持っているのだと僕は思うけどね」
「そんなこと言って、セス、抜け駆けしようとしているんじゃないだろうね?」
モリタがセスの言葉に疑いの眼差しを向けた。
即座にロビーが突っ込む。
「……モリタ、お前なぁ……さっきの店で鼻の下伸ばしてデレデレしていた奴が、何が今更メルツ先生だよ? セスがお前を気遣って合わせてやってるのに、その善意を疑う権利がお前にあるのかねぇ?」
「何を、ってメルツ先生は特別なんだよ! あんなに立派な女性はいない! 誰かが独占していいものじゃないんだ。みんなの先生だよ」
モリタが強い口調で反発したので、ロビーが面白がって反論する。
「はいはい、わかりました、って。でも、モリタ君にはあの先生を独占したいという考えは無いのかなぁ?」
「な、ないよっ!」
モリタはそう言って、プイとそっぽを向いてしまった。
モリタの反応を見かねたセスが二人の間に割って入る。
「まあまあ。別にモリタが無理しなくてもいいじゃない。メルツ先生は立派な女性だよ。
モリタはコーヒーの味については、メルツ先生の気遣いを理解することができるんだから、それだけでも先生とお近づきになる権利はあると思うよ。僕は他の人がメルツ先生に近づくくらいなら、モリタを応援するけどな」
モリタはセスの言葉にもそっぽを向いたままだ。
「……?!」
セスはモリタの様子を確認したその瞬間、自分の身体に何ともいえない違和感を覚えた。
彼は即座にロビーの服を引っ張った。
「……ん? 何だ、セス?」
「あ、僕の顔色、変じゃないかな……?」
セスが心配そうな顔をしている。
それを見かねてロビーがセスの顔を覗き込むようにして確認する。
「……別におかしくはないと思うがな」
「……モリタはどう思う?」
今度はセスがモリタに声をかけた。
「うーん、ちょっと熱っぽくも見えるけど……」
モリタの言葉にセスは医師に診てもらいたいと言いだした。
セスが普段診療を受けている病院がまだ診療時間にあることをモリタが思い出した。
診療時間でなければ、ロビーはセスに明日まで待てと言うつもりであったが、正規の診療時間であれば、明日まで待つ必要はないだろう。
ロビーがセスの車椅子を押して走り出した。
モリタはUターンして家に戻ろうとしたところをロビーにつかまって、引きずられていった。
ほどなくして病院に到着し、セスが医師の診察を受けることになった。
トニーが店長に一言二言耳打ちすると、店長は一旦奥に下がってから一人の女性を伴って戻ってきた。店長より少し年下に見える。
トニーが彼女のことを「材料の仕入れや店の経理を担当している人」だと三人に耳打ちした。
「さて、ここからが実践だ。この二人に近くに座ってもらうから、お前らは適当に話をしてみろ」
トニーの言葉にロビーがすかさず質問を入れる。
「先生! これがどのようにリスク管理に活用できるのでしょうか?」
「……馬鹿だな。男が失敗することの原因の多くは女にある。女への対処がリスク管理の重大な意味を持つって事を学ぶんだよ!
まあ、あのねーちゃん先生みたいなのに引っかからないように気をつけろ、という意味もあるってところだな」
トニーは大げさに呆れた様子を見せた。
「はぁ……」
ロビーは訳がわからないという顔をしている。
だが教えを乞う立場であるので、トニーの指示には素直に従うことにした。
こうしてトニーの言うところの「実践」が始まった。
とはいっても、女性相手に会話をするだけである。
ロビーはもともと話し上手な方で、物怖じしないから、このようなシチュエーションでも特に問題なく会話できる。
セスは聞き上手なようだ。
ロビーやモリタと会話をするときと異なり、決して口数は多くない。
相手の言葉に上手に相づちを打ったり、相手が聞いて欲しそうなことを先回りして質問したりしている。二人いる女性にバランス良く声をかけているのも彼だ。
モリタも案外話が上手だ。巨体に似合わず軽快に身体を動かしながら、二人の女性に話しかけている。
どちらかというと店長よりも仕入れや経理をしている女性の方が好みらしく、店長と話をしながらも、視線は仕入れや経理をしている女性の方に向いている。
トニーは三人の様子を確認しながら、時には注意を与えたり、対応をからかったりして主に女性陣の笑いを取っていた。これで三人の人となりを見極めようとしているのである。
三人の言動に面白おかしいところがあれば、それをネタにすることもできる。
ネタにすることで、トニーへの攻撃を回避するという目的もある。
学校を出たばかりの若い職員ではあるが、油断すればつけ込まれる恐れがある。
それを避け、場合によっては彼らを子分として使おうという目論見もあった。
二時間ほどしたところで、トニーが三人に声をかけた。
「また、お前らの補修につきあってやるから、勉強したかったら声かけな。別に俺が一緒でなくてもいいなら、勝手に店に来ればいい」
「よろしくおねがいしますっ!」
最初に声をあげたのはモリタだった。
ロビーやセスもモリタに倣った。
その様子を見てトニーは満足そうに店を出た。
店を出た直後に三人とトニーは別れた。
すると急にモリタの舌打ちの音が聞こえてきた。
セスがそれに気づいてモリタに声をかける。
「ねぇ、モリタ。ここのコーヒーも悪くないけど、メルツ先生のコーヒーも素晴らしいものだよ。
ここのコーヒーはわかりやすい味だけど、メルツ先生のは繊細だからね。
他人にはわかりにくい気遣いがあるから、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないと思うよ。
モリタにはそれが理解できるのだから、シヴァ先生よりは繊細な味覚を持っているのだと僕は思うけどね」
「そんなこと言って、セス、抜け駆けしようとしているんじゃないだろうね?」
モリタがセスの言葉に疑いの眼差しを向けた。
即座にロビーが突っ込む。
「……モリタ、お前なぁ……さっきの店で鼻の下伸ばしてデレデレしていた奴が、何が今更メルツ先生だよ? セスがお前を気遣って合わせてやってるのに、その善意を疑う権利がお前にあるのかねぇ?」
「何を、ってメルツ先生は特別なんだよ! あんなに立派な女性はいない! 誰かが独占していいものじゃないんだ。みんなの先生だよ」
モリタが強い口調で反発したので、ロビーが面白がって反論する。
「はいはい、わかりました、って。でも、モリタ君にはあの先生を独占したいという考えは無いのかなぁ?」
「な、ないよっ!」
モリタはそう言って、プイとそっぽを向いてしまった。
モリタの反応を見かねたセスが二人の間に割って入る。
「まあまあ。別にモリタが無理しなくてもいいじゃない。メルツ先生は立派な女性だよ。
モリタはコーヒーの味については、メルツ先生の気遣いを理解することができるんだから、それだけでも先生とお近づきになる権利はあると思うよ。僕は他の人がメルツ先生に近づくくらいなら、モリタを応援するけどな」
モリタはセスの言葉にもそっぽを向いたままだ。
「……?!」
セスはモリタの様子を確認したその瞬間、自分の身体に何ともいえない違和感を覚えた。
彼は即座にロビーの服を引っ張った。
「……ん? 何だ、セス?」
「あ、僕の顔色、変じゃないかな……?」
セスが心配そうな顔をしている。
それを見かねてロビーがセスの顔を覗き込むようにして確認する。
「……別におかしくはないと思うがな」
「……モリタはどう思う?」
今度はセスがモリタに声をかけた。
「うーん、ちょっと熱っぽくも見えるけど……」
モリタの言葉にセスは医師に診てもらいたいと言いだした。
セスが普段診療を受けている病院がまだ診療時間にあることをモリタが思い出した。
診療時間でなければ、ロビーはセスに明日まで待てと言うつもりであったが、正規の診療時間であれば、明日まで待つ必要はないだろう。
ロビーがセスの車椅子を押して走り出した。
モリタはUターンして家に戻ろうとしたところをロビーにつかまって、引きずられていった。
ほどなくして病院に到着し、セスが医師の診察を受けることになった。
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