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第二章
91:補修
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繁華街の建物を指さしたトニーを見ながら、セスがロビーに小声で耳打ちする。
「確かこのあたりって、女性が出てくるお店ばかりじゃなかったっけ?」
ロビーがセスの耳元で返答する。
「……そうだったような気がする。俺は別に平気だが、セスは大丈夫か?」
セスは、
「シヴァ先生がここで勉強をするというのなら、行ってみてもいいのじゃないかな。理由無しに連れてきた訳じゃないんだし。ただ、お酒を飲ませるお店と変なサービスのあるお店は困るね」
と答えた。
セスとロビーがこそこそやっているのを見て、トニーが声をかけた。
「遠慮するなよ。来い!」
ロビーが頭を掻きながら答える。
「あ、すいません。ちょっと気になることがあって」
「何だ?」
「クルスとモリタは二〇歳前で酒が飲めないのですが……」
セスとモリタはともに一九歳だ。
「安心しろ、行くのは未成年が入れないところじゃねえよ」
「ならば……」
訝しがる三人が連れてこられた先は地下にあるコーヒーの専門店だった。
(なるほど……これなら未成年でも問題ないか)
ロビーは安堵の息をついたが、セスが声をあげたので身構えた。
「あの……シヴァ先生、『本日休業』ってなっていますけど?」
トニーは構わず入り口の扉を開けている。
「俺らが店を貸切にするから、この札がかかってるんだよ、気にするな!」
そして、三人はトニーに押し込まれ、店の中へと入っていった。
中は四人がけのテーブルが二つと三席のカウンターがあるだけの小さな店だった。
カウンターの奥にいた若い女性がトニーの姿に気付いて声をかけた。
「あら、シヴァ先生。いらっしゃいませ」
「ああ、いまいらしてやったよ!」
トニーの言葉遣いは思いきり乱暴だ。そして三人に「この人店長」と説明した。セスの見る限り、店長は二〇代半ばに見える。
ロビー、セス、モリタはトニーに指示されるまま、四人がけのテーブルに着いた。
セスとロビーが同じテーブルでモリタだけが違うテーブルだ。トニーはカウンターの真ん中の席に腰掛けている。
「シヴァ先生はいつものでいいかしら?」
「そうだな……今日は、ジントニックかな」
トニーの言葉にセスとロビーが顔を見合わせた。
店長の女性は少し困ったふりをしながら答える。
「二階のお店? それとも向かいのお店? どっちを持ってくる?」
トニーがその答えを鼻で笑った。
「冗談だよ! 店長のオススメを四つ!」
店長は笑いながら四つのサイフォンを準備し始めた。
「いいか、こういう風に相手の意表をついて面白くするのも、管理のセンス、ってもんだ。
さっきのねーちゃん先生も最初に意表をついたところだけはマシだったんだがな……そこからがダメだ」
トニーは真面目そうな顔をして三人にそう言った。
「……今回の店長の反応は割と良かった。理由はわかるか?」
突然の質問にセスが最初に答える。
「先生の希望に沿える解決策が明示されていたからですか?」
トニーは首を振った。
「そうじゃない。面白くしようとした、からだ。即座に面白いことをしようとするためには相手の心理を読むこと、そして頭を速く回転させてその場で最適な行動を取ることが必要になる。リスク管理にも必要な能力だ。常に考える時間がたっぷりあるとは限らないし、相手があることだからな」
トニーの答えにロビーが「なるほど」と大きな声をあげた。
セスも「そう考えればよかったのですか」と同調している。モリタは少し懐疑的だ。
「さて、話しているうちにコーヒーが来たぞ。ここの店長の特製ブレンドだ。見てくれはケバいねーちゃんだけど、コーヒーは悪くねえ」
トニーがコーヒーを前に説明した。他人をストレートに褒めないのが彼らしい。
三人がコーヒーを口に運ぶ。
確かに味は良いな、とセスは感じた。
セスの印象では、この店のブレンドはかなり苦味が強いが、すっきりしていて目が覚めるような美味さがある。自己主張が明確であるような気がした。
「今日講演してた、ねーちゃん先生のオススメブレンドあたりとは格が違う、ってのがわかるよな?」
トニーの言葉に店長は、
「あら、ねーちゃん先生、って誰よ?」
と聞き返してきた。
トニーがレイカ・メルツのことだと答えると、
「一般向けの大量生産の製品じゃ、うちみたいにはいかないわよ」
と答えた。
モリタは不満そうな顔をしたが、とりあえずうなずいてみせた。
ロビーは、
「そうですね、主張がはっきりしたいい味ですね」
と答えた。比較的彼の好みの味に近いようだ。
セスは、
「シャープで目が覚めるような風味ですね。講演を聴いて疲れた頭がすっきりしました」
と答えた。
店長は「ありがとねっ! カワイイおにーちゃん!」とセスに返した。セスも手を振ってそれに応える。
ただし、セス自身はこの店のコーヒーをレイカ・メルツのオススメブレンドと比較して必ずしも優位だとは思っていなかった。
レイカ・メルツという人は華やかに見えて意外と繊細な人じゃないかな、という印象をセスは持っている。
彼女のオススメブレンドを飲んだときにもそれは感じられた。
どちらかというと地味で柔らかい味だった。ただ、色々な味の要素が絶妙なバランスで調和していてかなり繊細さを感じたのだ。
第一印象なら大衆向けかもしれないが、味わって飲むと意外に奥が深いと感じたのである。毎日飲めて飽きがこないのに、何故か時々新しい発見ができるような、そんな味だった。
しかし、この場でセスはトニーや店長に逆らう愚は犯さなかった。
「あ、そういえばモリタ……」
セスがモリタに声をかけようとしたが、最後まで言い終えることができなかった。
トニーからストップがかかったからだ。
「座学はここまでだ。これから実践の授業に移るぞ」
トニーがそう宣言した。
「確かこのあたりって、女性が出てくるお店ばかりじゃなかったっけ?」
ロビーがセスの耳元で返答する。
「……そうだったような気がする。俺は別に平気だが、セスは大丈夫か?」
セスは、
「シヴァ先生がここで勉強をするというのなら、行ってみてもいいのじゃないかな。理由無しに連れてきた訳じゃないんだし。ただ、お酒を飲ませるお店と変なサービスのあるお店は困るね」
と答えた。
セスとロビーがこそこそやっているのを見て、トニーが声をかけた。
「遠慮するなよ。来い!」
ロビーが頭を掻きながら答える。
「あ、すいません。ちょっと気になることがあって」
「何だ?」
「クルスとモリタは二〇歳前で酒が飲めないのですが……」
セスとモリタはともに一九歳だ。
「安心しろ、行くのは未成年が入れないところじゃねえよ」
「ならば……」
訝しがる三人が連れてこられた先は地下にあるコーヒーの専門店だった。
(なるほど……これなら未成年でも問題ないか)
ロビーは安堵の息をついたが、セスが声をあげたので身構えた。
「あの……シヴァ先生、『本日休業』ってなっていますけど?」
トニーは構わず入り口の扉を開けている。
「俺らが店を貸切にするから、この札がかかってるんだよ、気にするな!」
そして、三人はトニーに押し込まれ、店の中へと入っていった。
中は四人がけのテーブルが二つと三席のカウンターがあるだけの小さな店だった。
カウンターの奥にいた若い女性がトニーの姿に気付いて声をかけた。
「あら、シヴァ先生。いらっしゃいませ」
「ああ、いまいらしてやったよ!」
トニーの言葉遣いは思いきり乱暴だ。そして三人に「この人店長」と説明した。セスの見る限り、店長は二〇代半ばに見える。
ロビー、セス、モリタはトニーに指示されるまま、四人がけのテーブルに着いた。
セスとロビーが同じテーブルでモリタだけが違うテーブルだ。トニーはカウンターの真ん中の席に腰掛けている。
「シヴァ先生はいつものでいいかしら?」
「そうだな……今日は、ジントニックかな」
トニーの言葉にセスとロビーが顔を見合わせた。
店長の女性は少し困ったふりをしながら答える。
「二階のお店? それとも向かいのお店? どっちを持ってくる?」
トニーがその答えを鼻で笑った。
「冗談だよ! 店長のオススメを四つ!」
店長は笑いながら四つのサイフォンを準備し始めた。
「いいか、こういう風に相手の意表をついて面白くするのも、管理のセンス、ってもんだ。
さっきのねーちゃん先生も最初に意表をついたところだけはマシだったんだがな……そこからがダメだ」
トニーは真面目そうな顔をして三人にそう言った。
「……今回の店長の反応は割と良かった。理由はわかるか?」
突然の質問にセスが最初に答える。
「先生の希望に沿える解決策が明示されていたからですか?」
トニーは首を振った。
「そうじゃない。面白くしようとした、からだ。即座に面白いことをしようとするためには相手の心理を読むこと、そして頭を速く回転させてその場で最適な行動を取ることが必要になる。リスク管理にも必要な能力だ。常に考える時間がたっぷりあるとは限らないし、相手があることだからな」
トニーの答えにロビーが「なるほど」と大きな声をあげた。
セスも「そう考えればよかったのですか」と同調している。モリタは少し懐疑的だ。
「さて、話しているうちにコーヒーが来たぞ。ここの店長の特製ブレンドだ。見てくれはケバいねーちゃんだけど、コーヒーは悪くねえ」
トニーがコーヒーを前に説明した。他人をストレートに褒めないのが彼らしい。
三人がコーヒーを口に運ぶ。
確かに味は良いな、とセスは感じた。
セスの印象では、この店のブレンドはかなり苦味が強いが、すっきりしていて目が覚めるような美味さがある。自己主張が明確であるような気がした。
「今日講演してた、ねーちゃん先生のオススメブレンドあたりとは格が違う、ってのがわかるよな?」
トニーの言葉に店長は、
「あら、ねーちゃん先生、って誰よ?」
と聞き返してきた。
トニーがレイカ・メルツのことだと答えると、
「一般向けの大量生産の製品じゃ、うちみたいにはいかないわよ」
と答えた。
モリタは不満そうな顔をしたが、とりあえずうなずいてみせた。
ロビーは、
「そうですね、主張がはっきりしたいい味ですね」
と答えた。比較的彼の好みの味に近いようだ。
セスは、
「シャープで目が覚めるような風味ですね。講演を聴いて疲れた頭がすっきりしました」
と答えた。
店長は「ありがとねっ! カワイイおにーちゃん!」とセスに返した。セスも手を振ってそれに応える。
ただし、セス自身はこの店のコーヒーをレイカ・メルツのオススメブレンドと比較して必ずしも優位だとは思っていなかった。
レイカ・メルツという人は華やかに見えて意外と繊細な人じゃないかな、という印象をセスは持っている。
彼女のオススメブレンドを飲んだときにもそれは感じられた。
どちらかというと地味で柔らかい味だった。ただ、色々な味の要素が絶妙なバランスで調和していてかなり繊細さを感じたのだ。
第一印象なら大衆向けかもしれないが、味わって飲むと意外に奥が深いと感じたのである。毎日飲めて飽きがこないのに、何故か時々新しい発見ができるような、そんな味だった。
しかし、この場でセスはトニーや店長に逆らう愚は犯さなかった。
「あ、そういえばモリタ……」
セスがモリタに声をかけようとしたが、最後まで言い終えることができなかった。
トニーからストップがかかったからだ。
「座学はここまでだ。これから実践の授業に移るぞ」
トニーがそう宣言した。
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