ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第二章

88:監視の目

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「特におかしなことは起きていないようだね。通りを見てみるか……」
 オイゲンが端末の画面との格闘を終え、立ち上がった。
 彼の勤務する治安改革センターの建物にいるのは彼一人だけだ。
 他のセンター員は本社からの命令でこの場を離れている。

 オイゲンは一人だけなのをいいことに、彼が気にかけている者たちに思いを巡らせている。

 彼がOP社に研修に行くと決まってからの一〇日間、秘書のメイはオイゲンが社長室を出ようとするまで必ず残っていた。
 そして、彼が社を出ようとすると荷物を片付け、オイゲンより少しだけ先に社長室を出ていた。
 特にオイゲンがそう命じたわけではないし、彼女に割り当てた業務の量も普段と変わりはない。

 メイには何か指示を出さない限り、メイ自身の判断で業務を遂行してよいとしていたから、彼女が自らの判断で何かをしているのだろう。
 オイゲンが社長に就任した直後、メイはこうしたオイゲンの指示にかなり面食らっていたのだが、最近は慣れてきたのか、自らの判断で動いているように見える。

(最後の方はずいぶん遅くまで仕事をさせちゃったからなぁ、体調を崩していないといいのだけど……)
 復帰してからというもの、メイの労働時間は通常より二割程度多くなっていたから、オイゲンが心配するのも無理はなかった。

 また、ECN社そのものもオイゲンにとっては心配だ。
 「タブーなきエンジニア集団」のメンバーの多くはECN社の出身なのである。
 OP社に敵対する勢力にECN社が荷担していると見られかねない、という懸念はオイゲンにもある。
 後事を託したヘンミは柔軟なタイプのように思えるので、うまくやり過ごしてくれることを期待している。
 役員の協力を得ることはあまり期待できないが、何とか協力者を見つけて対応してもらいたいところだ。
 そうは思っても、彼に打てる手はない。社に残ったメンバーが上手に処理してくれることを祈るのみである。

「ただいま戻りました。イナさん、私の留守中に何かありましたでしょうか?」
 建物に一人のセンター員が入ってきた。通常、ひとつの治安改革センターには三人が詰めているのだが、先程までオイゲンが一人で対応していた。
 本社に呼び出されたうちの一人がセンターに戻ってきたのだ。
 声を聞いてオイゲンは思索を停止し、職務モードに戻る。

「例のビラが投函されていると訴えてきた市民の方が一人いました。自宅周辺の警備を手配済みです」
 戻ってきたセンター員にオイゲンが手短に状況を報告した。

「また例の『タブーなきエンジニア集団』ですか……先ほど本社から注意喚起と指示がありました」
「どのような?」
 オイゲンはセンター員から「タブーなきエンジニア集団」の単語が出たことを聞き逃さなかった。
 本社からの指示ということは、トップであるハドリの意思によって行われたものということになる。すなわちハドリが「タブーなきエンジニア集団」を警戒していることを意味する。

「関係者の動きは逐次報告せよ。ただし、社の規定に反する行為がない限りは手出しをするな、ということだそうです。それとビラの内容に関してはいまのところ規定に反してはいない、ということでした」
「ありがとうございます。ビラの件は先ほど警備を手配する際に報告済みなので、これ以上の対応は必要ありませんね」
 オイゲンは平静を装いながら確認した。

 このセンター員はオイゲンがECN社の社長であることに気付いていないように見える。
 気付いているが、オイゲンをけん制するためにあえて気付いてない風を装っている可能性はあるので、オイゲンも尻尾を出さないように気を遣っている。

 名指しで監視せよ、と言われた相手のトップはオイゲンのもと部下なのだ。
 ハドリがオイゲンに対し「おかしな行動をとるなよ」という警告を発しているのは間違いない。
 そう考えると、目の前のセンター員もオイゲンを監視するために送り込まれているのではないかと思えてくる。
 「社の規定に反する行為がない限り手出しをするな」とした理由はいくつか思いつくが、どれが正解なのかはオイゲンにはわからない。

 OP社で業務をするようになってから、ハドリは自ら定めたルールを他者に厳格に守らせることを好む性質だということに気付いた。
 「タブーなきエンジニア集団」への対応については規定どおりだから、単に「ルールを守れ」と念を押しただけの様にも思える。
 だが、オイゲンが目にした「タブーなきエンジニア集団」のビラには、明らかにハドリのやり方に反対する文言が書かれていた。

 ハドリに賛同しない者を彼は敵とみなすようにオイゲンには思われた。
 そして、彼は敵を容赦なく叩き潰すか屈服させるかしていた。
 しかし、今回の指示では「タブーなきエンジニア集団」を屈服させよ、とか叩き潰せ、という内容は含まれていない。
 このままで済むとはオイゲンには到底思えないが、すぐにウォーリーやミヤハラなどの身に危機が迫るという可能性が低そうだと考えるのは甘いだろうか?
 
 (ウォーリーも、社のみんなも、カワナさんも、無事、うまくやってくれよ……)
 オイゲンはそう祈りながら業務を再開したのであった。
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