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第二章
84:取引
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レイカが職業学校からのスカウトを受け入れ、所属している企業へ退職を申し出た当初、会社側の反応は彼女や職業学校にとって、非常に悪いものだった。
予測されてはいたが、実際の反応を目の当たりにすると、レイカの決意も揺らぎそうになる。
しかし、職業学校には微塵も諦める気がなかった。
職業学校は理事長自らレイカの会社との交渉を持ちたいと申し出たのだ。
職業学校のトップが自ら交渉のテーブルに着く、ということにレイカの会社は騒然となった。
というのも、レイカの会社は主に彼女のおかげで知名度こそ高めていたものの、業界の中では中堅どころの一社に過ぎなかったからだ。
一方で職業学校のトップといえばOP社やECN社ほどではないものの、二社に次ぐレベルの巨大組織であり、その社会的地位も高い。とてもではないが、対等な立場で交渉できる相手ではない。
少なくともつまらない意地を張って交渉を拒否できる状況ではないと会社の上層部は判断した。
レイカの会社が慌てた理由はそれだけではなかった。
職業学校側はレイカを引き抜く代わりに、学校がポータル・シティに保有していた倉庫を無償で譲渡するという条件を提示したのだった。
これは異例である。
職業学校が教官として企業の現職の従業員を引き抜く際に、引き抜かれる企業に物的・金銭的補償を行うケースはごくまれであった。
補償を行う際は人的補償が原則だ。これは職業学校が主に企業や団体からの寄付で成り立っていることに起因している。こうして集めた資金を人材育成以外のことに使うのは目的外利用につながりかねない。
レイカの会社は購入した食材を保存する倉庫に多額の賃料を払っていた。そして、この賃料が会社に多大な負担を強いていたのだ。
会社側は冷静に損得を計算し、レイカの放出によるマイナスよりも倉庫の賃料がなくなる方が有利と判断した。
職業学校の社会的な位置づけを考えれば、そう判断せざるを得なかった。実際に条件としては悪くない。
レイカが残留した場合に今後会社にもたらす利益が読み切れない。
一方で職業学校の理事長からの申し出を断ったことが知れれば、会社は相当なダメージを受けることが考えられる。
結果、会社はレイカの上司に譲歩を命じたのである。
これは職業学校にとっても悪い条件ではない。もともと、学校のあるチクハ・タウンとポータル・シティはかなり距離が離れている。
交通機関が脆弱で物流コストの恐ろしく高いエクザロームにおいて、学校が離れた土地に倉庫を持つメリットなどほとんどない。むしろ経営を圧迫する要因として、資金を拠出している企業から指摘を受けているものであった。
この倉庫はとある企業から学校に寄贈されたものなのだが、学校としても使い道がなく正直なところもてあましていたのである。
勝手に手放すのは寄贈した企業に対して礼を欠く行動ととられかねない。
しかし、優秀な人材を教官として登用するために活用したということであれば、寄贈した企業に対しても最低限の筋を通すことはできる。
このような状況であったため、むしろ倉庫を手放すことは、寄付をしている企業や団体などからも歓迎すべき行動である。
これで話は決まった。レイカは高級食材商社を辞め、職業学校の教官に転身することとなったのだ。
職業学校が所属企業に提示した条件が良かったこともあり、レイカの「引継ぎは無事に済みそうだ」という言葉もあながち嘘ではなくなっていた。
ただ、「職場の皆が歓迎した」という部分にはかなりの嘘が含まれていた。
辞めることが決まってから、かつてのチームの仲間など何人かの人からは「なぜ一人だけ職業学校へ行くのか」と責められていたのである。
彼女も何人かには教官付のスタッフとして来てもらえないか、という話もしたのだがその提案はすべて断られてしまっていた。
年少の彼女の下で、それも彼女の付録として職業学校に移るとあっては、各人の矜持から到底受け入れられるものではなかった。
「就任記念講演を実施しますが、これは四月一日、着任当日ということでよろしいか?」
「はい、結構です。可能であれば、私の後で理事長先生に講演をお願いできれば、と思います。若輩者の講演だけでは聴きに来られる方が不満でしょうから」
こういうところ、レイカは要領がよい。
自分の後に上職者の講演を入れることで、上職者を立てる、ということは計算済みなのだ。
しかし、彼女は上職者に対して点数稼ぎをしたい訳ではなかった。上職者を差し置いて、自分が主役となってしまっては、上職者側が面白くないだろう、と配慮した結果なのである。
理事長はレイカと異なりマーケティングを専門としていない。講演の内容で正面きって競争する必要がないことも、レイカは考慮していた。
「……メルツ先生お一人で十分だと思いますが、考えておきます」
こうして、レイカ・メルツはLH四九年四月一日から職業学校の教官として勤務することとなった。
この時点で、セス、ロビー、モリタはこのことを知らなかったが、モリタがこのことを知ったら狂喜乱舞したかもしれない。
予測されてはいたが、実際の反応を目の当たりにすると、レイカの決意も揺らぎそうになる。
しかし、職業学校には微塵も諦める気がなかった。
職業学校は理事長自らレイカの会社との交渉を持ちたいと申し出たのだ。
職業学校のトップが自ら交渉のテーブルに着く、ということにレイカの会社は騒然となった。
というのも、レイカの会社は主に彼女のおかげで知名度こそ高めていたものの、業界の中では中堅どころの一社に過ぎなかったからだ。
一方で職業学校のトップといえばOP社やECN社ほどではないものの、二社に次ぐレベルの巨大組織であり、その社会的地位も高い。とてもではないが、対等な立場で交渉できる相手ではない。
少なくともつまらない意地を張って交渉を拒否できる状況ではないと会社の上層部は判断した。
レイカの会社が慌てた理由はそれだけではなかった。
職業学校側はレイカを引き抜く代わりに、学校がポータル・シティに保有していた倉庫を無償で譲渡するという条件を提示したのだった。
これは異例である。
職業学校が教官として企業の現職の従業員を引き抜く際に、引き抜かれる企業に物的・金銭的補償を行うケースはごくまれであった。
補償を行う際は人的補償が原則だ。これは職業学校が主に企業や団体からの寄付で成り立っていることに起因している。こうして集めた資金を人材育成以外のことに使うのは目的外利用につながりかねない。
レイカの会社は購入した食材を保存する倉庫に多額の賃料を払っていた。そして、この賃料が会社に多大な負担を強いていたのだ。
会社側は冷静に損得を計算し、レイカの放出によるマイナスよりも倉庫の賃料がなくなる方が有利と判断した。
職業学校の社会的な位置づけを考えれば、そう判断せざるを得なかった。実際に条件としては悪くない。
レイカが残留した場合に今後会社にもたらす利益が読み切れない。
一方で職業学校の理事長からの申し出を断ったことが知れれば、会社は相当なダメージを受けることが考えられる。
結果、会社はレイカの上司に譲歩を命じたのである。
これは職業学校にとっても悪い条件ではない。もともと、学校のあるチクハ・タウンとポータル・シティはかなり距離が離れている。
交通機関が脆弱で物流コストの恐ろしく高いエクザロームにおいて、学校が離れた土地に倉庫を持つメリットなどほとんどない。むしろ経営を圧迫する要因として、資金を拠出している企業から指摘を受けているものであった。
この倉庫はとある企業から学校に寄贈されたものなのだが、学校としても使い道がなく正直なところもてあましていたのである。
勝手に手放すのは寄贈した企業に対して礼を欠く行動ととられかねない。
しかし、優秀な人材を教官として登用するために活用したということであれば、寄贈した企業に対しても最低限の筋を通すことはできる。
このような状況であったため、むしろ倉庫を手放すことは、寄付をしている企業や団体などからも歓迎すべき行動である。
これで話は決まった。レイカは高級食材商社を辞め、職業学校の教官に転身することとなったのだ。
職業学校が所属企業に提示した条件が良かったこともあり、レイカの「引継ぎは無事に済みそうだ」という言葉もあながち嘘ではなくなっていた。
ただ、「職場の皆が歓迎した」という部分にはかなりの嘘が含まれていた。
辞めることが決まってから、かつてのチームの仲間など何人かの人からは「なぜ一人だけ職業学校へ行くのか」と責められていたのである。
彼女も何人かには教官付のスタッフとして来てもらえないか、という話もしたのだがその提案はすべて断られてしまっていた。
年少の彼女の下で、それも彼女の付録として職業学校に移るとあっては、各人の矜持から到底受け入れられるものではなかった。
「就任記念講演を実施しますが、これは四月一日、着任当日ということでよろしいか?」
「はい、結構です。可能であれば、私の後で理事長先生に講演をお願いできれば、と思います。若輩者の講演だけでは聴きに来られる方が不満でしょうから」
こういうところ、レイカは要領がよい。
自分の後に上職者の講演を入れることで、上職者を立てる、ということは計算済みなのだ。
しかし、彼女は上職者に対して点数稼ぎをしたい訳ではなかった。上職者を差し置いて、自分が主役となってしまっては、上職者側が面白くないだろう、と配慮した結果なのである。
理事長はレイカと異なりマーケティングを専門としていない。講演の内容で正面きって競争する必要がないことも、レイカは考慮していた。
「……メルツ先生お一人で十分だと思いますが、考えておきます」
こうして、レイカ・メルツはLH四九年四月一日から職業学校の教官として勤務することとなった。
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