86 / 436
第二章
83:スカウトのち苦悩。そして決断
しおりを挟む
職業学校からのスカウトにレイカは迷った。
会社は一時の苦境を脱しつつあったが、好調とはとてもいえる状況にない。周りの社員もかなり忙しく働いている。
こうした状況で彼女が職場を離れるとなると、周囲の視線が気になる。
また、彼女にとって仕事をしているチームを離れて一人で新天地へ行く、ということは大いに不安であった。
彼女の職場は商品ブランドごとにチームを組んで仕入から販売を行うシステムである。
(私一人で職業学校の教官などできるのだろうか。一緒に仕事をしてくれる人がいないと……
それにうまくできなかったらどうするのだろう?)
言動のイメージから落ち着いて見られるものの、レイカ自身当時まだ二四歳だ。
彼女には社会に出て四年弱の経験しかなかった。いろいろ不安も多いのである。
単に職業学校の教官という職に興味がないとか嫌いであるならば彼女自身迷うことはなかっただろう。しかし、彼女にはこの仕事をやってみたいという気持ちもあった。
何といっても職業学校の教官になるのは、多くの職業人の夢であるともいえるのだ。
その舞台に自分が立つ……
多くの学生から羨望の眼差しを受けながら講義する自分がレイカの脳裏に浮かんでくる。
そして、多くの職員や学生に囲まれながらキャンパスを歩くシーンへと変わる。
一方で社内の他のマーケターなどからやっかみの目で見られ、陰口を叩かれる様も浮かんできた。何故か思い浮かぶのは女性マーケターばかりだ。
(若さと見てくれで売れているだけなのに)
(ちょっとチヤホヤされているからって、いい気になっちゃって)
陰口を叩かれるのはある程度仕方のないことだとは思っているが、そう思ったところで慣れるものでもない。
だが、職業学校に転じようと転じまいと、蔭口からは逃れられないだろう。
ならば、行動を起こした方が良いかな、とレイカは考えている。
彼女が職業学校の教官に転じてみたい理由は他にもある。
職業学校の教官には通常、数名の職員と秘書がつく。講義や研究以外の雑用は彼らが処理するのが一般的だ。
実はレイカ自身、あまり雑用のような仕事は好きではない。
以前はチームの社員などが雑用を「積極的に」引き受けてくれるので、それに甘えていた部分がある。
しかし、業績が悪化してからそういった社員なども余裕がなくなってきたので、レイカとしても自分で雑用をしなければならなくなったのである。これが彼女には不満だった。
また、慣れが出てきた部分があるせいか、現在の仕事に飽きかけていたのも事実である。
(スカウトされたのを知られたらチームや会社のみんなは何て思うだろうな……
困ったな……)
そう考えつつもそうなった状況を想像して、悪くないな、と思う彼女である。
幸か不幸か、この時点ではスカウト自体が非公式なものであり、職場の者にスカウトの事実を知られることはなかった。
半年以上、彼女はスカウトの話を受けるかどうか迷い続けていた。
その一方で職業学校のスカウト活動も執拗だった。職業学校にもレイカのスカウトに執拗になる原因があったのだ。
職業学校は多くの企業に優秀な人材を送り込んでいた。それらの企業から女性と若手の活用の努力が足りない、という指摘を受けていたのである。
職業学校は企業からの寄付で運営されている。スポンサーとなる企業からの声は受け入れざるを得なかった。トニー・シヴァが新設学科の教官として採用されたのも若手の抜擢、という面があったのは否めない。
女性の活用、という点で白羽の矢が立ったのがレイカ・メルツだった。知名度がある上、年齢も若い。マーケターとしての実績もある。
そして、彼女は職業学校のマーケティング専攻・五年制特別コースを優秀な成績で卒業していた。
学校としては自校のOB・OGに来てもらえるほうがありがたい。OB・OGが社会で活躍して教官として戻ってくる、というのは学校にとって最大級の宣伝にもなるのだ。
おまけに今の彼女の年齢であれば、最年少の教官ということになりニュース性もある。スポンサーに対するアピールとしてはこれ以上ない素材なのだ。
そんな中、レイカが体調を崩して病院に担ぎ込まれるという出来事が起こった。
過労によるもので重大性は無いとのことであったが、大事をとって二週間ほど休養を取ることになった。
入院時は彼女の母が付き添っていたのだが、このとき母親はレイカに仕事を替えるよう勧めた。レイカの身体を気遣ったのである。
そのとき、レイカは頑として今の仕事を続けると譲らなかった。
しかし、休養からの復帰後、彼女は現在の仕事に大きな不安を持つようになった。
医師からの指示で、当分の間は勤務時間を短くすることとなった。
短い時間で成果を出そうとレイカは必死になったが、思うように新しい商品をプロデュースできなかった。
相変わらず彼女がプロデュースした商品は爆発的に売れていたものの、プロデュースする商品そのものの数が減っていたのである。
会社は彼女を気遣ってそっとしておいたのだが、これが裏目に出てしまった。
早く以前のペースで仕事をするようにならないと、と彼女は焦燥感に駆られた。
知人や友人を当たり新商品の探索を手伝ってもらったのだが、彼女の望むようなものは得られなかった。
ここで彼女は母の言葉を思い出す。
「身体を壊す前に、仕事を替わっちゃいなさいよ。身体を壊してからでは、したいこともできなくなるよ」
(そうだね……今の仕事を辞めて、次の仕事を考えた方がいいよね……)
彼女は決意した。職業学校のスカウトを受けることにしたのである。
上司に退職を申し出たところ、強硬な引き止めにあった。そこで決意が揺らぎそうにもなったのだが、結局は上司が折れたのだった。
会社は一時の苦境を脱しつつあったが、好調とはとてもいえる状況にない。周りの社員もかなり忙しく働いている。
こうした状況で彼女が職場を離れるとなると、周囲の視線が気になる。
また、彼女にとって仕事をしているチームを離れて一人で新天地へ行く、ということは大いに不安であった。
彼女の職場は商品ブランドごとにチームを組んで仕入から販売を行うシステムである。
(私一人で職業学校の教官などできるのだろうか。一緒に仕事をしてくれる人がいないと……
それにうまくできなかったらどうするのだろう?)
言動のイメージから落ち着いて見られるものの、レイカ自身当時まだ二四歳だ。
彼女には社会に出て四年弱の経験しかなかった。いろいろ不安も多いのである。
単に職業学校の教官という職に興味がないとか嫌いであるならば彼女自身迷うことはなかっただろう。しかし、彼女にはこの仕事をやってみたいという気持ちもあった。
何といっても職業学校の教官になるのは、多くの職業人の夢であるともいえるのだ。
その舞台に自分が立つ……
多くの学生から羨望の眼差しを受けながら講義する自分がレイカの脳裏に浮かんでくる。
そして、多くの職員や学生に囲まれながらキャンパスを歩くシーンへと変わる。
一方で社内の他のマーケターなどからやっかみの目で見られ、陰口を叩かれる様も浮かんできた。何故か思い浮かぶのは女性マーケターばかりだ。
(若さと見てくれで売れているだけなのに)
(ちょっとチヤホヤされているからって、いい気になっちゃって)
陰口を叩かれるのはある程度仕方のないことだとは思っているが、そう思ったところで慣れるものでもない。
だが、職業学校に転じようと転じまいと、蔭口からは逃れられないだろう。
ならば、行動を起こした方が良いかな、とレイカは考えている。
彼女が職業学校の教官に転じてみたい理由は他にもある。
職業学校の教官には通常、数名の職員と秘書がつく。講義や研究以外の雑用は彼らが処理するのが一般的だ。
実はレイカ自身、あまり雑用のような仕事は好きではない。
以前はチームの社員などが雑用を「積極的に」引き受けてくれるので、それに甘えていた部分がある。
しかし、業績が悪化してからそういった社員なども余裕がなくなってきたので、レイカとしても自分で雑用をしなければならなくなったのである。これが彼女には不満だった。
また、慣れが出てきた部分があるせいか、現在の仕事に飽きかけていたのも事実である。
(スカウトされたのを知られたらチームや会社のみんなは何て思うだろうな……
困ったな……)
そう考えつつもそうなった状況を想像して、悪くないな、と思う彼女である。
幸か不幸か、この時点ではスカウト自体が非公式なものであり、職場の者にスカウトの事実を知られることはなかった。
半年以上、彼女はスカウトの話を受けるかどうか迷い続けていた。
その一方で職業学校のスカウト活動も執拗だった。職業学校にもレイカのスカウトに執拗になる原因があったのだ。
職業学校は多くの企業に優秀な人材を送り込んでいた。それらの企業から女性と若手の活用の努力が足りない、という指摘を受けていたのである。
職業学校は企業からの寄付で運営されている。スポンサーとなる企業からの声は受け入れざるを得なかった。トニー・シヴァが新設学科の教官として採用されたのも若手の抜擢、という面があったのは否めない。
女性の活用、という点で白羽の矢が立ったのがレイカ・メルツだった。知名度がある上、年齢も若い。マーケターとしての実績もある。
そして、彼女は職業学校のマーケティング専攻・五年制特別コースを優秀な成績で卒業していた。
学校としては自校のOB・OGに来てもらえるほうがありがたい。OB・OGが社会で活躍して教官として戻ってくる、というのは学校にとって最大級の宣伝にもなるのだ。
おまけに今の彼女の年齢であれば、最年少の教官ということになりニュース性もある。スポンサーに対するアピールとしてはこれ以上ない素材なのだ。
そんな中、レイカが体調を崩して病院に担ぎ込まれるという出来事が起こった。
過労によるもので重大性は無いとのことであったが、大事をとって二週間ほど休養を取ることになった。
入院時は彼女の母が付き添っていたのだが、このとき母親はレイカに仕事を替えるよう勧めた。レイカの身体を気遣ったのである。
そのとき、レイカは頑として今の仕事を続けると譲らなかった。
しかし、休養からの復帰後、彼女は現在の仕事に大きな不安を持つようになった。
医師からの指示で、当分の間は勤務時間を短くすることとなった。
短い時間で成果を出そうとレイカは必死になったが、思うように新しい商品をプロデュースできなかった。
相変わらず彼女がプロデュースした商品は爆発的に売れていたものの、プロデュースする商品そのものの数が減っていたのである。
会社は彼女を気遣ってそっとしておいたのだが、これが裏目に出てしまった。
早く以前のペースで仕事をするようにならないと、と彼女は焦燥感に駆られた。
知人や友人を当たり新商品の探索を手伝ってもらったのだが、彼女の望むようなものは得られなかった。
ここで彼女は母の言葉を思い出す。
「身体を壊す前に、仕事を替わっちゃいなさいよ。身体を壊してからでは、したいこともできなくなるよ」
(そうだね……今の仕事を辞めて、次の仕事を考えた方がいいよね……)
彼女は決意した。職業学校のスカウトを受けることにしたのである。
上司に退職を申し出たところ、強硬な引き止めにあった。そこで決意が揺らぎそうにもなったのだが、結局は上司が折れたのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる