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第二章

83:スカウトのち苦悩。そして決断

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 職業学校からのスカウトにレイカは迷った。

 会社は一時の苦境を脱しつつあったが、好調とはとてもいえる状況にない。周りの社員もかなり忙しく働いている。
 こうした状況で彼女が職場を離れるとなると、周囲の視線が気になる。

 また、彼女にとって仕事をしているチームを離れて一人で新天地へ行く、ということは大いに不安であった。
 彼女の職場は商品ブランドごとにチームを組んで仕入から販売を行うシステムである。
 (私一人で職業学校の教官などできるのだろうか。一緒に仕事をしてくれる人がいないと……
 それにうまくできなかったらどうするのだろう?)

 言動のイメージから落ち着いて見られるものの、レイカ自身当時まだ二四歳だ。
彼女には社会に出て四年弱の経験しかなかった。いろいろ不安も多いのである。
 
 単に職業学校の教官という職に興味がないとか嫌いであるならば彼女自身迷うことはなかっただろう。しかし、彼女にはこの仕事をやってみたいという気持ちもあった。
 何といっても職業学校の教官になるのは、多くの職業人の夢であるともいえるのだ。

 その舞台に自分が立つ……
 多くの学生から羨望の眼差しを受けながら講義する自分がレイカの脳裏に浮かんでくる。
 そして、多くの職員や学生に囲まれながらキャンパスを歩くシーンへと変わる。

 一方で社内の他のマーケターなどからやっかみの目で見られ、陰口を叩かれる様も浮かんできた。何故か思い浮かぶのは女性マーケターばかりだ。
 (若さと見てくれで売れているだけなのに)
 (ちょっとチヤホヤされているからって、いい気になっちゃって)

 陰口を叩かれるのはある程度仕方のないことだとは思っているが、そう思ったところで慣れるものでもない。
 だが、職業学校に転じようと転じまいと、蔭口からは逃れられないだろう。
 ならば、行動を起こした方が良いかな、とレイカは考えている。

 彼女が職業学校の教官に転じてみたい理由は他にもある。

 職業学校の教官には通常、数名の職員と秘書がつく。講義や研究以外の雑用は彼らが処理するのが一般的だ。
 実はレイカ自身、あまり雑用のような仕事は好きではない。
 以前はチームの社員などが雑用を「積極的に」引き受けてくれるので、それに甘えていた部分がある。

 しかし、業績が悪化してからそういった社員なども余裕がなくなってきたので、レイカとしても自分で雑用をしなければならなくなったのである。これが彼女には不満だった。

 また、慣れが出てきた部分があるせいか、現在の仕事に飽きかけていたのも事実である。

 (スカウトされたのを知られたらチームや会社のみんなは何て思うだろうな……
 困ったな……)

 そう考えつつもそうなった状況を想像して、悪くないな、と思う彼女である。
 幸か不幸か、この時点ではスカウト自体が非公式なものであり、職場の者にスカウトの事実を知られることはなかった。

 半年以上、彼女はスカウトの話を受けるかどうか迷い続けていた。
 その一方で職業学校のスカウト活動も執拗だった。職業学校にもレイカのスカウトに執拗になる原因があったのだ。

 職業学校は多くの企業に優秀な人材を送り込んでいた。それらの企業から女性と若手の活用の努力が足りない、という指摘を受けていたのである。

 職業学校は企業からの寄付で運営されている。スポンサーとなる企業からの声は受け入れざるを得なかった。トニー・シヴァが新設学科の教官として採用されたのも若手の抜擢、という面があったのは否めない。

 女性の活用、という点で白羽の矢が立ったのがレイカ・メルツだった。知名度がある上、年齢も若い。マーケターとしての実績もある。
 そして、彼女は職業学校のマーケティング専攻・五年制特別コースを優秀な成績で卒業していた。
 学校としては自校のOB・OGに来てもらえるほうがありがたい。OB・OGが社会で活躍して教官として戻ってくる、というのは学校にとって最大級の宣伝にもなるのだ。
 おまけに今の彼女の年齢であれば、最年少の教官ということになりニュース性もある。スポンサーに対するアピールとしてはこれ以上ない素材なのだ。

 そんな中、レイカが体調を崩して病院に担ぎ込まれるという出来事が起こった。
 過労によるもので重大性は無いとのことであったが、大事をとって二週間ほど休養を取ることになった。
 入院時は彼女の母が付き添っていたのだが、このとき母親はレイカに仕事を替えるよう勧めた。レイカの身体を気遣ったのである。
 そのとき、レイカは頑として今の仕事を続けると譲らなかった。
 しかし、休養からの復帰後、彼女は現在の仕事に大きな不安を持つようになった。

 医師からの指示で、当分の間は勤務時間を短くすることとなった。
 短い時間で成果を出そうとレイカは必死になったが、思うように新しい商品をプロデュースできなかった。
 相変わらず彼女がプロデュースした商品は爆発的に売れていたものの、プロデュースする商品そのものの数が減っていたのである。

 会社は彼女を気遣ってそっとしておいたのだが、これが裏目に出てしまった。
 早く以前のペースで仕事をするようにならないと、と彼女は焦燥感に駆られた。
 知人や友人を当たり新商品の探索を手伝ってもらったのだが、彼女の望むようなものは得られなかった。

 ここで彼女は母の言葉を思い出す。
「身体を壊す前に、仕事を替わっちゃいなさいよ。身体を壊してからでは、したいこともできなくなるよ」
 (そうだね……今の仕事を辞めて、次の仕事を考えた方がいいよね……)

 彼女は決意した。職業学校のスカウトを受けることにしたのである。
 上司に退職を申し出たところ、強硬な引き止めにあった。そこで決意が揺らぎそうにもなったのだが、結局は上司が折れたのだった。
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