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第二章
82:もう一人の新任教官
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オイゲンがOP社に向けて出立したのと同じ頃、チクハ・タウンにある職業学校では、新任の教官と理事長との間で打ち合わせが行われていた。
「それでは先生、契約は四月一日から、ということでよろしいでしょうか?」
「わかりました」
先生、と呼ばれた方は呼んだ方よりもかなり年下だった。
理事長は初老の男性であったが、新任の教官は彼の子供かそれよりも年下ではないか、と思われる女性であった。
彼女は明るい色のパンツスタイルスーツを着ており、その首には赤いスカーフが巻かれていた。
「それで現在のお仕事の方ですが、引継などは問題ありませんか?」
理事長が女性に問うた。彼女は、
「無事に済むと思います。ニ〇日付けで現職の契約は解除になります」
と答えた。
女性の名はレイカ・メルツ。現職はポータル・シティに本社を持つ高級食材商社ジューリックス社のマーケターである。
「しかし、二〇日に新商品発表会をやられてそのまま退職というのは……問題になりませんでしたか?」
理事長が心配そうにレイカに問うた。
「いえ、職場の皆様も職業学校の教官なら、と歓迎してくれました」
職業学校の教官はエクザロームではステータスの高い職業である。
職業学校の教官を輩出するのは、エクザロームの多くの企業にとって名誉なことなのだ。
職業学校に教官を輩出していることは、企業の人材が優秀であることを示すひとつのバロメータになるからである。
レイカに対する職業学校からのスカウトは一年近くにも及んでいた。
職業学校の教官にスカウトされることは名誉なことであるが、レイカとしては職場の目が気になった。
彼女の職場には女性が多い。マーケターの多くは女性であり、そのほとんどが彼女より年上なのだ。
(私が選ばれることで、職場の人たちから反感を買わないだろうか。ここの人たち、特に競争の激しいところにいる女性はそういうのに厳しそうだからなぁ……)
レイカも女性なのだが、何故か男性の方が接しやすいと感じていた。
ここでのマーケターの仕事はある意味人気商売でもある。
職場の同僚もライバルであり、競合他社だけではなく会社の中でも競争が激しい。
それでも彼女の職場は同業他社と比較して和やかな雰囲気の方だったのだが。
そういう中で彼女は走り続けた。定時で仕事を切り上げ、自宅に仕事を持ち帰っては遅くまで働いた。
遅くまで社に残って残業する、というのは彼女にとってスマートではなかった。彼女はスマートな仕事の仕方にこだわった。
彼女の所属する会社ではマーケターに人気がある分野は菓子や紅茶の分野だった。
しかし、彼女は社内では不人気でどちらかというと傍流である酒類とコーヒーの商品企画担当を選んだので、他のマーケター達は訝しがったものだった。
「どうせ続かないだろう」という声を受けながらも、どのようにヒットさせるか模索を続けた。
そんな彼女の仕事が陽の目を見るようになるまでにそれほど時間はかからなかった。
いつしか彼女のプロデュースする商品は彼女の洗練された外見も相まって「美人マーケターがプロデュースする商品」としてヒットを連発するようになった。
レイカ本人は発掘した商品そのものよりも彼女自身が注目される事態に納得していなかったのではあるが。
もともと誰も注目していなかったような無名商品を掘り起こす能力には社内でも定評のあった彼女である。一度ヒットを飛ばしてしまえば、軌道に乗るまで時間はかからなかった。
注目度が高まるにつれて、彼女に対するマスコミの接触が増えてきた。
会社は彼女を積極的に売り出した。自社商品の宣伝になるからだ。
ちょうど戦略上のミスから会社の業績が著しく悪化していた時期だったこともあり、経営陣は彼女に社の命運を託したのである。
マスコミに露出する彼女は生き生きしていた。希少性を訴えてもよいくらいの美貌の上に、ウィットに富んだ会話ができるとあっては、視聴者も放っておく訳がなかった。
また、どこか慎ましやかで差し出がましい言動をしないことも彼女が好感を持たれていた要因だったかもしれない。
特に競合他社やライバルとなるマーケターに批判的なことを一切言わず、徹底して褒める姿勢が評価されていた。
そして、彼女自身については「チームに恵まれましたので、実はこのような後押しがありまして~」という調子である。良い意味で「控えめで目立ちすぎない」のである。
彼女がプロデュースする商品説明会は一般人が入場することができないにも関わらず、彼女の姿を一目見ようと熱心なファンが詰め掛るようになった。
この頃から彼女は、自分の仕事について悩むようになる。
もともと、がむしゃらに仕事で走り続けたかった訳ではない。誰も知らないような品物を探し出して、それを楽しむのは彼女の趣味だった。
この会社を選んだのも趣味を仕事にできること、そして同業他社と比較して、和気藹々とした雰囲気だったという理由なのだ。
それが今や本来のマーケターとしての仕事のほかに取材やテレビ出演、CMへの出演などが頻繁に入るようになり、段々とプライベートを楽しむことができなくなっていった。
(これ以上やったら……仕事に殺されてしまうかも)
いつしか彼女はそう思いつめるようになっていた。
また、目立つことによる妬み嫉みの類も気にかかる。
レイカの会社で彼女の扱うコーヒーや酒類といった商品のステータスは必ずしも高くない。
そうした商品を取り扱うマーケターが、花形ともいえる職業学校の教官の任に就くとあっては、妬まれない方が不思議だ、と彼女は思う。
しかし、彼女が人前で辛い素振りを見せることは無かった。家族の前で心情を吐露することはあったのだが。
幸い、彼女は祖父母と両親、そして結婚した兄夫婦と一緒に暮らしていたので、家の中での相談相手には恵まれていた。
職業学校から最初にスカウトの話があったのはこの頃である。
「それでは先生、契約は四月一日から、ということでよろしいでしょうか?」
「わかりました」
先生、と呼ばれた方は呼んだ方よりもかなり年下だった。
理事長は初老の男性であったが、新任の教官は彼の子供かそれよりも年下ではないか、と思われる女性であった。
彼女は明るい色のパンツスタイルスーツを着ており、その首には赤いスカーフが巻かれていた。
「それで現在のお仕事の方ですが、引継などは問題ありませんか?」
理事長が女性に問うた。彼女は、
「無事に済むと思います。ニ〇日付けで現職の契約は解除になります」
と答えた。
女性の名はレイカ・メルツ。現職はポータル・シティに本社を持つ高級食材商社ジューリックス社のマーケターである。
「しかし、二〇日に新商品発表会をやられてそのまま退職というのは……問題になりませんでしたか?」
理事長が心配そうにレイカに問うた。
「いえ、職場の皆様も職業学校の教官なら、と歓迎してくれました」
職業学校の教官はエクザロームではステータスの高い職業である。
職業学校の教官を輩出するのは、エクザロームの多くの企業にとって名誉なことなのだ。
職業学校に教官を輩出していることは、企業の人材が優秀であることを示すひとつのバロメータになるからである。
レイカに対する職業学校からのスカウトは一年近くにも及んでいた。
職業学校の教官にスカウトされることは名誉なことであるが、レイカとしては職場の目が気になった。
彼女の職場には女性が多い。マーケターの多くは女性であり、そのほとんどが彼女より年上なのだ。
(私が選ばれることで、職場の人たちから反感を買わないだろうか。ここの人たち、特に競争の激しいところにいる女性はそういうのに厳しそうだからなぁ……)
レイカも女性なのだが、何故か男性の方が接しやすいと感じていた。
ここでのマーケターの仕事はある意味人気商売でもある。
職場の同僚もライバルであり、競合他社だけではなく会社の中でも競争が激しい。
それでも彼女の職場は同業他社と比較して和やかな雰囲気の方だったのだが。
そういう中で彼女は走り続けた。定時で仕事を切り上げ、自宅に仕事を持ち帰っては遅くまで働いた。
遅くまで社に残って残業する、というのは彼女にとってスマートではなかった。彼女はスマートな仕事の仕方にこだわった。
彼女の所属する会社ではマーケターに人気がある分野は菓子や紅茶の分野だった。
しかし、彼女は社内では不人気でどちらかというと傍流である酒類とコーヒーの商品企画担当を選んだので、他のマーケター達は訝しがったものだった。
「どうせ続かないだろう」という声を受けながらも、どのようにヒットさせるか模索を続けた。
そんな彼女の仕事が陽の目を見るようになるまでにそれほど時間はかからなかった。
いつしか彼女のプロデュースする商品は彼女の洗練された外見も相まって「美人マーケターがプロデュースする商品」としてヒットを連発するようになった。
レイカ本人は発掘した商品そのものよりも彼女自身が注目される事態に納得していなかったのではあるが。
もともと誰も注目していなかったような無名商品を掘り起こす能力には社内でも定評のあった彼女である。一度ヒットを飛ばしてしまえば、軌道に乗るまで時間はかからなかった。
注目度が高まるにつれて、彼女に対するマスコミの接触が増えてきた。
会社は彼女を積極的に売り出した。自社商品の宣伝になるからだ。
ちょうど戦略上のミスから会社の業績が著しく悪化していた時期だったこともあり、経営陣は彼女に社の命運を託したのである。
マスコミに露出する彼女は生き生きしていた。希少性を訴えてもよいくらいの美貌の上に、ウィットに富んだ会話ができるとあっては、視聴者も放っておく訳がなかった。
また、どこか慎ましやかで差し出がましい言動をしないことも彼女が好感を持たれていた要因だったかもしれない。
特に競合他社やライバルとなるマーケターに批判的なことを一切言わず、徹底して褒める姿勢が評価されていた。
そして、彼女自身については「チームに恵まれましたので、実はこのような後押しがありまして~」という調子である。良い意味で「控えめで目立ちすぎない」のである。
彼女がプロデュースする商品説明会は一般人が入場することができないにも関わらず、彼女の姿を一目見ようと熱心なファンが詰め掛るようになった。
この頃から彼女は、自分の仕事について悩むようになる。
もともと、がむしゃらに仕事で走り続けたかった訳ではない。誰も知らないような品物を探し出して、それを楽しむのは彼女の趣味だった。
この会社を選んだのも趣味を仕事にできること、そして同業他社と比較して、和気藹々とした雰囲気だったという理由なのだ。
それが今や本来のマーケターとしての仕事のほかに取材やテレビ出演、CMへの出演などが頻繁に入るようになり、段々とプライベートを楽しむことができなくなっていった。
(これ以上やったら……仕事に殺されてしまうかも)
いつしか彼女はそう思いつめるようになっていた。
また、目立つことによる妬み嫉みの類も気にかかる。
レイカの会社で彼女の扱うコーヒーや酒類といった商品のステータスは必ずしも高くない。
そうした商品を取り扱うマーケターが、花形ともいえる職業学校の教官の任に就くとあっては、妬まれない方が不思議だ、と彼女は思う。
しかし、彼女が人前で辛い素振りを見せることは無かった。家族の前で心情を吐露することはあったのだが。
幸い、彼女は祖父母と両親、そして結婚した兄夫婦と一緒に暮らしていたので、家の中での相談相手には恵まれていた。
職業学校から最初にスカウトの話があったのはこの頃である。
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