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第二章
81:オイゲン、ECN社を離れる
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「では、行ってきます。皆さん、ヘンミさん、キノシタさん、留守をお願いします」
LH四九年二月一六日、オイゲンは会議室で彼の不在の間代表を代行するテツヤ・ヘンミ、その補佐を担当するタツシ・キノシタ、そしてECN社の役員と総務の上級チームマネージャーの前で出発の挨拶をした。
オイゲン本人はヘンミとキノシタだけに挨拶すればよいかと思っていたのだが、役員たちはそれを許さなかった。
社の最高責任者が長期間持ち場を離れるのだから、後を任される役員達に挨拶くらいして行け、という理屈だ。
ここでごねることが意味のある行動だとは思えなかったし、それで役員達が納得するのであれば、ということでオイゲンが折れた。
そこで急遽、役員が集められたのだ。
キノシタを除く会議室に集まったメンバーがオイゲンの荷物の少なさに驚く。
彼は辛うじて三、四日の出張に耐える程度の小さな鞄ひとつで出立しようとしているのだ。
「社長、いくら何でも六ヶ月の出張にその荷物はどうかと……」
見かねた役員の一人が忠告するが、オイゲンは意に介さない。
「まあ、そうだけど場所がポータルだからね。足りないものは現地で調達できるので、大丈夫でしょう」
そう言われれば、役員としてもそれ以上追及する気にはなれない。
役員たちもECN社本社のある都市ハモネスと、OP社本社のある都市ポータル・シティの間は鉄道で二〇分ほどの距離であることも思い出していた。本来なら通勤圏の距離なのだ。それにポータル・シティはエクザローム最大の都市であり、大抵のものは入手可能だ。
役員たちがオイゲンが遠くに行くのだと誤解したのは、OP社がオイゲンの研修期間中、指定した宿泊施設に寝泊まりするよう命じてきたからだ。また、オイゲンが研修以外の用事でポータル・シティを出ることすら許さなかった。
通信で連絡を取ることすら難しくなるかもしれない。
OP社はECN社の通信記録を無条件で閲覧させよと命じていたから、役員達とオイゲンが連絡を取れば、その内容が筒抜けになる可能性が高い。
少なくともOP社に関する件で、オイゲンとやり取りするのは危険があると考えられる。
そうなるとオイゲンは半年間完全にECN社と切り離されることになる。
オイゲンとの物理的な距離は近くとも、役員達がオイゲンを矢面に立たせることが難しくなったのは間違いない。
オイゲン不在の間OP社、というよりもハドリが何を仕掛けてくるのか、ECN社の役員たちは戦々恐々としていた。
研修期間中、何も問題を起こさずにやり過ごしてくれ、というのが彼らの偽らざる本音なのだ。
「あと……秘書はどうされるのですか?」
別の役員が質問を投げかけてきた。
これはメイのことを案じて、というよりも、扱いが難しい彼女の引き取り先が決まっているのかを確認する意図によるものだった。当然、質問した本人は自分のところで引き取るようなことにはなってほしくないと考えている。
この質問にはオイゲンより先に総務のトミシマという女性の上級チームマネージャーが回答する。
ちなみに彼女はオイゲンより一回りほど年上で、比較的オイゲンと仲が良い。
「秘書を同行させるわけにもいかないでしょう。体調を崩していますし、社内の医師と相談して療養休暇を与えています」
「ありがとうございます」
オイゲンが自分の代わりに説明してくれた総務の上級チームマネージャー・トミシマに礼を言った。
これでメイのことについての質問は出なくなった。
質問した側も、自分のところに面倒ごとが降りかからないことがわかったので、これ以上は興味がないのだろう。
オイゲンはあらかじめトミシマに話を通し、メイの扱いについて相談していたのである。
彼女はメイについては特に気にかけていなかったが、オイゲンについては仲間のように感じている。
オイゲンが新入社員としてECN社に入社したとき、直属の上司が彼女だったのだ。
オイゲンは取り立てて優秀ではなかったものの、社長の一人息子であることをかさに着ることはなかった。
また、比較的勤怠がルーズなECN社において、オイゲンは勤怠の点において誰からも非難を受けることが無いほどきちんとしていた。
その点を彼女は評価していたのだ。頼りないことこの上ないが、少なくとも性質の悪い人間ではないと感じていた。
オイゲンが社長を引き継いだとき、彼は表に出ないながらも社員をよく見ているトミシマを総務の上級チームマネージャーに抜擢した。
彼はトミシマの姿勢や能力を高く評価していたのだ。
「早くしないとOP社との約束の時間に遅れますので、失礼します」
オイゲンはそう言って会議室を出た。
OP社の指定した時間に遅れれば、それだけでつけ入る隙を与えかねない。
オイゲンとしては、最大限警戒する必要があった。
それに責任を押し付ける格好になったヘンミやキノシタに対してはともかく、これ以上役員達の相手をしたくないという気持ちもあったのだ。
一方で後に残された者たちは、ヘンミを中心に今後の方策を検討しはじめたのだった。
ほとんど責任を押し付けるだけの役員たちにヘンミは辟易する羽目になったが、今となっては覚悟を決めるしか道は残されていなかった。
LH四九年二月一六日、オイゲンは会議室で彼の不在の間代表を代行するテツヤ・ヘンミ、その補佐を担当するタツシ・キノシタ、そしてECN社の役員と総務の上級チームマネージャーの前で出発の挨拶をした。
オイゲン本人はヘンミとキノシタだけに挨拶すればよいかと思っていたのだが、役員たちはそれを許さなかった。
社の最高責任者が長期間持ち場を離れるのだから、後を任される役員達に挨拶くらいして行け、という理屈だ。
ここでごねることが意味のある行動だとは思えなかったし、それで役員達が納得するのであれば、ということでオイゲンが折れた。
そこで急遽、役員が集められたのだ。
キノシタを除く会議室に集まったメンバーがオイゲンの荷物の少なさに驚く。
彼は辛うじて三、四日の出張に耐える程度の小さな鞄ひとつで出立しようとしているのだ。
「社長、いくら何でも六ヶ月の出張にその荷物はどうかと……」
見かねた役員の一人が忠告するが、オイゲンは意に介さない。
「まあ、そうだけど場所がポータルだからね。足りないものは現地で調達できるので、大丈夫でしょう」
そう言われれば、役員としてもそれ以上追及する気にはなれない。
役員たちもECN社本社のある都市ハモネスと、OP社本社のある都市ポータル・シティの間は鉄道で二〇分ほどの距離であることも思い出していた。本来なら通勤圏の距離なのだ。それにポータル・シティはエクザローム最大の都市であり、大抵のものは入手可能だ。
役員たちがオイゲンが遠くに行くのだと誤解したのは、OP社がオイゲンの研修期間中、指定した宿泊施設に寝泊まりするよう命じてきたからだ。また、オイゲンが研修以外の用事でポータル・シティを出ることすら許さなかった。
通信で連絡を取ることすら難しくなるかもしれない。
OP社はECN社の通信記録を無条件で閲覧させよと命じていたから、役員達とオイゲンが連絡を取れば、その内容が筒抜けになる可能性が高い。
少なくともOP社に関する件で、オイゲンとやり取りするのは危険があると考えられる。
そうなるとオイゲンは半年間完全にECN社と切り離されることになる。
オイゲンとの物理的な距離は近くとも、役員達がオイゲンを矢面に立たせることが難しくなったのは間違いない。
オイゲン不在の間OP社、というよりもハドリが何を仕掛けてくるのか、ECN社の役員たちは戦々恐々としていた。
研修期間中、何も問題を起こさずにやり過ごしてくれ、というのが彼らの偽らざる本音なのだ。
「あと……秘書はどうされるのですか?」
別の役員が質問を投げかけてきた。
これはメイのことを案じて、というよりも、扱いが難しい彼女の引き取り先が決まっているのかを確認する意図によるものだった。当然、質問した本人は自分のところで引き取るようなことにはなってほしくないと考えている。
この質問にはオイゲンより先に総務のトミシマという女性の上級チームマネージャーが回答する。
ちなみに彼女はオイゲンより一回りほど年上で、比較的オイゲンと仲が良い。
「秘書を同行させるわけにもいかないでしょう。体調を崩していますし、社内の医師と相談して療養休暇を与えています」
「ありがとうございます」
オイゲンが自分の代わりに説明してくれた総務の上級チームマネージャー・トミシマに礼を言った。
これでメイのことについての質問は出なくなった。
質問した側も、自分のところに面倒ごとが降りかからないことがわかったので、これ以上は興味がないのだろう。
オイゲンはあらかじめトミシマに話を通し、メイの扱いについて相談していたのである。
彼女はメイについては特に気にかけていなかったが、オイゲンについては仲間のように感じている。
オイゲンが新入社員としてECN社に入社したとき、直属の上司が彼女だったのだ。
オイゲンは取り立てて優秀ではなかったものの、社長の一人息子であることをかさに着ることはなかった。
また、比較的勤怠がルーズなECN社において、オイゲンは勤怠の点において誰からも非難を受けることが無いほどきちんとしていた。
その点を彼女は評価していたのだ。頼りないことこの上ないが、少なくとも性質の悪い人間ではないと感じていた。
オイゲンが社長を引き継いだとき、彼は表に出ないながらも社員をよく見ているトミシマを総務の上級チームマネージャーに抜擢した。
彼はトミシマの姿勢や能力を高く評価していたのだ。
「早くしないとOP社との約束の時間に遅れますので、失礼します」
オイゲンはそう言って会議室を出た。
OP社の指定した時間に遅れれば、それだけでつけ入る隙を与えかねない。
オイゲンとしては、最大限警戒する必要があった。
それに責任を押し付ける格好になったヘンミやキノシタに対してはともかく、これ以上役員達の相手をしたくないという気持ちもあったのだ。
一方で後に残された者たちは、ヘンミを中心に今後の方策を検討しはじめたのだった。
ほとんど責任を押し付けるだけの役員たちにヘンミは辟易する羽目になったが、今となっては覚悟を決めるしか道は残されていなかった。
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