ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第二章

80:ハドリの見落とし

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 オイゲンがメイに「タブーなきエンジニア集団」の動向の調査を依頼していたのと同じ頃、OP社社長のエイチ・ハドリはポータル・シティにあるOP社運営のサロンで部下から報告を受けていた。

「……わかった。研修に使う治安改革センターはこちらの本社近くで一番相談が多いところにしておけ。他に報告は無いな?」
 ハドリの問いに部下は「ありません」と短く答えた。
 答えを聞いたハドリは最低限の指示を出した後、報告を終えた部下を引き下がらせた。

 ECN社がオイゲンに研修を受けさせることに同意した。
 オイゲンをECN社から引き離し、ハドリの監視下に置く目的はほぼ達成できたといってよい。
 これでECN社の動きをかなり牽制できるはずだ。
 ハドリにはどうしてもオイゲンの考えが理解できない。
 理解できない人間はすべて自分の監視下において監視すべきだ。彼はそう考えていた。
 残った幹部にハドリに抵抗できるほどの胆力がある者は皆無に近いだろう。
 下の方の地位に優れた胆力の持ち主がいるかもしれないが、そのような者を上の地位に引き上げていないこと自体、現在の幹部たちの能力が高くないことを物語っている。

 (一体奴は何をしたかったのだ?)
 ハドリには幹部達に自由気ままにやらせているオイゲンの考えが理解できなかった。
 彼ならば怠慢でしかない連中は更迭しただろう。少なくとも力で押さえ込んでいうことを聞かせたであろうことは想像に難くない。
 ただ、オイゲンはそういう行動に出なかった。その対応が度し難い。
 これもハドリがオイゲンをできるだけ近くに置いて監視しようと考えた理由の一つである。

 (胆力の面はともかく、役員のすぐ下のクラスには優秀なビジネスの牽引者を引き上げている。それにも拘わらず奴らの足を引っ張る役員どもを放置しているとは……度し難い)
 実のところハドリは監査を通じてECN社の幹部達以上にECN社の状況を理解していた。

 役員どもが腐っているのに、現在でもOP社に次ぐ規模や業績を維持できているのは、そのすぐ下、すなわち上級チームマネージャーやチームマネージャークラスに優秀な人材を抱えていたからだとハドリは看破していた。
 監査の結果、彼らの多くがオイゲンに見出された人材であることがわかった。
 このクラスとオイゲンを組ませるとあとあと厄介な事態を招く恐れがある。
 得られた情報からは彼らはオイゲンの子飼いというわけではなさそうであった。だが、念には念を入れておくべきだ。ハドリはそう考えていた。

 そこでオイゲンを人質に取ることで、ECN社の動きを牽制することにしたのだった。
 ECN社の役員どもはオイゲンを盾にして責任から逃れようともがいている連中だ。
 オイゲンの身柄を押さえておけば、妙な動きをするだけの度胸は彼らにないはずだ。
 上級チームマネージャーやチームマネージャーも役員を飛び越えて行動を起こせる者たちではない。これがECN社の限界である。

 エクザローム二番目の大勢力をコントロール下に置けば、いよいよハドリの目指す「閉塞から脱却したエクザローム」を造るのに十分な力が手に入る。

 しかし、ハドリの側にも把握できていないことがあった。メイの存在である。
 OP社はECN社本社で何度も監査を行い、また業務協力と称して、現場に何人もの従業員を送り込んで情報を収集させた。
 しかし、対人恐怖症の社長秘書については、その存在すらも情報が得られなかった。

 これにはいくつかの理由がある。
 メイは極端な対人恐怖症であり、監査のときも監査員と顔を合わせることが無かった。
 このため、監査員はメイという存在を把握できなかった。

 また、OP社の従業員がECN社に出入りするようになってから、メイが社に出勤してきた回数は少ない。
 その結果ECN社に社長秘書がいることを知らないOP社の従業員も多かった。
 これはOP社が競争を重視する会社で、調査に入った従業員同士が情報の共有に消極的だったことも影響しているかもしれない。

 ECN社の調査に入ったOP社の従業員で、社長秘書の存在を知りえた者も社長秘書に注意を向けることをあまり重要視していなかった。
 社長に秘書がつくことは不思議ではないし、たかだか一人の対人恐怖症の女性である。

 メイが出勤する姿をたまたま目撃したOP社の従業員がいたが、あまりの異様さに「どこかおかしい人間に違いない、あのようにあからさまに怪しい人間は実は怪しくないのだろう」と結論付けてしまい、敢えて社に報告することをしなかったのである。
 変な報告をしてハドリの叱責を受けるのも恐ろしかった。
 確かにメイの出勤風景を見れば、そのように思われても不思議ではない。

 なぜなら、そのとき彼女は帽子を深くかぶり、色の濃いサングラスをかけ、花粉症用のマスクをし、マフラーを巻いてコートまで着て道を走っていたのである。
 この格好で怪しいと思わないほうが難しい。

 こうしてメイはOP社にその存在を知られることなく、自身の活動に集中できる環境を自分の努力によらずして獲得していたのである。
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