ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第二章

76:オイゲン、幹部達と対峙す

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 二月六日、オイゲンがいつも通りの時刻に出社すると、社長室にはメイの姿があった。
 もともと細身の彼女であったが、以前よりも少し痩せたように見える。
 また、もともと血色の薄い顔も更に白さを増したようだ。

 オイゲンはメイの存在に気づき、軽くおはようと声をかけた。
 これはメイの反応を期待してのものではない。
 彼女の反応を求める場合、オイゲンは必ず「カワナさん」と彼女の姓を呼ぶ。
 そうして注意を引き付けてから本題に入る。こうしないと彼女が反応しないからだ。経験から得られた知恵といったところか。

 しかし、この日のメイは違った。
 オイゲンの言葉に気付き、すっくと席を立ったのである。そして、オイゲンの前まで歩いてきた。

「長いことお休みを頂いてしまい、申し訳ございませんでした。何かございましたら、また使ってください」
 メイがオイゲンの前で深々と頭を下げた。

 オイゲンのほうは困惑した表情だ。
「あ、身体の方は大丈夫ですか?」
 オイゲンはメイの欠勤が精神的なものによるであろうことを理解していたが、あえて身体の問題として質問してみた。

「多分……大丈夫だと思います」
「わかりました。徐々に身体を仕事に慣らすようにしましょう。無理をしないようにお願いします」
 オイゲンのその言葉にはいとうなずくと、メイはパーティッションの後ろにある自分の座席へと走っていった。

 (やれやれ、とりあえず問題がひとつ片付いたかな……)
 オイゲンは自分の席に着き、端末を立ち上げる。
 ほどなくして、OP社からのメールが入る。
 来たか、とオイゲンは思った。自分の意志で決定したことだ、もう後には引けない。
 恐る恐るメールを開封してみる。

 OP社からの申し出を拒否したことで、かなり強硬な内容の返答があるのではないかと思われた。しかし、実際の内容はオイゲンの予想とやや異なっていた。
 内容を要約すると次のようになる。
 ポータル・シティの最近の状況を確認した上で、データ管理センターの移設を再度検討されてはどうだろうか?
 OP社としては移設の決定権を持つ誰かにOP社の治安改革能力を確認できる機会を提供したい。
 研修の形でOP社が運営する治安改革センターの業務を半年程度経験していただくとよいと思われるがいかがだろうか?
 OP社では、グループ参加企業の上層部の方にOP社の業務を研修形式で経験していただき、理解してもらうという活動をしている。
 貴社にはまだその活動を展開していなかったので、この機会に貴社の代表となる方に弊社の業務を経験していただきたい。

 (やれやれ、僕にポータル・シティへ行け、ってことだな)
 オイゲンにもOP社の意図は理解できる。また、他の役員クラスが動かないであろうことはオイゲンにも容易に予想できるのだ。
 かといって、オイゲン一人で決めてよいことにも思われない。
 オイゲンはメイに緊急会議を開くための会議スペースの確保を依頼した。
 会議の参加者には、オイゲン自身が連絡を取る。
 メイはオイゲンを除く他者とのコミュニケーションが苦手だから、こうした方が効率が良い、とオイゲンは考えているからだ。

 一五分後、緊急会議が開かれた。これまでは言を左右にして会議への参加を拒む者が少なくなかったが、今回はオイゲンの言葉にただならぬ気配を感じとったのか、文句を言いながらも会議を開催するのに必要な参加者を集めることができた。
 参加者はオイゲンのほかに一〇名の役員と一一名の上級チームマネージャーである。

 オイゲンがOP社からのメールの内容を読み上げる。
 すると、役員の一人から発言を求める挙手があった。オイゲンは発言を許可する。
「その治安改革センターにて研修を受ける者というのは誰を想定しているのでしょうか?」
「データ管理センター移設の決定権を持つことが条件となっています。私か役員のどなたか、といったあたりでしょう」

 質問にオイゲンが答えると同時に発言を求めた役員が再び口を開いた。
 データ管理センターを担当しているタスクユニットのトップであるトミカではないが、彼と親しい者だ。

「あれほどの大きな施設の移設、ということになると我々個々の役員でも決定権があるとは思われません。社長を差し置いて誰が対応できるでしょうか?」
 やっぱりやりたくないよなぁ、とオイゲンは発言した役員に同情した。
 オイゲン自身でも対応したくないと思うのだ。

 オイゲンは周囲を見回した。誰一人として彼と目を合わせる者はいない。

 しばらくの沈黙があった後、別の役員が発言した。
「このような大きな問題は社長が対応されるのが筋だと思われます。提携しているOP社からの依頼です。社長が行くべきかと……」
 この発言を聞いてオイゲンは大きく息をついた。発言の主はデータ管理センター統括担当のトミカであったからだ。

 やはりそうなるだろうなとオイゲンは意を決し、全員に向かって宣言した。
「……わかりました。私が行きましょう。ただし、それならば他に決めなければならないことがあります」
 オイゲンの宣言に出席者がざわめいた。

「私が不在の間、私の業務を代行する人が必要です」
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