ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第二章

74:優柔不断なトップの決断

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 OP社が移管を要求しているデータ管理センターは、中央の集中管理棟に四箇所のデータ管理センター棟が接したものである。
 ちょうど十字架のような格好になっているため、通称クロス (十字)・センターと呼ばれている。

 オイゲンがクロス・センターの集中管理棟に入ると、現場の作業員達のうち何人かが振り向き、その一部が首をかしげた。
 オイゲンが一人でセンターに来ること自体は珍しくない。
 ただ、珍しいのはオイゲンが何か思いつめた表情をしていることだ。社長が暗い表情をして現場を訪れるのはただ事ではない。

 オイゲンの表情に気づいた作業員達が声をかけようかどうか迷っているところへ、オイゲンが先に声を発した。
「こんにちは。どうですか、作業は順調に進んでいますか?」

 その声に作業者達は「順調ですよ」と答えた。
 オイゲンは二度うなずいてから、少し考え込んだ。
 そして、再び口を開いた。

「ポータル・シティでここと同じような業務をすることになったとして、やってみたい、と思う方はいらっしゃいますか?」
 その言葉に作業員達がざわめく。
 しかし、オイゲンに対して何か発言しようという者はない。

 作業員の中に隅の方で黙々と端末を操作している者がいた。若い男性だ。
 彼はまわりには同調せず、ただ、端末を操作していた。

 他の作業員達は「どういうことだ?」とか「社長に質問に行けよ」と話をしているのだが、オイゲンに向かって声をあげようとはしない。

 しばらくして、隅のほうで端末を操作していた作業員がどこからともなく、オイゲンにすっと詰め寄った。

「社長! どのような理由でそう仰るのですか?」
 この声に周囲の空気がいったん凍ったように感じた者も多かった。
 オイゲンもその一人であったが、低めの声で「説明します」と返答した。
 実のところは恐怖もあり、それがゆえに声が抑制された面は否めない。オイゲンはもともと胆力のある方ではない。

 冷静に作業員の様子を観察すれば、その肩が震えているのがわかったであろうが、オイゲンにその余裕はなかった。

「……とあるところから、防犯上の理由でこのセンターの移設を求められています。私としては、この依頼への対応を決めかねている部分がありますので、現場の皆さんにお話を伺いに来たのです」
 オイゲンは言葉を発してから「言ってしまった……」と後悔したが、既に遅い。

「防犯上の理由とはどのようなものか、詳細にご説明いただけないのですか?!」
 声の主は冷静なのか落ち着きを失っているのかよくわからない。
 声そのものは比較的抑制されているのだが、額にしわを寄せたり、唇を噛んだり、手を揺すってみたりと、身体の方はまるで落ち着きが無いのだ。

 ただ、オイゲンには声の主から発せられる圧力が相当強く感じられる。ピリピリした近寄りがたい空気が結界のように張り詰めているのが見てとれるようにさえ思える。

 オイゲンは近くにいた別の作業員に声の主は誰かと小声で問うた。自分と向き合っている作業員の結界から逃れたかったのである。

 すると、センターに勤務するタツシ・キノシタという社員だとの回答が得られた。
 エイチ・ハドリとは多少異なるかもしれないが、かなり怖そうな人間だな、とオイゲンは感じていた。

「……説明をいただけませんか?」
 キノシタの詰問にオイゲンはたじろいだが、何とか冷静さを取り戻して答える。

「ここハモネスは、OP社が治安を管理しているポータル・シティと異なり、組織的な治安改革活動が展開されていません。そのような治安の不安がある場所に大規模なデータ管理センターがあることで、犯罪被害に遭うリスクを負うことになる、という指摘があります。また、一ヶ所に重要な施設が集中していることでこの場所に何かあった場合に業務の継続が困難になるという問題もあります」
「センターを移設する際のデータや機器の安全管理はどのようにするのでしょうか? また、移設先はポータル・シティということでしょうか?」
「……移設先はポータル・シティを予定しています。最近、犯罪も激減していると聞いています」
「減少した現在の状況でもポータル・シティとハモネスとの犯罪発生率の間に有意の差はありません」
 議論では明らかにオイゲンの分が悪い。
 キノシタの質問や指摘は正当なもので論拠も明確なものに思える。オイゲンに付け入る隙を与えていないといってよい。
 オイゲンは言葉を詰まらせた。通常ならこのような場合、相手の情に訴える方法を用いることもある。

 しかし、オイゲンは直感的にキノシタにこの方法が使えないように感じていた。キノシタのまとっている空気がそれを許さないようにオイゲンには思えた。

「……ならばキノシタさん、状況を説明しましょう。現在、OP社からこのセンターをポータル・シティに移し、OP社に移管せよ、という指示が出ています。あなたの言葉を聞いて、どう決断するか私に迷いがでてきました。あなたはどうお考えですか?」
「申し出を受諾する必要も理由もありません、以上です」
 オイゲンは少し考えていた。そこにセンターの交代時間を知らせるチャイムが鳴る。

 キノシタは「では失礼します」とそのままその場を離れ、センターを後にしてしまった。
 取り残されたオイゲンや他の作業者達は呆気にとられている。

「いつも彼はああなのかい?」
 オイゲンは近くにいた作業員をつかまえて問うた。作業員からは「そうです」という答えが返ってきた。
「彼の言うことももっともだな。わかりました、OP社からの話は断ります。皆さん、いろいろとお騒がせしてすみません」
 オイゲンはそう言って作業者達の前で頭を下げた。

 (決断しなければならないのは僕なんだな……)
 オイゲンはクロス・センターを後にし、本社の社長室へと戻った。
 そして、OP社にデータ管理センターの移設について拒否する旨の連絡を行ったのである。
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