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第二章
73:オイゲンの苦悩
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LH四九年二月五日、OP社とポータル・シティの有力者との間で行われた調印式の三日後のことである。
ECN社社長のオイゲン・イナはOP社から受信したメールへの対応で頭を悩ませていた。
ECN社がハモネスに保有しているデータ管理センターのうち、四箇所をポータル・シティ内に移設するとともに、OP社の管轄に切り替えるように、という内容である。
OP社の言い分は、次のようなものである。
警察力の弱いハモネスにデータ管理センターが集中しているのは危機管理の点で問題がある。
特に重要なデータを管理している施設については、警察力の充実しているポータル・シティ内に移設して、厳重な監視下に置くことが望ましい。
オイゲンにもOP社の主張はある程度理解できる。特定の地域に施設が集中している状況では、この地域にトラブルが生じた場合、施設の機能がほぼ停止してしまうからだ。
その一方で、データ管理センターを四箇所移設するというのはECN社にとっても大きな負担になる上、ECN社の事業における中核施設を簡単に手渡すわけにはいかないという事情がある。
(カワナさんが出てこないのは痛いなぁ……)
今になってメイの重要性を思い知らされたオイゲンである。
既にECN社の役員会や幹部会議は機能していなかった。
重要な意思決定は全てオイゲンに一任され、役員や幹部社員は責任回避のためか意見を言うが、採決には参加しない状態だったのである。
オイゲンも現状をよしとしない社員たちの意見を聞いて回り、彼らを抜擢しようと試みてはいた。
だが、幹部の権限が大きく、社長と言えども彼らの処遇を自由に決められないECN社ではオイゲンの行動も焼け石に水でしかなかった。
そのためオイゲンはメイに出社を促すべきか迷っていた。
社長秘書の彼女であれば、オイゲンの意思である程度自由に動かせるからだ。
今までもメイが一、二週間程度の連続欠勤をすることはあったのだが、今回の欠勤は特別長く二ヶ月に達している。
果たしてメイは、今業務に耐えうる精神状態にあるのだろうか?
オイゲンとしてはそれが気になって仕方ない。
今までオイゲンは役員会が意思決定を避けるような難しい案件についてウォーリーや経営企画室とよく相談して対応を決めていた。
しかし、今はその両者ともECN社を飛び出してしまっている。
残ったメンバーの中でオイゲンのこうした経営上の重要事項に関する相談相手になりそうな者は少なくとも幹部クラスにはいなかった。
最後の頼みの綱がメイ、ということなのであるが、彼女も出社してこないのである。
社長という立場を利用すれば、秘書に出社を命じるくらいは問題ないと思われるのだが、オイゲンはそう考えなかった。
そもそもオイゲンはメイのプライベートな連絡先すら知らない。
何となく、だが、秘書のプライベートな連絡先を知ることが一線を超えるような気がして、それを知る気になれなかったのである。
仕方なく、オイゲンはメイの業務用のアドレスに近況を尋ねるメールを送ったのであった。
(精神的に状態がひどく悪いときだったら、これでかえって落ち込むかもなぁ)
メールを送った後、オイゲンはそう考えて後悔したのだ。
少し悩んだ後、オイゲンは社内のカフェテリアに向かった。
どうも最近は一人で仕事をする気になれず、社内の人の集まる場所へ仕事を持ち込むようになっていた。
社内には親しい従業員も何人かいるし、彼らと話をすることもある。
立場の違いから重要な相談はできないものの、話していればそれなりに気は晴れるものだ。また、遠まわしに相談を持ちかけることもあった。しかし、肝心な部分の話をすることが難しく、芳しい回答は得られない、ということが多かった。
(自分で考えるしかないか……まあ、当然か……)
オイゲンはカフェテリアで携帯端末を広げながら目の前の課題について考えを巡らせていた。
正直なところ、オイゲンが選択可能な選択肢はそれほど多くない。
OP社、すなわちハドリから見ればイエスかノーか、その二つの選択肢のみと解釈しているだろう。
全面的に受け入れるか、それ以外か、である。それ以外はすなわちノーを意味するといってよい。
どちらにせよ難しい決断だな、とオイゲンは思う。できれば決断を回避したいところだが、それはOP社が許さないだろう。
回答期日は明日の午前中だ。OP社の要求としては比較的余裕のある設定だが、ことが大きすぎる。
オイゲンの一存で決めるべきではない事項だとは思われるが、本来話し合うべき幹部達は会議を拒否して決断をオイゲンに一任しているのだ。
データ管理センターには担当しているタスクユニットがあり、このタスクユニットには当然トップとなる幹部がいる。
このトップですら言を左右にしてオイゲンとの会話を拒否している。
寛容なオイゲンですら、この態度には呆れるしかなかったのだが、ECN社の規定では社長の権限でこの幹部を更迭するどころか、代わりの者と話をさせろということすらできない。
このような規定がまかり通っている事情をオイゲンは把握しているし、その原因の一端が先代社長であるオイゲンの父にあることも知っている。
そのために幹部達に強く出られないのがオイゲンらしいのではあるが。
(現場に行くか……)
オイゲンは移管を要求されているデータ管理センターへ向かうことにした。現場の声を聞いてみるのだ。
自分ひとりで考えたところで結論が出るものでもない。社長としての責任を回避したとも言えるが、オイゲンにそこまで考える余裕は無かった。
ECN社社長のオイゲン・イナはOP社から受信したメールへの対応で頭を悩ませていた。
ECN社がハモネスに保有しているデータ管理センターのうち、四箇所をポータル・シティ内に移設するとともに、OP社の管轄に切り替えるように、という内容である。
OP社の言い分は、次のようなものである。
警察力の弱いハモネスにデータ管理センターが集中しているのは危機管理の点で問題がある。
特に重要なデータを管理している施設については、警察力の充実しているポータル・シティ内に移設して、厳重な監視下に置くことが望ましい。
オイゲンにもOP社の主張はある程度理解できる。特定の地域に施設が集中している状況では、この地域にトラブルが生じた場合、施設の機能がほぼ停止してしまうからだ。
その一方で、データ管理センターを四箇所移設するというのはECN社にとっても大きな負担になる上、ECN社の事業における中核施設を簡単に手渡すわけにはいかないという事情がある。
(カワナさんが出てこないのは痛いなぁ……)
今になってメイの重要性を思い知らされたオイゲンである。
既にECN社の役員会や幹部会議は機能していなかった。
重要な意思決定は全てオイゲンに一任され、役員や幹部社員は責任回避のためか意見を言うが、採決には参加しない状態だったのである。
オイゲンも現状をよしとしない社員たちの意見を聞いて回り、彼らを抜擢しようと試みてはいた。
だが、幹部の権限が大きく、社長と言えども彼らの処遇を自由に決められないECN社ではオイゲンの行動も焼け石に水でしかなかった。
そのためオイゲンはメイに出社を促すべきか迷っていた。
社長秘書の彼女であれば、オイゲンの意思である程度自由に動かせるからだ。
今までもメイが一、二週間程度の連続欠勤をすることはあったのだが、今回の欠勤は特別長く二ヶ月に達している。
果たしてメイは、今業務に耐えうる精神状態にあるのだろうか?
オイゲンとしてはそれが気になって仕方ない。
今までオイゲンは役員会が意思決定を避けるような難しい案件についてウォーリーや経営企画室とよく相談して対応を決めていた。
しかし、今はその両者ともECN社を飛び出してしまっている。
残ったメンバーの中でオイゲンのこうした経営上の重要事項に関する相談相手になりそうな者は少なくとも幹部クラスにはいなかった。
最後の頼みの綱がメイ、ということなのであるが、彼女も出社してこないのである。
社長という立場を利用すれば、秘書に出社を命じるくらいは問題ないと思われるのだが、オイゲンはそう考えなかった。
そもそもオイゲンはメイのプライベートな連絡先すら知らない。
何となく、だが、秘書のプライベートな連絡先を知ることが一線を超えるような気がして、それを知る気になれなかったのである。
仕方なく、オイゲンはメイの業務用のアドレスに近況を尋ねるメールを送ったのであった。
(精神的に状態がひどく悪いときだったら、これでかえって落ち込むかもなぁ)
メールを送った後、オイゲンはそう考えて後悔したのだ。
少し悩んだ後、オイゲンは社内のカフェテリアに向かった。
どうも最近は一人で仕事をする気になれず、社内の人の集まる場所へ仕事を持ち込むようになっていた。
社内には親しい従業員も何人かいるし、彼らと話をすることもある。
立場の違いから重要な相談はできないものの、話していればそれなりに気は晴れるものだ。また、遠まわしに相談を持ちかけることもあった。しかし、肝心な部分の話をすることが難しく、芳しい回答は得られない、ということが多かった。
(自分で考えるしかないか……まあ、当然か……)
オイゲンはカフェテリアで携帯端末を広げながら目の前の課題について考えを巡らせていた。
正直なところ、オイゲンが選択可能な選択肢はそれほど多くない。
OP社、すなわちハドリから見ればイエスかノーか、その二つの選択肢のみと解釈しているだろう。
全面的に受け入れるか、それ以外か、である。それ以外はすなわちノーを意味するといってよい。
どちらにせよ難しい決断だな、とオイゲンは思う。できれば決断を回避したいところだが、それはOP社が許さないだろう。
回答期日は明日の午前中だ。OP社の要求としては比較的余裕のある設定だが、ことが大きすぎる。
オイゲンの一存で決めるべきではない事項だとは思われるが、本来話し合うべき幹部達は会議を拒否して決断をオイゲンに一任しているのだ。
データ管理センターには担当しているタスクユニットがあり、このタスクユニットには当然トップとなる幹部がいる。
このトップですら言を左右にしてオイゲンとの会話を拒否している。
寛容なオイゲンですら、この態度には呆れるしかなかったのだが、ECN社の規定では社長の権限でこの幹部を更迭するどころか、代わりの者と話をさせろということすらできない。
このような規定がまかり通っている事情をオイゲンは把握しているし、その原因の一端が先代社長であるオイゲンの父にあることも知っている。
そのために幹部達に強く出られないのがオイゲンらしいのではあるが。
(現場に行くか……)
オイゲンは移管を要求されているデータ管理センターへ向かうことにした。現場の声を聞いてみるのだ。
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