ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第二章

65:モリタの趣味?

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「おう、サンキュ」
 モリタが置いたコーヒーの容器のひとつをロビーが手に取った。
 少し遅れてセスも容器を手にした。

 モリタは携帯端末を手にしている。
 ゲームか何かをしているように見える。

 セスがコーヒーの容器をじっと見た。
「それにしてもモリタ、ずいぶん高いの買ってきたね。お金払うよ」

 その言葉にロビーも容器に目をやった。
 それはセスやロビーでなくてもよく知られた銘柄のもので、普通の缶やカップに入ったものよりもかなり高価であることを二人とも知っていた。
 ちなみに喫茶店や専門店のコーヒーに匹敵する価格である。

「言われてみればずいぶん高いの買ったな……待てよ、確かこれ懸賞の応募シールがついていただろ?」
 ロビーが容器を見回すもシールは見当たらない。

「……」
 セスは無言であったが彼もシールが無いことには気づいていた。だが、敢えて指摘せずにいたのだ。

「……」
 モリタはこの間無言で携帯端末を操作している。
 ロビーがモリタの後ろに回りこもうとすると、モリタが携帯端末をパタッと閉じた。

「モリタぁ、何をしているのかな?」
 ロビーの表情には笑みすら浮かんでいる。何かに気が付いたのだ。
 何かよからぬことを企んでいるようにセスには見えた。

「そういえば、これ、レイカ・メルツさんのプロデュースだったよね……」
 セスが笑みを浮かべてモリタにそう言った。ロビーの企みに乗ってみようと思ったのだ。

 ちなみにレイカ・メルツとはエクザロームでも名前を知られた美人マーケターで、彼女が企画・プロデュースした商品は必ずヒットするとまで言われている。
 以前、セスが彼女のプロデュースしたコーヒーを購入してモリタの家に持ち込んだことがあった。

「モリタくうん、前にセスがコーヒーを持っていったとき、セスに『ああいうツンツンしたのが趣味なの?』とか言ってなかったかなぁ?」
 ロビーがいつにない猫なで声でモリタに言った。
 この場には三人の他に誰もいなかったからよいが、関係のない者が聞いたら薄気味悪くなりそうな口調だ。

 セスまでロビーに続く。この方が面白いと考えたのだ。
「確かそのときモリタは『僕は苦手だけどな』って言ってなかったっけ?」

 モリタは表面上平静を装って
「美味いコーヒーを飲みたいだけだよ。市販の缶コーヒーじゃ他に選択肢が無いからね」
 と答えたが、明らかに動揺している。

「よっと」
 ロビーが隙を見てモリタの携帯端末を奪い取った。そして中を開いてみると……

 そこには懸賞の応募サイトが表示されていた。
 この懸賞の賞品のひとつに「レイカ・メルツによる次期新商品発表会への招待」があった。マスコミ向けに彼女が行う新商品発表会の席に当選者を招待するというものらしい。

「モリタくうん、これはこれでいい趣味じゃないのかなあ。隠すことは無いぞ、うんうん」
 ロビーは相変わらず猫なで声だ。もちろん、モリタをからかっている。

「……これも勉強のうちだよ」
 モリタは必死で否定するが、やはり動揺は隠せないようだ。わずかにだが声が震えている。

「それにしてもこれなら写真集でも出せば売れるんじゃないか?」
 ロビーはいつの間にか自分の携帯端末で懸賞の応募サイトを開き、レイカ・メルツの画像を表示させている。

 ちなみに有名なマーケターといっても、レイカ・メルツはまだ二〇台半ばである。赤いスカーフがトレードマークの長身美人だ。
 華やかな外見だが、どこか奥ゆかしさが感じられるのも、人気を博している要因かもしれない。

 セスもロビーの携帯端末を覗き込んだ。
「……確かに写真集でも出せば売れそうだね、この人」

 するとモリタが珍しく強い口調で反論する。
「彼女は優秀なマーケターなんだ! 自分の外見で売ろうなんて人じゃないよ」
 セスとロビーは苦笑しながらもモリタの意見に同意した。

 この瞬間、セスが何かを思い出した。そしてモリタに向かって言う。
「そういえばこの前シヴァ先生が言っていたけど、学校がこの人を教官としてスカウトしているらしいよ」

 ロビーが反応しようとするのをモリタが制した。
「えっ?! そうなのか、セス? それでメルツさんはこっちに来そうなの?」
 ここまでくればモリタがレイカ・メルツのファンであることは決定的だ。モリタ本人は隠しているつもりかもしれないが。

「そこまではわからないよ。ただ、シヴァ先生の情報によれば、学校はかなり積極的にスカウトしているらしいから、向こうもその気になるかも」
 職業学校の教官はエクザロームの中でもかなりステータスの高い職業である。
 資源をほとんど持たないエクザロームにとって、人の教育は生命線ともいえる。
 特に職業学校は教育機関の最高峰の地位にあり、その教官は教育者として最高の立場にある。多くの市民の尊敬を集める職業なのだ。

 このことを考えると、レイカ・メルツが職業学校の教官に転じる可能性は十分に考えられる。
 トニーが何故このような情報を得ているか、そして何故、この情報をセスに伝えてきたのかはセスにも理解できていない。

 モリタは、
「その情報、あてになるかな……」
 と言いながら再び部屋を飛び出していた。どうやらまたコーヒーを買いに走ったらしい。

「やれやれ」
 ロビーが椅子ではなく床に腰掛けてお手上げポーズをとる。
 セスはそれに苦笑いで応じた後、端末の操作に戻った。
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