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第二章

62:トニーへの違和感

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 ロビーがインターホンを鳴らしてから十秒ほどして、スピーカーからトニーの声で、
「あー、今学生さんと話をしているから。後で!」
 という答が聞こえてきた。どうやら教官室にいて学生の相手をしているらしい。
 職業学校では学生はお客様でもある。
 職員の私用より彼らを優先すべきということは三人とも理解している。

 ロビーは「しゃーない、出直すか」と言ってセスの車椅子を押しながら、職員の控え室へと移動した。
 リスク管理科の職員控室は職員四、五人ごとにひとつの部屋が割り当てられている。
 セス達三人は同じ部屋であり、この部屋は他に一人の職員が利用している。幸運なことに今は不在なようだ。

 ロビーが誰もいないことを確認してから口を開いた。
「まあ、学生さんが部屋にいるからわからんでもないが、あの言い方は引っかかるな」
 ロビーはトニーについてその能力は買っているものの、人間性については多少疑いを持っている。
 何となく、だがドライというか他者を貶めるような言動があるように思えるのである。

「そうかなぁ? 学校にとって一番大事なのは学生さんだし、職員がその後、というのは理解できないでもないけど」
 セスがそう答えた。

 しかし、いつもはロビーと異なる意見を言うことの多いモリタが、珍しくロビーに同調した。
「僕もあんまり好きにはなれないな。時々『何様のつもりなの?』って言いたくなるときがあるよ。授業中に、『機械を操作するのはいいけどさぁ、デブが前に立つと画面が見えなくなっちゃうよ』って言われたんだよね。
 他人を貶めて自分が偉くなった気でいたいだけのヒトに見えるんだけどな」

 ロビーは笑いながら、
「まあ、モリタがデブというのは間違ってはいないが、生徒の前でそれはどうかとは俺も思ったね。笑いを取って生徒を楽しませようとしたのだとは思うが、他の方法を取るべきだっただろうよ。その意味では俺も同意するぜ」
 とこれも珍しくモリタに同調した。
 ロビーにしてもトニーの言動については、いくつか引っかかるところがあるようだ。

 セスはトニーに対してどのような印象を持っているかというと、仕事ができるだけではなく話術も巧みだ、といったところである。
 そして、もっとも重視しているのはリーダーシップがある、ということだ。

 トニーは数十名の教官や職員、学生などを引き連れて学校内を歩いていることが多い。人の輪の中心には常にトニーがいるのだ。
 確かに少し口が悪いなとはセスも思うのだが、口が悪いのはロビーあたりも大して差が無いのではないか、という気がする。
 あえて違いを挙げれば、ロビーの言動が陽性なのに対して、トニーのそれが陰性に感じられることである。
 この点についてはセスも不安を感じている。
 舌禍が災いしてトニーが職業学校を追われる可能性があるのではないか? と考えているのだ。
 だが、その一方でトニーは相手を選んで毒舌を吐いている節があるので、うまく切り抜けるのではないかとも思える。
 こうしたやり方をロビーやモリタが嫌悪しているのだろうとセスは考えている。

 セスにとっての本題であるトニー・シヴァがセスの探している兄か? という問いについてセスには判断がつかない。
というよりも可能性はあまり高くないだろう、と考えている。
 親類まで範囲を広げてもそれほど可能性が高いとは思えない。
 外見的特徴も平均より背がやや低め、ということを除けば二人の共通点はほとんどない。

 それでも何らかの手がかりは得られるような気がする。手がかりが得られる、という点についてセスは確信に近いものを持っていた。

 膨大な海洋調査関連の資料を持ち込んだトニーである。
 そのため海洋調査については豊富な知識や情報を持っているのではないか、と思われたからだった。

「まあ、何らかの情報は得られるだろうよ。いきなり、的中! かもしれんし」
 ロビーはセスよりも楽観的だった。

「だといいね。でも、情報が得られそうな気がするよ」
 セスがロビーの楽観的な見通しに拳を握って応じた。

 一方でモリタはそのようなセスやロビーの見方に懐疑的だ。
「そう簡単に決着するとは思えないんだけどなぁ……
 海洋調査に出ている人間が何人いると思う? 対象人数が多すぎるよ」
 
 するとロビーがモリタを引っ張って部屋を出た。
「ちょっと、何するんだよ!」
「いいから来い!」
 モリタが抗議の声をあげたが、ロビーはそれを無視した。

 廊下に出たところでロビーがモリタの耳を引っ張りながら注意する。ロビーにしては抑制された声である。
「あのな……見込みがありそうなのに! 悲観的なこと言ってセスが傷ついたらどうする?!」
 しかし、ロビーの声が大きいので中にいるセスにも完全に聞こえてしまっている。

 廊下からロビーとモリタが戻ってくると、セスが笑いながら言った。
「別にそこまで気を遣わなくてもいいよ、ロビー」
 ロビーは、はっと手を口にやったがもう遅い。
 時計を見て「もうそろそろいいだろ」と言い、再びトニーの研究室へセスの車椅子を押していった。
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