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第二章

60:新しい職場

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 LHルナ・ヘヴンス歴四八年一二月半ばのことである。
 職業学校では新設された「リスク管理学科」が学生たちの人気を集めていた。
 トニー・シヴァが理事長にねじ込んで新設した学科である。
 トニーはもともと話が上手だから、学生の人気も高い。かなり口は悪いのだが、かえってそれが学生の仲間意識を呼ぶようだった。

「すごい人気だね、シヴァ先生は」
 セスが講義室の機械を片付けながらつぶやいた。
「ECN社の経営企画室出身、というのが引っかかるけどな。俺達を落とした会社だぞ」
 ロビーがそう応じた。そして何かに気付いたように辺りを見回す。
「モリタの奴……片付けサボってどこか行きやがった!」
 ロビーの視線の先にはモリタの姿は見当たらなかった。

 セス、ロビー、モリタの三人は新設の「リスク管理学科」の職員として職業学校に勤務していた。
 主な業務は授業で使う機器の操作、メンテナンス、そして教官の補助であった。
 臨時職員時代と比較して業務負担は増えたものの、余裕が無いほどではない。
 職業学校は伝統的に職員の労務管理が十分になされている職場で、必要以上の負担が職員にかからないようになっている。

 三人は空いた時間を利用して、資料室で学校やエクザロームの過去の資料を調査していた。
 しかし、作業は必ずしも順調には進まなかった。とにかく情報が少なすぎるのである。
 それでも何とか情報をかき集めた結果、いくつかのことが明らかになっていた。

 セスの生年月日はLH三〇年三月六日とされている。以前の記憶ディスクの解析結果から、直前までセスの母親が海洋調査に従事していたことが明らかになっている。
 臨時職員から正式な職員になった関係もあり、セス達が職業学校で閲覧可能な情報は飛躍的に増加した。新たに閲覧可能となった情報の中に海洋調査の記録があったのだ。

 また、海洋調査の記録については、リスク管理学科が新設されてから飛躍的に増加している。
 これはトニーらがECN社を退職する際、ECN社の資料室にあった資料をコピーし、持ち込んだことが理由である。
 彼らはこれらの資料をリスク管理の事例として用いていたのだ。
 これらの資料はトニーをはじめとしたECN社経営企画室スタッフが独自に収集し、加工したものではない。エクザロームでの人類の歴史に等しい歴史を持つECN社が、その活動の中で溜め込んできたものだ。
 ECN社はこうした情報を従業員に自由に閲覧させていた。
 希望すれば、ECN社の従業員でない者にもこれらの情報は開示されていた。
 ただ、ECN社がこのことを積極的に喧伝していたわけではないので、情報の開示を求める者はほとんど無かったのだが。
 セス達だけではなく、ECN社経営企画室の元メンバーもこれらの情報を自由に閲覧させていた理由は知らない。
 実は先代の社長であるオイゲンの父カズトの方針によるものであった。
 カズトは生前「エクザロームの人々がどのようにここで暮らし、発展してきたのか、その経緯を明らかにするのは社の義務だ」と主張していた。そして、その言葉通りに情報公開していたのであった。

 資料の持ち出しに関しては問題になりそうなものであったが、実のところエクザロームには都市横断的な法の適用は通貨という例外を除いてほとんど存在していないし、そもそも著作権に関する規定が無い。
 そのためトニーが資料のコピーを持ち出しても直ちにルール違反にはならないのであった。
 トニーは事前に書類の持ち出しについて入念に調査し、自らが罰せられることがないだろうことを知っていた。だから持ち出したのだ。
 彼の言い分としては、このような惰眠をむさぼっている情報を利用しない手は無い。
 閲覧に制限はかけていないのだから、誰が複製して利用しようと問題はない、ということなのだ。
 むしろ、死んでいた情報を有効活用することで、社会に貢献しているのであり、資料を無駄に眠らせていた方がよっぽど問題なのである。
 トニーはこのような考え方をする人間であったから、ウォーリーのような人の善意を信頼しきっているような者からすれば存在自体が許せない、というのも無理はないかもしれない。

 しかし、トニーの言っていることも一面の真理を突いている。
 ECN社所属時代は、こうした鋭い指摘が社の経営を改善するのに寄与したことも多々あるのだ。
 特に危険を事前に察知してそれを避ける手を打つ、という分野において他の追随を許さなかった。彼の評価が高いのもこうした能力とそれに裏打ちされた実績があったためだ。
 トニーの言動は少なくとも論理的ではあったから、簡単に彼を言い負かすことはできない。
 それがまた、彼に対して穏やかならぬ感情を持つ者を作り出しているともいえる。ウォーリー同様、功罪の評価が分かれる人物であるのは確かである。
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