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第二章

59:救いの手

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 メイに責任を負わせるべきという声が大きくなった頃のある日、ECN社のリクルーターとしてウォーリー・トワが職業学校を訪れた。

 たまたま職業学校で同期だった彼の友人が教育実習で授業をするというので、ウォーリーは一年生のあるクラスで行われる授業を見学した。

 ちなみに職業学校で授業を担当する者には「教官」と「講師」の二種類がある。「教官」は、外部の実務家をスカウトしてくるもので、主に実務に密接に結びついた授業を担当する。
 一方で「講師」は内部で育成した者で、一般教養の授業を担当する。
「教官」には秘書や機器の操作などを手伝う助手がつくが、「講師」にはそれがない。ステータスにも差がある。もちろん「教官」の方が高い。
 ウォーリーの友人は「講師」を目指して職業学校に転職したのだった。

 ウォーリーの友人が授業を行ったクラスには一つだけ空席があった。
 授業が終わった後、ウォーリーは何気なしにあの空席は何だと尋ねた。

 空席はメイの席だった。友人はウォーリーにここだけの話だが、と前置きしてから「親が自殺したにも関わらず、親のしたことで責められている女生徒」、すなわちメイの話をしたのだ。
 ウォーリーはその話の詳細を聞きたがった。
 友人は知る限りの情報をウォーリーに伝えた。
 この中には、生徒が自宅を引き払って現在行方がわからないといったものが含まれていた。
 話を聞き終わった後、ウォーリーはこう反応した。

「親の罪が娘にだと? ふざけた話だ。財産持っていかれて、それ以上どうしろっていうんだ? とにかく、その生徒を早く救ってやれ。それができなければ俺の友達でも何でもない!」
 ウォーリーは友人にその生徒の捜索を指示した。
 指示というよりも命令とか、脅迫という言葉の方が近い。

 ウォーリーは激怒していたのだ。
 本質的に熱血漢である彼にとって、友人が手をこまねいているのは許せなかった。
 この友人はメイの母親が自殺する原因となった事件について詳細を把握できていなかったため、ウォーリーもメイの母親は責任を負うべき立場と判断していた。
 ウォーリーが「親の罪が」と言ったのもそのためである。

 それでも「親の罪が子に」というのは一体いつの時代の話であろうか?
 それだけは絶対に看過できない、とウォーリーは考えていた。
 友人はメイの名前を出さなかったが、名前も知らないこの女生徒のためにそれだけの怒りを覚えることができる、それがウォーリーなのだ。
 一歩誤れば彼の怒りは危険な刃になり得るが、今回は少なくともメイに味方したのだった。

 一方でこの友人は必ずしもその女生徒に肯定的な印象を持っていたわけではない。
 人見知りで会話をするにも一苦労であったし、何を考えているか理解できないような言動が時折見られた。
 それに彼女は団体行動がまるでできないのである。

 指示を一人だけ聞いていない、などということは日常茶飯事であった。
 それを注意すれば今度は同じ事で更に大きなミスをするしで、扱いかねていたというのが本音であったのだ。
 あえて言うならば、友人のウォーリーが半ば脅迫に近い形で彼を責めたので、それに従った、というところであった。

 ウォーリーは友人にメイの捜索を指示すると同時に自社の総務部門に宛てて、「職業学校にこれこれこういう生徒がいる。会社の奨学金を支給するように」と要望を出した。
 要望というような生易しい内容ではなかったのだが。

 職業学校の授業料は原則無料なのだが、生きていく上でかかる金はある。
 ECN社では親を持たない学生などに向けて奨学金を支給するしくみを持っていた。
 エクザロームは人が勝手に集まって都市を形成しているという世界であり、基本的に自治体や政府のようなものを持たない。
 このため、こうした施策は主に企業主導で実施されていたのだ。

 要望を受け取ったECN社総務部門はウォーリーの要望について「要望というより脅迫に近かった」と述懐している。
 この要望を上にあげておかないと後で何を言われるか、たまったものではないと思われたのだ。

 総務部門としては一番無難でかつ要望に応えられそうな人間を選んでそれを伝えようとした。
 そこで白羽の矢が立ったのが、当時経営企画室勤務のオイゲンであった。

 彼はお人好しに見られていたし、何といっても現社長の一人息子である。多少無茶な要求でも対応してくれるだろう、ということだった。

 要望を伝えられたオイゲンは「奨学金ですか? いいのではないでしょうか。むしろ支給すべきです。社長には私から伝えておきますから、支給の手続きを始めちゃってください」と簡単に答えた。
 この人の好い「社長の息子」は、実際に自らの手で奨学金支給申請の書類を書き上げ、受給者の欄を空欄のままにした上で、承認欄に自らの手でサインをしたのだ。

 そしてウォーリーが作成した要望書を添付して社長、すなわち彼の父のもとへと走ったのである。
 父の許可を得た彼は、承認書兼受給権利書となった申請書を受給者の名前を空欄にしたまま、ウォーリーに手渡したのである。

 そのウォーリーは受給権利書に目を通してから友人のもとへと走り、件の女生徒は見つかったかと尋ねた。

 友人がまだだと答えると、ウォーリーは彼の前に受給権利書を突きつけながら、
「これで仕事が終わったと思うな! 例の生徒を見つけてこれを手渡すまでが仕事だ!」と怒鳴りつけたのだった。

 こうしてメイに奨学金を支給する準備は整った。
 そして、ウォーリーに脅された(?)友人と職業学校は必死でメイを探し出し、彼女に奨学金の受給権利書を手渡したのであった。

 メイは奨学金を手に生まれ育った町を離れた。
 そして知人のいないハモネスへと移り住み、新しい生活を始めたのだった。

 不幸なことに一連の出来事により、メイにも後遺症が残った。
 もともと他人とコミュニケーションを取るのが苦手な彼女だったが、一連の出来事を機に他人と接するのに極度の恐怖を覚えるようになったのである。

 それまでも人見知りで会話に苦労していた。だが、一連の出来事以降は他人に声をかけられると「その場で固まってしまうか、慌てて逃げ出す」ようになってしまった。

 一方、ウォーリーやオイゲンは奨学金を支給した相手がメイだということは現在も知らない。
 メイが自分の過去を他人に語ることは無かったし、ウォーリーやオイゲンが過去にさかのぼってまで奨学金を支給した相手を調べようとしなかったからである。

※※

 話をECN社社長室に戻そう。
 オイゲンに「エクザローム防衛隊」の残党が潜んでいるアパートの爆破事件に関する調査結果を報告した後、メイは定時まで社に残っていた。
 しかし、彼女はとても仕事が手につく状態ではなかった。
 もちろん五年前のことを思い出したのが原因だ。彼女は未だにこの出来事にとらわれていた。

 帰り際、メイはかろうじてオイゲンに「すみません」とだけ言った。
 その翌日から約二ヵ月半の間、ECN社で彼女の姿を見ることはなかった。

 一方でオイゲンはOP社のことを考えていた。
 得た情報からオイゲンはハドリの苛烈さを改めて思い知らされていた。
 自分で抵抗しきれる相手ではない、ということがよくわかった。

 しかも、彼に従う以外、有効な策は思い浮かばない。
 下手な対応をすると自分や社が危険だということは簡単に予測できた。
 敵対する者は有無を言わさず潰されるのだ。

 (役員会で話をしてみるか……)
 オイゲンはそう考えたが、今の状況で役員にOP社やハドリの話をしたところで、有効な対策が出てくるとも思えない。
 それどころか、OP社やハドリの名前を出しただけで役員は拒絶反応を起こして会議をボイコットすることが予想された。
 (結局、向こうのやり方を見て対応するしかないか……)
 オイゲンはそう結論を出さざるを得なかった。
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