ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第二章

48:ミヤハラ、動く

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 九月三〇日、ノリオ・ミヤハラの姿はECN社の社長室にあった。

「それで、ミヤハラのところからの退職者は何人くらいになるのだい?」
 ミヤハラの話し相手はECN社社長のオイゲン・イナであった。
 オイゲンの口調はミヤハラにすら他人事に聞こえる。

「そうだな……ざっと見積って三千人を少し超えるくらいじゃないか」
 ミヤハラの回答もかなり大雑把である。
 しかし、オイゲンにはそのことを気にする様子がなかった。

「……ところでミヤハラ。悪いけどひとつ頼まれてくれないかな?」
 不意にオイゲンがミヤハラに尋ねた。
 オイゲンとミヤハラは職業学校の同級生であり、同じサークルにも所属していた。
 そのため、お互いざっくばらんに話ができる関係である。
 ミヤハラは「ん? 何だ?」と大仰に反応した。これではどちらが上位者だかよくわからない。

「あ、いや。ウォーリーがああいう形で退職してしまったので、退職手当と前期分のインセンティヴを支給できていないんだ。彼には電子マネーの現物支給で手当てを渡していたから、振込口座もわからない。なので、これを持っていってくれないか」
 そう言ってオイゲンは電子マネーのチップを二つ差し出した。

 ミヤハラは「うん? 二つか?」と首を傾げながらも無造作にそれらをポケットに入れようとする。

 オイゲンはミヤハラがチップをポケットに入れたのを確認してから答える。
「赤いのは退職手当の分、これはウォーリーにそのまま手渡して構わない。問題は緑色ので、これは多分ウォーリーに渡すと『こんなもの受け取れるか!』と突っ返されそうな気がするので、ミヤハラが預かるなり、誰か別の人が管理するなりして欲しい」

 ずいぶん変なことを依頼するな、などと考えるミヤハラではないので適当にうなずいている。
 ミヤハラは誰か経理系の人間に電子マネーの管理を任せようと考えていた。幸いなことに渡す相手の候補も頭に浮かび上がっている。
 後になって電子マネーに登録されている金額を知ってさすがに驚いたのだが、このときは大した額ではないだろうとたかをくくっていたのだ。

「ところでイナ。お前、ここのところ無理をしすぎているように見えるぞ。問題は山積みだろうが、少し休養した方がいいんじゃないか? 秘書も出てきていないようだし」
 ミヤハラはオイゲンを姓で呼ぶ。これは職業学校時代からそうだった。

「カワナさんは今、調子がよくないようだからね。まあ、僕がここで倒れる訳にもいかないし、それなりには休めているからミヤハラが心配するまでも無いよ」
 オイゲンは笑顔をつくりながらそう答えた。

「あのなぁ、秘書を甘やかしてどうするんだ?
 お前はそういう奴じゃないが、社長ともなれば疑われても仕方ない立場だぞ?
 まあ秘書が若い女なのにこの体たらくだから社内では見当違いの方向で噂されているがな」
 ミヤハラの言う「見当違い」については説明するまでもないだろう。

「……あれには参ったね。実害がない限り、言いたいように言わせておくのが一番だ。社長という立場はそういうものだし」
 ミヤハラの指摘する通り、OP社による監査の日以降メイは仕事を休みがちであった。
 出勤してくるときはそれなりにオイゲンとも口をきくのだが、気持ちのスイッチがマイナス側に傾いているときが多いようにオイゲンには感じられた。
 気持ちのスイッチがマイナスに傾いているときのメイは、仕事を休むことも多い。

 ECN社に入社した当時から、無断欠勤がやや目立つ彼女である。
 それも彼女が多くの部署を転々とした原因のひとつであった。
 要するに面倒を見きれない、ということである。
 会話ができず、ほとんどコミュニケーションが成立しなかったのだから、当然のことであろう。
 それが経営企画室へ異動してきて、オイゲンと同じ職場になってからやや様相が異なってきた。

 相変わらず欠勤は少なくなかったが、無断欠勤が大幅に減ったのである。
 欠勤の連絡をする相手がオイゲンであるからできたことなのであるが、オイゲンはそれに気づいていない様子だ。

「以前は無断欠勤だったのが、連絡して休むようになったのですから、格段の進歩ですよ」
 父が健在であったときにメイの欠勤について説明を求められると、オイゲンはよくそのように答えていたものだ。
 その父は昨年亡くなり、父が就いていた社長の座には自身が就いている。

「イナ一人が無理したところで、会社が動くものでもないぜ」
「何にせよ、僕はまだ無理はしていないさ。
 それと、僕が言うのも変だけど、ウォーリーをうまく支えてやってくれよ」
「まあ、それならいいが」
 ミヤハラはあっさりと自分の主張を引っ込めた。そして、社長室を出た。
 ミヤハラはECN社の従業員ではなくなったのだ。
 このとき、のちにECN社に復帰する羽目になるとは、ミヤハラは夢にも思っていなかった。
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