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第二章
47:ウォーリーの構想
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「ミヤハラの奴、遅いな……」
ウォーリーは病室の中で苛立っていた。
病室には日光が差し込んでいるのと、白を基調とした内装のためか陰惨な気分にはならないが、それはそれで腹立たしくなるから不思議だ。
待ち合わせや集合時間には頻繁に遅刻するウォーリーであったが、自分が待たされる側となると何故か腹立たしい。
要するに彼も他人のことを言えた立場ではないのだが、自分のことを棚に上げるのは世の少なくない人々にとってよくあることであった。ウォーリーも例外ではなかった。
約束した一六時から一五分遅れでミヤハラが到着した。他のメンバーも一緒だ。
「遅かったじゃないか」
ウォーリーがミヤハラをなじったが、ウォーリーの表情には笑みが浮かんでいる。
やはり病室から出られるのが嬉しいのだ。
「ついに退院ですか。長かったですね」
ミヤハラの言葉にウォーリーはニヤリと笑みを浮かべながらそうだと答えた。
それから急に神妙な面持ちになって「これからのことについて話したい」と言い、ミヤハラ達に病室を出るよう指示した。
近くの喫茶店の個室に場所を移してウォーリーは話を始めた。
ウォーリーは当初、居酒屋を探していた。
だが病院の近くという立地の関係か、この時間に営業しているそれらしい店がすぐに見つからなかったのである。
「入院している間に考えていたことがある。いまや本当に困っているユーザーの味方になるエンジニア企業は無くなった……」
ウォーリーは全員分の飲み物が運ばれてきたのを確認すると、忌々し気にそう言って首を横に振った。
ミヤハラをはじめとしたメンバーはこのような場合に下手に口を挟むとウォーリーが不機嫌になることを知っていたので、皆一様にウォーリーの言葉にうなずいていた。
「……ハドリの会社は自社の製品以外は絶対に面倒を見ねぇ。ECNはそのあたりまだマシだったが、ハドリの子分になった今じゃ期待できないだろう」
ECN社、OP社共に情報通信機器を製造している。
ECN社は自社以外で製造した機器の修理やメンテナンスを請け負うし、そのためのチームも存在する。
一方、OP社は自社製造の機器のみメンテナンスを請け負うが、メンテナンスと称した機器買い替えの勧誘が多いことでも知られている。
ウォーリーはその点を指摘したのだった。
「そこでだ。俺達無所属のエンジニアはこうして見捨てられたユーザーの面倒を見るのが筋というものだ。使用している機器の販売元の境界を越えたエンジニア、だ。どうも一部の会社では他社製品の面倒を見るのはタブーらしいが」
そしてウォーリーは、個室にあるホワイトボードにペンで何かを書き始めた。
「タブーなきエンジニア集団」
ウォーリーらしい大きな字でホワイトボードにはそう書かれていた。お世辞にもきれいとは言えない字である。
「これが俺の構想だ。明日からでもこの方針で動くつもりだ。任せておけ、俺が全員面倒見てやる!」
ウォーリーはそう言って胸を叩いた。強く叩きすぎて少しむせてしまったが、気にせず話を続ける。
「しばらくは自由に動き回るために社屋とかは持たないほうがいいだろう。集まる必要があれば、雑居ビルでも借りるさ」
ウォーリーの話を聞いていた者は皆、しばらくの間呆気に取られていた。
しかし、そこはウォーリーの信望者である。皆拍手でウォーリーの意思を受け入れた。
勿論その感情の温度差は当然ある。ミヤハラは平均より若干醒めている、といった程度か。
「サンキュ。で、だ。俺の復帰と『タブーなきエンジニア集団』の結成式だが一〇月一日にやることにした。メンバーは何人くらい集まりそうだ?」
既にウォーリーの中では、「タブーなきエンジニア集団」の体制がイメージできているらしい。
周りのメンバーはどうもウォーリーの構想についていけていない部分もあるようだが、ウォーリーはそのことに気付いていないようだ。
「一〇月一日、って日があまりありませんが……これから店の手配をして間に合いますか?」
ようやく質問の声があがったが、ウォーリーは平然としている。いや、その表情には笑みすら浮かんでいる。
「心配するな。病院であまりにも暇だったので、こっちで店の手配はしておいた。三〇日の夕方までに人数を伝えなきゃならんらしいから、それまでに人数を調べておいてくれ」
ウォーリーは入院中にちゃっかり自分の復帰祝いの手配を済ませていたのだ。自分で動いてしまうあたりが彼らしい。
入院期間の最後の三週間について、ウォーリーは「メディットの敷地内に限り」外出も許されていた。
相手がウォーリーだったので鍵括弧つきの部分はまったく意味をなしてなかったようだ。
彼はこの期間中、あちこちのレストランや酒場を回っては、自分の復帰祝いにふさわしい店を探しまくっていたのである。
外出許可時間を過ぎても帰ってこないウォーリーに、担当医のアイネスはアタフタしたり胃を痛めたりと散々な目に遭っていた。
だからといって、そんなことはウォーリーには通用しなかった。それどころか、胃のあたりに手をやっているアイネスを見て、
「あ、先生。ストレスですか? あれはイカンですよ。何が原因だかわからないですけど、人間、ポジティヴにいかないとね」
とのたまったくらいだ。
自分自身がアイネスのストレスの原因だとは、露ほども想像しないウォーリーであった。
退院したウォーリーの話を聞かされた彼の仲間達もアイネスほどではないにしろ、ウォーリーの行動には驚かされたようだった。
彼らはアイネスと違って、ウォーリーの行動には慣れている。
早速ウォーリーの復帰祝いと「タブーなきエンジニア集団」の決起に向けて準備を開始したのであった。
ウォーリーは病室の中で苛立っていた。
病室には日光が差し込んでいるのと、白を基調とした内装のためか陰惨な気分にはならないが、それはそれで腹立たしくなるから不思議だ。
待ち合わせや集合時間には頻繁に遅刻するウォーリーであったが、自分が待たされる側となると何故か腹立たしい。
要するに彼も他人のことを言えた立場ではないのだが、自分のことを棚に上げるのは世の少なくない人々にとってよくあることであった。ウォーリーも例外ではなかった。
約束した一六時から一五分遅れでミヤハラが到着した。他のメンバーも一緒だ。
「遅かったじゃないか」
ウォーリーがミヤハラをなじったが、ウォーリーの表情には笑みが浮かんでいる。
やはり病室から出られるのが嬉しいのだ。
「ついに退院ですか。長かったですね」
ミヤハラの言葉にウォーリーはニヤリと笑みを浮かべながらそうだと答えた。
それから急に神妙な面持ちになって「これからのことについて話したい」と言い、ミヤハラ達に病室を出るよう指示した。
近くの喫茶店の個室に場所を移してウォーリーは話を始めた。
ウォーリーは当初、居酒屋を探していた。
だが病院の近くという立地の関係か、この時間に営業しているそれらしい店がすぐに見つからなかったのである。
「入院している間に考えていたことがある。いまや本当に困っているユーザーの味方になるエンジニア企業は無くなった……」
ウォーリーは全員分の飲み物が運ばれてきたのを確認すると、忌々し気にそう言って首を横に振った。
ミヤハラをはじめとしたメンバーはこのような場合に下手に口を挟むとウォーリーが不機嫌になることを知っていたので、皆一様にウォーリーの言葉にうなずいていた。
「……ハドリの会社は自社の製品以外は絶対に面倒を見ねぇ。ECNはそのあたりまだマシだったが、ハドリの子分になった今じゃ期待できないだろう」
ECN社、OP社共に情報通信機器を製造している。
ECN社は自社以外で製造した機器の修理やメンテナンスを請け負うし、そのためのチームも存在する。
一方、OP社は自社製造の機器のみメンテナンスを請け負うが、メンテナンスと称した機器買い替えの勧誘が多いことでも知られている。
ウォーリーはその点を指摘したのだった。
「そこでだ。俺達無所属のエンジニアはこうして見捨てられたユーザーの面倒を見るのが筋というものだ。使用している機器の販売元の境界を越えたエンジニア、だ。どうも一部の会社では他社製品の面倒を見るのはタブーらしいが」
そしてウォーリーは、個室にあるホワイトボードにペンで何かを書き始めた。
「タブーなきエンジニア集団」
ウォーリーらしい大きな字でホワイトボードにはそう書かれていた。お世辞にもきれいとは言えない字である。
「これが俺の構想だ。明日からでもこの方針で動くつもりだ。任せておけ、俺が全員面倒見てやる!」
ウォーリーはそう言って胸を叩いた。強く叩きすぎて少しむせてしまったが、気にせず話を続ける。
「しばらくは自由に動き回るために社屋とかは持たないほうがいいだろう。集まる必要があれば、雑居ビルでも借りるさ」
ウォーリーの話を聞いていた者は皆、しばらくの間呆気に取られていた。
しかし、そこはウォーリーの信望者である。皆拍手でウォーリーの意思を受け入れた。
勿論その感情の温度差は当然ある。ミヤハラは平均より若干醒めている、といった程度か。
「サンキュ。で、だ。俺の復帰と『タブーなきエンジニア集団』の結成式だが一〇月一日にやることにした。メンバーは何人くらい集まりそうだ?」
既にウォーリーの中では、「タブーなきエンジニア集団」の体制がイメージできているらしい。
周りのメンバーはどうもウォーリーの構想についていけていない部分もあるようだが、ウォーリーはそのことに気付いていないようだ。
「一〇月一日、って日があまりありませんが……これから店の手配をして間に合いますか?」
ようやく質問の声があがったが、ウォーリーは平然としている。いや、その表情には笑みすら浮かんでいる。
「心配するな。病院であまりにも暇だったので、こっちで店の手配はしておいた。三〇日の夕方までに人数を伝えなきゃならんらしいから、それまでに人数を調べておいてくれ」
ウォーリーは入院中にちゃっかり自分の復帰祝いの手配を済ませていたのだ。自分で動いてしまうあたりが彼らしい。
入院期間の最後の三週間について、ウォーリーは「メディットの敷地内に限り」外出も許されていた。
相手がウォーリーだったので鍵括弧つきの部分はまったく意味をなしてなかったようだ。
彼はこの期間中、あちこちのレストランや酒場を回っては、自分の復帰祝いにふさわしい店を探しまくっていたのである。
外出許可時間を過ぎても帰ってこないウォーリーに、担当医のアイネスはアタフタしたり胃を痛めたりと散々な目に遭っていた。
だからといって、そんなことはウォーリーには通用しなかった。それどころか、胃のあたりに手をやっているアイネスを見て、
「あ、先生。ストレスですか? あれはイカンですよ。何が原因だかわからないですけど、人間、ポジティヴにいかないとね」
とのたまったくらいだ。
自分自身がアイネスのストレスの原因だとは、露ほども想像しないウォーリーであった。
退院したウォーリーの話を聞かされた彼の仲間達もアイネスほどではないにしろ、ウォーリーの行動には驚かされたようだった。
彼らはアイネスと違って、ウォーリーの行動には慣れている。
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