ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第一章

43:気まぐれ? な独裁者

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 OP社社長エイチ・ハドリの姿は本社社長室にあった。
 先ほど治安改革活動の開始を発表したばかりだが、彼の意識は次なる活動に向けられていた。
 決して外に見せることはないが、彼は歩みを止めることはなかった。
 今も壁際にたたずんでいるだけのように見えるが、その頭脳はフル回転している。

 彼は自らの活動についてわずかのムダも許していなかった。
 休息ですら、のちの活動のためのエネルギーを得る目的で行っており、ムダなものとならないよう細心の注意を払っている。

 ハドリは事実上傘下に入れたECN社の動向に注目していた。
 今後の活動において鍵を握る可能性が高いからだ。

 ハドリの目から見てECN社の社長であるオイゲン・イナの言動が解せない。
 これがECN社を不確定要素としないだろうか? ハドリはその点を警戒している。

 ECN社は従業員数一一万人を誇る企業である。
 OP社の一八万人には届かないとしても、OP社に対して抵抗できるだけの能力は有していることは疑いようもない。

 それにも関わらず、オイゲン・イナという人物には戦う意思どころか一一万人を担うトップに必要な覇気のようなものすら感じられなかった。
 コースは異なるとはいえ職業学校の同期であったのだが、ハドリにはオイゲンに対する印象がほとんど無い。
 名前は憶えていたし、当時のECN社社長の一人息子というプロフィールは把握していた。ECN社の次期社長は彼だろうという噂があったことも把握している。
 ただ、彼の性質や言動などに関する記憶が全くと言っていいほどなかったのである。

 職業学校の学生時代からハドリは、自らがエクザロームを率いることを考えていた。
 彼の目的を達成するためには多数の駒が必要であり、学校では駒となり得る者がいないか常に目を光らせていた。そのため、全生徒のプロフィールや能力、言動などを頭に叩き込んでいた。それにも関わらず、だ。

 現在、ハドリの有する戦力はOP社の一八万人と提携しているECN社の一一万人、計二九万人である。
 これはエクザロームの人口の約四分の一、就業人口の半分弱に相当する。
 多くの従業員には家族もいるであろうから、エクザロームの人々の多くは何らかの形でOP社に関係しているともいえよう。

 しかし、ハドリはエクザロームの全域を押さえたわけではない。
 事実、サブマリン島西部に点在する小都市の中にはハドリの影響が及ばないものもある。
 それに「エクザローム防衛隊」のようにハドリに逆らう者は未だに存在するのだ。
 このような者は屈服させなければならない。
 屈服しない者は……排除するしかない。
 そうしてハドリ自身が率い、ハドリに従う者がハドリの指示通り行動して初めてエクザロームは発展を遂げるのだ。少なくともハドリはそう確信していた。

 ハドリはOP社社長室の窓のそばから外を見下ろしていた。相変わらず、窓枠の外側の位置に立っている。この位置なら外から狙撃されることはない。

 彼の視線の先にはOP社本社から最も近い治安改革センターのプレハブがあった。
 プレハブの前にはセキュリティ・センターの従業員が二名立っており、道行く人々を監視している。

 ハドリは何かを思い立ったように胸に手をやり、銃があるのを確認してから社長室の外へ出た。
 そしてエレベータに飛び乗り、地下三階の船着場へと向かった。
 OP社本社ビルの裏側は海に面しているのだ。
 主力事業が海流を利用した発電であるから、本社は海に出入りやすい立地となっている。

 船着場には運転手の乗った船が待っていた。
 ハドリは船に乗り込み、いずこかへと向かった。
 
 一五分後、ハドリはポータル・シティの有力者が使うといわれている某クラブに到着した。テーブルには既に先客が二人いた。

 一人はセキュリティ・センターのセンター長オオカワだった。
 そして、もう一人は新設されたパトロール・チームのリーダーのホンゴウである。

「ご苦労」
 ハドリは到着するやいなや、二人にそう声をかけた。
 二人は席から立ち上がり、最敬礼でハドリを迎えた。
 よく見ると、オオカワが先に立ち上がり、ホンゴウが一瞬遅れたのがわかる。

「そう硬くなるな」
 ハドリの言葉にも二人の緊張は解けることがないようだった。

「ほ、本日はどういった御用で……?」
 オオカワが震える声で言う。
 ここ数ヶ月、OP社内でもっともハドリに叱責されたのが彼である。
 ハドリの叱責を恐れるのも仕方なかった。
 現に、彼は当面の課題である「エクザローム防衛隊」の残党の拘束をほとんど進められていないのだ。ハドリの命令に逆らっている状態といえる。
 ハドリからすれば、いかなる理由であれ命令を実施しないのは彼に対する反逆であり、そのことはOP社の社内では周知の事実であった。
 この件でオオカワは叱責を免れ得ないであろう。

 ハドリは、表情を変えずに再び口を開いた。
「そう硬くなるなと言っているだろう? それとも俺がいると、くつろげないとでもいうのか……?」
「……いえ」
「……そのようなことは」
 オオカワ、ホンゴウの順にそう答えた。

 答えを聞いて、ハドリが少し表情を崩したように見えた。
 そして、二人に向かって今まで通りの口調で、
「よくやった。ご苦労だった。無事に組織が立ち上がったな」
 とねぎらいの言葉をかけた。

「……は?」
「……」
 ハドリの意外な言葉に二人はキョトンとしている。
 お互い顔を見合わせた後、ハドリの方へ向き直ったが、その表情からは事態が飲み込めていないことがうかがえる。

「よくやったと言っている。『は?』は失礼だぞ」
「よくやった」と言いながらも二人の答えを咎めるあたり、ハドリという男、案外礼儀作法にはうるさい。

 ハドリが部下をねぎらうことは珍しいことではあったが、皆無という訳ではなかった。
 むしろ難しい業務に対して十分といえる以上の成果を出した場合は、気前よくねぎらった。
 しかし、ハドリが「十分といえる以上の成果」の基準を明かすことはなかったため、OP社のほとんどの従業員はハドリを気まぐれな人物だと考えていたのだが。

 オオカワは叱責されることの多い立場であったし、ホンゴウはOP社に身を投じてから日が浅い。
 彼らがほとんどの従業員と同じように感じたのも無理はないといえよう。

「まあいい。今日のところは楽しんでいけ」
 二人の反応にそれ以上機嫌を損ねることなく、ハドリは店の女性を呼んだ。

 少しして二名の女性がテーブルに着く。
 オオカワ、ホンゴウの相手を店の女性に任せ、ハドリは静かにグラスを傾けはじめた。

 今のところ、ハドリの構想はおおむね順調に進められている。今は大きな敵対勢力が無いが、油断は禁物だ。
 小規模な抵抗勢力はいくらでもあるのだ。彼らが組織されたとき、ハドリにとっては大いなる脅威となるだろう。

 ハドリ自身、自分が敵を作る人間であることはよくわかっている。
 その敵に勝利し、彼らを屈服させることがハドリの進む道なのだ。
 だからハドリは先手を打ったのだ。
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