ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第一章

38:兄へとつながるセスの道

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 セス、ロビー、モリタの三人が職業学校近くにある喫茶店の個室で談笑している。
 外は雨なので、学校の中庭で談笑することもできない。そこで仕方なくこの場所に避難してきた。

 この喫茶店は各テーブルが個室になっていて、周りを気にせず会話できる。
 このような形態なので、試験の出題範囲の検討や採点などで職業学校の教官や職員もよく利用しているらしい。三人もそれらしい職業学校の教官や職員などが出入りする姿を何度か見かけている。

 三人は思い思いの飲み物を前に談笑している。
 ちなみにセスはレモンスカッシュ、モリタはアイスココア、そして何故かロビーは昆布茶である。
 名前は横文字風なのに、好みは和風のそれも年配者のセンス、というのがロビー・タカミなのだ。

 もっとも、このエクザロームで「名前が横文字」「好みが和風の年配者」といっても、ある年齢以下の住人の多くはどのようなことか理解できないだろう。
 これらの言葉はある一定以上の年齢の者たちが過去に住んでいた星で生まれたものだからだ。

「いいか、俺達はセスの兄貴とやらを探すための運命共同体なんだぞ。モリタもそれを十分理解しろや」
 ロビーの言葉にセスが慌てて口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕のことを気遣ってくれるのは嬉しいけど、僕の個人的なことにロビーやモリタの手を煩わすというのは……」
「でも、セスは兄貴を探したいんだろうが」
「そうだけど……」
「なら遠慮するな。困ったときはお互い様だ」
 ロビーが真剣な表情でうなずいた。

 セスは少し考えながらもロビーの提案に乗ることにした。ロビーの申し出を無下に断るのも悪いと思われたし、一度言い出したら引かない彼の性格を考慮したからだ。
 セスには一つ考えがあった。自分の兄を探すのも重要なのだが、そもそも何故、自分が今のような環境にあるのか、その背景を知りたかった。

 以前、セス自身が持っていた記憶ディスクを調べたところ、自分の両親が海洋調査に送り込まれた犯罪者らしいということが判明した。

 海洋調査に送り込まれるとしたら、このエクザロームでもかなりの重罪のはずだ。
 エクザロームには体系化された警察組織は存在しないのである。
 それにも関わらず、並みの懲役刑よりはるかに重い海洋調査隊送りにされたのだ。海洋調査はそれほどの危険を伴うものであった。

 一方で、もう一つ気になる点がある。
 記録ディスクには海洋調査で得られたと思われる海図の情報が記録されていた。
 これは、ディスクの持ち主が末端の調査員や作業員ではなく、調査結果を分析する専門家か、調査を統率する隊長クラスの者だということを意味している。

(とすると、有力者との契約を果たせなかった者の可能性や自ら志願して海洋調査隊に身を投じた可能性を否定できないな……)

 犯罪者の場合、その罪状からもいきなり海洋調査隊の中枢部に抜擢されるとは考えにくい。
 海洋調査隊には殺人犯やテロの実行犯といった重罪を犯した者が少なくないからだ。

 海洋調査には罪人への刑罰という一面があることは否めない。
 しかし、それだけではなく他の居住地域や安全な航路の開拓などエクザロームが抱える重要な問題の解決策を探るという性格も有している。

 このような性質を持つ調査の高い地位にいきなり犯罪者を抜擢するのは、かなりリスクが大きいだろう。
 一方、有力者との契約を果たせなかった者であれば、犯罪者よりは中枢部に抜擢されやすい。
 この場合は素行に問題が無いケースも十分に考えられるからだ。このケースなら調査に支障が出る可能性も低いかもしれない。

 セスは母親が自ら海洋調査隊に身を投じた可能性も考えてみた。
 この場合、問題となるのはセスの母親が海洋調査に参加した時期である。
 海洋調査に参加した時点でセスを身に宿していたという点がネックになる。
 それに時期を考慮すると、セスの母親自身がそのことを知っており、かつ、傍目から見ても妊娠が明らかな状況だ。

 調査に医師が同行することは皆無といってよい。長期間医療行為を受けられない状況を受け入れなければならないが、本人や周辺、特に配偶者であるセスの本来の父親がそれを許しただろうか?

 このエクザロームでは、お産は命がけの行為である。
 医療技術は進んでいるとはいえ、適切な医療を受けられない場所でのお産は、生命の危険を伴う場合がある。
 このことはエクザロームに住んでいる者なら、多くの者が承知していることだ。

(決め手を欠くけど、有力者との契約を果たせなかった可能性が比較的高いか……)
 セスの思考は更に続く。

 有力者との契約を果たせなかった者とすると、契約相手がいるはずだ。
 その場合、契約相手は誰だったのか……?
 役所か全島をカバーする体系的な警察組織でもあれば、これを調べることは可能かもしれない。

 しかし、何度も書くが、エクザロームには体系化された役所や警察組織は無いのだ。
 それぞれの地域の有力者が独自に警察組織のようなものを結成し、独自の法をもって治安維持活動を行っている。
 エクザローム全体で体系化された公的な性質を持つ組織といえば、メディットを中心とした医療集団と職業学校、通貨を管理する団体、そしてハモネスとチクハ・タウンを結ぶ鉄道運営会社くらいのものだ。

 これらの四組織については、主だった有力者の利害が一致しているのか、エクザローム全体でこれらの資源が共有されている。
 エクザローム全体で体系化された、という点ではECN社とOP社も該当するが、「公的な性質を持つ」という点では少し弱い。

 このような状況ではセスの両親がどこかの有力者と何らかの契約を結んでいたとしても、その相手をセスが知るには膨大な手間と時間がかかると思われる。
 有力者が抱えている独自の警察組織すべてに調査を依頼すれば情報が得られるかもしれないが、彼らが依頼を請けるとは考えにくい。
 それに、これらの警察組織は現在、十分に機能しているとは言い難い状況にある。
 その最大の理由は、企業が人を多く抱えているためである。
 OP社とECN社でエクザローム全体の人口の約四分の一を抱えている。
 両社が抱える従業員の就労人口に対する割合に至っては、五割に近いのだ。
 こうした大企業が多くの人材を抱え込んでいるため、有力者が警察組織に人を割くことが年々難しくなっている。
 その結果として、近年、犯罪が増えつつあるのも事実であった。
 以前はそれぞれの有力者が警察だけではなく、土地や住民の管理なども行ってきた。
 しかし、近年はOP社やECN社のような企業や、職業学校へと機能が移転されつつある。

「やっぱり……歴史を知る必要があるな」
 思わずセスの口から言葉が漏れた。
「歴史? そんなのが何の役に立つの?」
 モリタがすかさず突っ込んだ。
「あ、いや、こっちの話だよ」
 セスは慌てて手を振って、何でもないという素振りを見せた。
「まあ、歴史なんざ俺も勉強する気にはならんね。その点はモリタと同意見だ」
 ロビーもモリタに賛同する。ロビーやモリタの価値観はエクザロームでは別に不思議なものではない。エクザロームに人が住むようになってからまだ三〇年も経過していない。

 住人からすれば「食うのに必死」という状況は脱しつつあるが、今度は早くも資源不足などによる閉塞感が問題になっている。
 このような状況では歴史を学ぶよりも、生き残るための能力を磨く方が先決であった。職業学校もそのあたりのニーズはよく理解しており、歴史の授業などない。
 このような世界で歴史を知ろうと考えている者は極少数派なのだ。セス自身もそう思う。

 しかし、今のセスはエクザロームの歴史を知りたかった。歴史を知ることが自分のルーツを知ることになり、そしてそれが兄へと繋がるのだと信じたかった。
 LH (ルナ・ヘヴンス)暦四八年六月二〇日、セス一八歳の初夏のことであった。
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