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第一章
31:新たな秩序のために
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ECN社を監査したOP社の監査員はその日のうちに自社に戻ってきた。そして、ハドリに監査記録を提出して去っていった。
(……来たか)
ハドリは手渡された資料を手に取った。
さっと資料に目を通してから、一部を抜き取った。
そして、携帯端末を通して何人かの部下を呼びつけた。
二分もしないうちに呼ばれた部下たちがハドリのもとへと集合した。
遅れようものならハドリから厳しく叱責━━というほど生易しいものではないが━━が飛ぶのは確実だからだ。
集まった部下たちの顔には一様に緊張の色が見てとれた。
「ECN社の監査記録だ。お前らも目を通しておけ。監査の後の対応策は後で俺から提示する」
ハドリは短く指示し、資料を部下の一人の前に突き出した。
抜き取った部分はハドリ自身が隠し持っているため、部下に提示されたのは残りの部分だ。
資料を受け取った部下が引き下がると、今度はセキュリティ・センターのセンター長を呼び出した。
「例のはねっ返りの連中はどうなっている?」
ハドリが静かだが威圧感たっぷりの口調で問うた。
セキュリティ・センターのセンター長オオカワは身体をこわばらせながら消え入るような声で答える。
「あ、も、申し訳ございません……」
「どうした?」
「二名だけ拘束しましたが、ほ、他は未だ……」
「そうか。未だ捕らえられず、か」
「は、はい……」
「苦労しているようだな。何か足らないものでもあるのか?」
「……」
「遠慮なく言ってみろ」
「……ひ、人手が……」
「そうか。用意させる。お前がすることはわかっているな」
「は、はい……」
「何をしている? 早く行け」
「……はっ!」
センター長は大慌てで飛び出していった。
ハドリは基本的にコストには厳しい性質であるが、必要な投資を怠る愚は犯さなかった。
むしろ必要だと思った投資は気前よくやる方で、今回のセンター長の要求も全面的に受け入れるつもりだ。
ハドリは続いて下のフロアへと向かった。このフロアには総務部門がある。
「総務部長はいるか?」
ハドリが尋ねる。
その直後に総務部長が携帯端末をたたみながら走って、文字通りハドリの前に飛んできた。
「ただいま到着しました!」
「反応が遅い! 職場は戦場だ。銃弾が飛び交う戦場ならお前は確実に撃たれて死んでいたぞ」
ハドリの叱責が飛んだ。彼が想定しているよりも総務部長の到着が遅れたからだ。
「……申し訳ございませんっ!」
総務部長は緊張して縮こまるが、ハドリは気にせず続けた。
「いいか、今から一五分後に重大な決定を発表する。はねっ返りの拘束に向かったセキュリティ・センターの者を除いた全従業員をそれぞれのモニタの前に集めろ」
「……わかりました! 直ちにとりかかります」
総務部長が走りながら部下に指示を出した。
指示は瞬く間にOP社の全事業所に通達され、一三分ほどで準備が出来たと総務部長が報告してきた。
一八万の従業員を抱える巨大組織としては尋常ではない速度であるが、これでもハドリの想定の最遅に近い水準だ。
「……まあいいだろう、回線をつなげろ」
総務部長が緊張しながら、回線をつなぐスイッチを押す。
時間に間に合ったので叱責は免れたが、まだ緊張を解くわけにはいかない。
ハドリの言葉からも、自分の仕事が彼の要求を十分に満たしきれていないことを総務部長は理解していた。
ここでミスをすれば直ちにハドリからの信頼を失うことは想像に難くない。
今回の状況は総務部長にとって経験したことがほとんどないものである。
ハドリが画面を通してとはいえ、その姿を見せて演説するというのはきわめて異例のことだ。
通常はこのような場合でも音声だけ伝えるようにし、その姿を画面の前にすら現さない。
総務部長の与り知らぬことであったが、ハドリが表に姿をほとんど見せないのには理由がある。
最初の理由として、彼は非常に猜疑心の強い男であった。
己以外の何も信じていない、といっても過言ではない。
人前に姿を見せれば、自分に恨みを持つ何者かに襲撃の機会を与えることになる。
そう簡単に自分がやられることはないと考えているが、襲撃されればその事実が残る。
襲撃されたという事実はハドリに隙があるということを示したことになると彼は本気で考えている。
次に彼は敗北を死ぬほど嫌っている。そして、他者に隙を見せることも嫌っている。
敵を罠にかけるために隙を見せることは厭わないが、それはあくまで緊急退避的な手段であると考えている。
圧倒的な力の差を見せつけ、相手を完全に服従させることだけが彼にとっての「あるべき姿」だ。
そのためには絶対に敗北は許されないし、敗北につながる隙を見せるわけにはいかなかった。
ハドリの演説が始まった。
「今もなお、社員を惨殺した悪人ども、すなわち敵は逃亡している。貴様等はOP社の社員として何をやっている?! 同じ職場の社員を数多く殺され、社長である俺の顔には泥が塗られた!
この状況をどうやって看過するというのだ?! 敵は社で拘束し、OP社、すなわち社長であるこの俺に勝利することなど不可能だということを思い知らせろ!
今やビジネスの場は戦場となった。敵に弱みを見せることなく叩き潰して勝利するのだ。その気が無い者は去れ。ただし、その瞬間から俺の敵だ!」
ハドリの声は低く抑制されていたが、口調自体は強い。
彼自身は冷静で、社員に恐怖を与える影響を考慮して、敢えて多少強めの口調で演説している。
この状況で冷静さを保ちえる者がいたら「社員を惨殺した」のはビルの爆破を指示したハドリ自身ではないか、と思ったかもしれない。
しかし、この事実は一部を除き社員には知らされてはいない。
また、知っていたとしてもハドリの言葉に逆らうだけの気概のある者は少なくともOP社内には存在しなかった。
(……来たか)
ハドリは手渡された資料を手に取った。
さっと資料に目を通してから、一部を抜き取った。
そして、携帯端末を通して何人かの部下を呼びつけた。
二分もしないうちに呼ばれた部下たちがハドリのもとへと集合した。
遅れようものならハドリから厳しく叱責━━というほど生易しいものではないが━━が飛ぶのは確実だからだ。
集まった部下たちの顔には一様に緊張の色が見てとれた。
「ECN社の監査記録だ。お前らも目を通しておけ。監査の後の対応策は後で俺から提示する」
ハドリは短く指示し、資料を部下の一人の前に突き出した。
抜き取った部分はハドリ自身が隠し持っているため、部下に提示されたのは残りの部分だ。
資料を受け取った部下が引き下がると、今度はセキュリティ・センターのセンター長を呼び出した。
「例のはねっ返りの連中はどうなっている?」
ハドリが静かだが威圧感たっぷりの口調で問うた。
セキュリティ・センターのセンター長オオカワは身体をこわばらせながら消え入るような声で答える。
「あ、も、申し訳ございません……」
「どうした?」
「二名だけ拘束しましたが、ほ、他は未だ……」
「そうか。未だ捕らえられず、か」
「は、はい……」
「苦労しているようだな。何か足らないものでもあるのか?」
「……」
「遠慮なく言ってみろ」
「……ひ、人手が……」
「そうか。用意させる。お前がすることはわかっているな」
「は、はい……」
「何をしている? 早く行け」
「……はっ!」
センター長は大慌てで飛び出していった。
ハドリは基本的にコストには厳しい性質であるが、必要な投資を怠る愚は犯さなかった。
むしろ必要だと思った投資は気前よくやる方で、今回のセンター長の要求も全面的に受け入れるつもりだ。
ハドリは続いて下のフロアへと向かった。このフロアには総務部門がある。
「総務部長はいるか?」
ハドリが尋ねる。
その直後に総務部長が携帯端末をたたみながら走って、文字通りハドリの前に飛んできた。
「ただいま到着しました!」
「反応が遅い! 職場は戦場だ。銃弾が飛び交う戦場ならお前は確実に撃たれて死んでいたぞ」
ハドリの叱責が飛んだ。彼が想定しているよりも総務部長の到着が遅れたからだ。
「……申し訳ございませんっ!」
総務部長は緊張して縮こまるが、ハドリは気にせず続けた。
「いいか、今から一五分後に重大な決定を発表する。はねっ返りの拘束に向かったセキュリティ・センターの者を除いた全従業員をそれぞれのモニタの前に集めろ」
「……わかりました! 直ちにとりかかります」
総務部長が走りながら部下に指示を出した。
指示は瞬く間にOP社の全事業所に通達され、一三分ほどで準備が出来たと総務部長が報告してきた。
一八万の従業員を抱える巨大組織としては尋常ではない速度であるが、これでもハドリの想定の最遅に近い水準だ。
「……まあいいだろう、回線をつなげろ」
総務部長が緊張しながら、回線をつなぐスイッチを押す。
時間に間に合ったので叱責は免れたが、まだ緊張を解くわけにはいかない。
ハドリの言葉からも、自分の仕事が彼の要求を十分に満たしきれていないことを総務部長は理解していた。
ここでミスをすれば直ちにハドリからの信頼を失うことは想像に難くない。
今回の状況は総務部長にとって経験したことがほとんどないものである。
ハドリが画面を通してとはいえ、その姿を見せて演説するというのはきわめて異例のことだ。
通常はこのような場合でも音声だけ伝えるようにし、その姿を画面の前にすら現さない。
総務部長の与り知らぬことであったが、ハドリが表に姿をほとんど見せないのには理由がある。
最初の理由として、彼は非常に猜疑心の強い男であった。
己以外の何も信じていない、といっても過言ではない。
人前に姿を見せれば、自分に恨みを持つ何者かに襲撃の機会を与えることになる。
そう簡単に自分がやられることはないと考えているが、襲撃されればその事実が残る。
襲撃されたという事実はハドリに隙があるということを示したことになると彼は本気で考えている。
次に彼は敗北を死ぬほど嫌っている。そして、他者に隙を見せることも嫌っている。
敵を罠にかけるために隙を見せることは厭わないが、それはあくまで緊急退避的な手段であると考えている。
圧倒的な力の差を見せつけ、相手を完全に服従させることだけが彼にとっての「あるべき姿」だ。
そのためには絶対に敗北は許されないし、敗北につながる隙を見せるわけにはいかなかった。
ハドリの演説が始まった。
「今もなお、社員を惨殺した悪人ども、すなわち敵は逃亡している。貴様等はOP社の社員として何をやっている?! 同じ職場の社員を数多く殺され、社長である俺の顔には泥が塗られた!
この状況をどうやって看過するというのだ?! 敵は社で拘束し、OP社、すなわち社長であるこの俺に勝利することなど不可能だということを思い知らせろ!
今やビジネスの場は戦場となった。敵に弱みを見せることなく叩き潰して勝利するのだ。その気が無い者は去れ。ただし、その瞬間から俺の敵だ!」
ハドリの声は低く抑制されていたが、口調自体は強い。
彼自身は冷静で、社員に恐怖を与える影響を考慮して、敢えて多少強めの口調で演説している。
この状況で冷静さを保ちえる者がいたら「社員を惨殺した」のはビルの爆破を指示したハドリ自身ではないか、と思ったかもしれない。
しかし、この事実は一部を除き社員には知らされてはいない。
また、知っていたとしてもハドリの言葉に逆らうだけの気概のある者は少なくともOP社内には存在しなかった。
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