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第一章
30:抗議する者たち
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「今までどこへ逃げていたんだ?!」
「社長なら社長らしくコソコソしないで最初から出て来い!」
「腰抜け社長のお出ましだぞ!」
ホールに入ったオイゲンに様々な罵声が浴びせられる。オイゲンも覚悟はしていたが、五百人以上入るホールを埋め尽くすほどだとは予想外だ。
ガンッ!
ガラガラガラ……
抗議する社員から中味の入ったジュースの缶がオイゲンに投げつけられた。幸い狙いが外れたのか、缶から飛び出したジュースを少し顔に浴びただけで済んだ。
(まあ、皆が怒るのも無理ないよなぁ……)
オイゲンはそう思いながらもマイクを取り、ゆっくりと話し出す。
相手がこの程度の暴力的な手段に訴えてくるのは予想していた。
オイゲンは他者に暴力を振るうことに対しては厳格であったが、自身に振るわれる暴力に対してはやや甘いところがあった。
彼自身は明確に意識していたわけではないが、社長としての指示や命令の中には暴力に相当するものがあったのではないかと考えていたためかもしれない。
「皆さん、回答が遅れて申し訳ございません……」
オイゲンは自分が独断で監査の受入れを決めたことを謝罪するとともに、その理由を会社の存続のためと説明した。
「……ですから、私はOP社への回答が遅れることでOP社に疑念を抱かせるよりも、迅速な回答で信頼を得ておくほうが得策だと考えたのです。
……皆さんのお怒りもわかります。
……しかし、ことは急を要したと私は判断しています」
オイゲンの説明中も彼を攻撃する罵声が飛び続けたため、オイゲンはそのたびに話を区切って会場が落ち着くのを待つしかなかった。
当初、オイゲンに代わって対応していたと思われる役員もだんまりを決め込んでおり、抗議の声にはオイゲン一人で答えなければならないようだ。
(やれやれ、仕方ないか。これも社長の責務の一つだ。これで社長を退任することが出来ればいいのだが……)
そうは思っても、現在のこの苦境で社長に取って代わろうという者は、ほとんどいないように思われた。
(この状況なら、自分よりもウォーリーの方がよっぽどトップとして適任なのだが……
とは言っても、OP社と対決するのは骨が折れるだろう。
いっそのこと彼が新しい勢力を率いて、新たに登場した方が良いかもしれない……)
オイゲンは抗議の声に答えながらも空想を進めていた。
「社員の声に応える気があるのか?!」
今度は罵声とともに携帯端末が飛んできた。
オイゲンは仰け反ってそれを避ける。携帯端末は、オイゲンの後ろのほうに転がった。
オイゲンは、歩いてそれを拾い、
「ここに置いておきますので、後で取りに来てください」
と言って自分の目の前に置いた。
社内対応、という今回のケースでは、役員あたりに説明を任せるか、だんまりを決め込むという方法を取ることもオイゲンには可能だったはずだ。
オイゲンはこうしたところに妙に律儀で、社長たるものすべての従業員が納得するまで説明をする責任を負っている、と考えている。
社長や上司というものは責任を取ることが最低限の仕事であって、それすら果たせなければその地位に就く資格などないと思っているのだ。
そして、自分自身は当然その資格の無い人間だと。
それでもその地位にある以上、責任は果たさなければならない。
オイゲンが従業員からの責めを甘んじて受けたのも、彼が望んでもいない社長の地位にあったから、という理由に過ぎない。
しかし、彼が今回のケースで従業員の立場であったとしたら、彼は決して社長を責めなかったであろう。
他人を攻撃することは相手の負の感情を増大させ、無益で何も生まない争いになるだけである。彼はそれを望んではいないのだ。
抗議は夜半まで続き、一割未満がオイゲンの説明に納得し、残りの大部分は辞表を置いてECN社を去った。
オイゲンは律儀にもホールの後片付けをした後、社長室に戻った。
社長室の付近には既に誰もいなかった。
(やれやれ、カワナさんを巻き込まなかったのだけが幸いだったな……)
彼は東側の窓から外を見つめながらそう考えていた。
対人恐怖症の秘書を信頼しているものの、危険な場には置きたくないのである。
これがウォーリーあたりであったなら、オイゲンも喜んでこの場に連れてきただろうが。
メイが女性だから、という理由ではない。
ウォーリーとメイの役割や適性が異なるからだ。
ウォーリーは先日の会議での行動でわかるとおり、好戦派でありこうした争いには嬉々として首を突っ込むであろう。
一方でメイは、こうした場は苦手である。
オイゲンは彼女の対人恐怖症の原因を構成する大きなひとつの要素を知っている。
今回の出来事は、その一要素に非常に似た面を持っており、彼女の過去のトラウマを掘り起こしかねない。今度そのトラウマを掘り起こせば、彼女の人格は脆く崩れ去ってしまうかもしれない。
彼は秘書の人格崩壊を願ってはいなかった。
彼女には、鬼才ともいえる優れた頭脳がある。
上手に説明することはできないが、何か一刺しで物事の本質を串刺しにするような鋭い視点を持っているように思えるのだ。
その才能を発揮できるのは、あくまで彼女が精神的に落ち着いていることが条件である。
オイゲンは彼女を落ち着かせて才能を発揮できる場を提供することを自らのメイに対する役割だと考えている。
そのためにも、今回の場に彼女を引っ張り出さなかったのは正解だと確信していたのだ。
「社長なら社長らしくコソコソしないで最初から出て来い!」
「腰抜け社長のお出ましだぞ!」
ホールに入ったオイゲンに様々な罵声が浴びせられる。オイゲンも覚悟はしていたが、五百人以上入るホールを埋め尽くすほどだとは予想外だ。
ガンッ!
ガラガラガラ……
抗議する社員から中味の入ったジュースの缶がオイゲンに投げつけられた。幸い狙いが外れたのか、缶から飛び出したジュースを少し顔に浴びただけで済んだ。
(まあ、皆が怒るのも無理ないよなぁ……)
オイゲンはそう思いながらもマイクを取り、ゆっくりと話し出す。
相手がこの程度の暴力的な手段に訴えてくるのは予想していた。
オイゲンは他者に暴力を振るうことに対しては厳格であったが、自身に振るわれる暴力に対してはやや甘いところがあった。
彼自身は明確に意識していたわけではないが、社長としての指示や命令の中には暴力に相当するものがあったのではないかと考えていたためかもしれない。
「皆さん、回答が遅れて申し訳ございません……」
オイゲンは自分が独断で監査の受入れを決めたことを謝罪するとともに、その理由を会社の存続のためと説明した。
「……ですから、私はOP社への回答が遅れることでOP社に疑念を抱かせるよりも、迅速な回答で信頼を得ておくほうが得策だと考えたのです。
……皆さんのお怒りもわかります。
……しかし、ことは急を要したと私は判断しています」
オイゲンの説明中も彼を攻撃する罵声が飛び続けたため、オイゲンはそのたびに話を区切って会場が落ち着くのを待つしかなかった。
当初、オイゲンに代わって対応していたと思われる役員もだんまりを決め込んでおり、抗議の声にはオイゲン一人で答えなければならないようだ。
(やれやれ、仕方ないか。これも社長の責務の一つだ。これで社長を退任することが出来ればいいのだが……)
そうは思っても、現在のこの苦境で社長に取って代わろうという者は、ほとんどいないように思われた。
(この状況なら、自分よりもウォーリーの方がよっぽどトップとして適任なのだが……
とは言っても、OP社と対決するのは骨が折れるだろう。
いっそのこと彼が新しい勢力を率いて、新たに登場した方が良いかもしれない……)
オイゲンは抗議の声に答えながらも空想を進めていた。
「社員の声に応える気があるのか?!」
今度は罵声とともに携帯端末が飛んできた。
オイゲンは仰け反ってそれを避ける。携帯端末は、オイゲンの後ろのほうに転がった。
オイゲンは、歩いてそれを拾い、
「ここに置いておきますので、後で取りに来てください」
と言って自分の目の前に置いた。
社内対応、という今回のケースでは、役員あたりに説明を任せるか、だんまりを決め込むという方法を取ることもオイゲンには可能だったはずだ。
オイゲンはこうしたところに妙に律儀で、社長たるものすべての従業員が納得するまで説明をする責任を負っている、と考えている。
社長や上司というものは責任を取ることが最低限の仕事であって、それすら果たせなければその地位に就く資格などないと思っているのだ。
そして、自分自身は当然その資格の無い人間だと。
それでもその地位にある以上、責任は果たさなければならない。
オイゲンが従業員からの責めを甘んじて受けたのも、彼が望んでもいない社長の地位にあったから、という理由に過ぎない。
しかし、彼が今回のケースで従業員の立場であったとしたら、彼は決して社長を責めなかったであろう。
他人を攻撃することは相手の負の感情を増大させ、無益で何も生まない争いになるだけである。彼はそれを望んではいないのだ。
抗議は夜半まで続き、一割未満がオイゲンの説明に納得し、残りの大部分は辞表を置いてECN社を去った。
オイゲンは律儀にもホールの後片付けをした後、社長室に戻った。
社長室の付近には既に誰もいなかった。
(やれやれ、カワナさんを巻き込まなかったのだけが幸いだったな……)
彼は東側の窓から外を見つめながらそう考えていた。
対人恐怖症の秘書を信頼しているものの、危険な場には置きたくないのである。
これがウォーリーあたりであったなら、オイゲンも喜んでこの場に連れてきただろうが。
メイが女性だから、という理由ではない。
ウォーリーとメイの役割や適性が異なるからだ。
ウォーリーは先日の会議での行動でわかるとおり、好戦派でありこうした争いには嬉々として首を突っ込むであろう。
一方でメイは、こうした場は苦手である。
オイゲンは彼女の対人恐怖症の原因を構成する大きなひとつの要素を知っている。
今回の出来事は、その一要素に非常に似た面を持っており、彼女の過去のトラウマを掘り起こしかねない。今度そのトラウマを掘り起こせば、彼女の人格は脆く崩れ去ってしまうかもしれない。
彼は秘書の人格崩壊を願ってはいなかった。
彼女には、鬼才ともいえる優れた頭脳がある。
上手に説明することはできないが、何か一刺しで物事の本質を串刺しにするような鋭い視点を持っているように思えるのだ。
その才能を発揮できるのは、あくまで彼女が精神的に落ち着いていることが条件である。
オイゲンは彼女を落ち着かせて才能を発揮できる場を提供することを自らのメイに対する役割だと考えている。
そのためにも、今回の場に彼女を引っ張り出さなかったのは正解だと確信していたのだ。
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